発行日 :平成24年 1月
発行NO:No28
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【3】論説〜プラバスタチンナトリウムの特許発明の技術的範囲がクレーム記載の製法に限定されるかが争われた事例〜
1.事案の概要
  本件(東京地判平成22年3月31日、平成19年(ワ)第35324号特許権侵害差止請求事件)は、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で特定された「プラバスタチンナトリウム」に関する特許権を有する原告が、高コレステロール血症等に対する医薬品であるプラバスタチンNa塩錠(以下「被告製品」という。)を日本国内において業として販売している被告に対し、被告製品の製造・販売の差し止めと在庫品の廃棄を求めた事案である。本件は、現在、控訴審(平成22年(ネ)第10043号特許権侵害差止請求控訴事件)が知財高裁に係属中であるが、知財高裁のホームページの情報によると、控訴審は5人の裁判官による大合議事件として審理されており、判決言渡期日が平成24年1月27日午後2時に指定されている。

2.争いのない事実等
(1) 本件発明
   本件特許の請求項1にかかる発明(以下、「本件発明」という。)は、特許請求の範囲に記載された次の事項により特定されるものである。


「【請求項1】  
次の段階:
a) プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、
b) そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、
c) 再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、
d) 当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして
e) プラバスタチンナトリウム単離すること、
を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量% 未満であるプラバスタチンナトリウム。」


(2) 本件訂正発明
  原告は、平成20年7月22日、本件特許の請求項1について、@プラバスタチンラクトンの混入量とエピプラバの混入量を「プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」とし、A「e)プラバスタチンナトリウムを単離すること」とする訂正請求をした(以下、「本件訂正」といい、本件訂正後の請求項1に係る発明を「本件訂正発明」という。)。

(3) 被告製品
  被告製品は、プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウムである。なお、被告は、被告製品におけるプラバスタチンラクトン及びエピプラバの混入量についての原告の測定結果の信用性を争っているものの、被告製品のプラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満であること自体は当事者間に争いがないとされている。

3.争点
本件の争点は、本件発明の技術的範囲につき、請求項1で特定された上記a)ないしe)の製造方法を考慮すべきか(争点@−1)、被告製品の構成要件充足性(争点@−2)、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点A)、本件訂正により争点Aの無効理由が回避されるか(争点B)である。判決は、争点@の判断によって原告の請求を棄却したため、争点A及びBについては判断されていない。よって、本稿では、判決で理由が示された争点@のみを取り上げる。

4.当事者の主張
 争点@−1について、原告と被告の主張を対比する。
原告の主張 被告の主張
 『プロダクト・バイ・プロセス・クレームの権利範囲については,一般に,特許請求の範囲が製造方法により限定されたものであっても,特許の対象を当該製造方法によって製造された物に限定して解釈する必然はなく,これと製造方法は異なるが,物として同一である物も含まれる。すなわち,当該発明の技術的範囲は,請求項に記載された製造方法によって限定されるものではないと解される。』

 『プロダクト・バイ・プロセス・クレームにつき,裁判例において,「事案に応じて」製造方法を考慮しているのは,請求項に規定された物の構成の特定のために製造方法を考慮することが不可欠な事案についてのものであり,物の構成の特定の必要性を離れて,出願経過や明細書の記載から製造方法を考慮しているものではない。また,製造方法が考慮されるとしても,それは,物の構成を特定する手段として製造方法の記載を借用するものであり,物の特許の権利範囲を製造方法によって限定しているわけではない。加えて,物の特許と製造方法の特許の峻別が特許法の根本をなす法原則である以上,製造方法が特許の対象である物の特定に何ら貢献していないのであれば,文言として記載された製造方法を,権利範囲の確定はもちろんのこと,特許の有効性判断における発明の要旨認定の際にも,考慮する必要はない。』

 『化合物として公知であるが,不純物が極めて低減されたという意味で新規な物質は,当該物質の獲得の困難性又は当該物質が顕著な効果を有することのいずれかがあれば,新規性・進歩性が認められる。そのため,出願過程においても,このような発明について,その新規性・進歩性を主張しようとすれば,物質獲得の困難性,すなわち,不純物が極めて低減された物の製造方法の新しさに言及せざるを得ない。
  したがって,出願過程や明細書で製造方法に言及したことをもって,製造方法部分の特徴を殊更に主張したものであるとして,それにより権利範囲が製造方法に限定されるという被告の主張は,不当である。』

 『特許発明の要旨認定及び特許発明の権利範囲の確定は,いずれも特許法70条が規定するとおり,特許請求の範囲の記載及び明細書の記載に基づいて行われるのであるから,両者が整合するのが当然である。
  さらに,被告の主張は,同一の特許権について,侵害論では権利範囲を限定して非侵害となる確率を高め,無効論では限定解釈を取らず,無効となる確率を高めようとするもので,特許権の保護の観点からは,極めて公平性を欠く。』
 『プロダクト・バイ・プロセス・クレームにつき,大半の判決例においては,当該事案に即して,プロセス部分を考慮した上で,特許発明の権利範囲を確定している。そして,プロダクト・バイ・プロセス・クレームは,新規物質ではあるが,その構造・組成が不明で製造方法によって限定する形式によらなければ,発明を適切に特定することができない場合等について,例外的に認められるのが原則である。
  しかしながら,プラバスタチンナトリウムは,本件各発明の方法によることなく既に得られていた公知の物質であり,その構造式も明らかで,製造方法によって限定する形式によらなければ発明を特定することができない場合ではない。それにもかかわらず,本件においては,出願人である原告が,出願過程において,拒絶査定を受けて,当初は出願の対象としていた物のみを記載する請求項をすべて削除し,また,製造方法が公知技術の製造方法とは異なることをもってその特徴であると主張して,その結果,登録がされた経過がある(乙3の1ないし18)。そうである以上,本件各発明の技術的範囲の解釈に当たっては,そのプロセス部分を除外すべきではない。
  また,本件明細書には,「本発明の方法の実施で単離されるプラバスタチンナトリウムは,プラバスタチンラクトン及びエピプラバを実質的に含まない。」(【0031】),「本発明の方法によって製造される高度に純粋なプラバスタチンナトリウムは,好ましくは高コレステロール血症の治療に有用であり」(【0032】)と記載され,本件各発明の特徴は製造方法にあることが記載されている。
  したがって,本件各発明については,プロセス部分を考慮して,その技術的範囲を認定すべき事情があることが明らかである。』

 『本件各発明の構成の特定のために「製造方法」を考慮する必要がないのであれば,クレーム中の製造方法の記載は不要なはずであり,出願人においてわざわざこれを記載したのは,本件各発明の特定のためであり,かつ,製造方法部分なくしては,本件各発明の新規性,進歩性が認められないものであったからである。』

 『現に,原告は,本件各発明につき,その製造方法に特徴があることを出願過程において主張しているのであるから,製造方法部分を無視して技術的範囲を特定することができるとする原告の主張は,禁反言の原則に反する。』

5.裁判所の判断
 裁判所は、次のとおり判断して、原告の請求を棄却した。

(1) 争点@−1について
  本判決は、最初に『…特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づき定めなければならない(特許法70条1項)ことから,物の発明について,特許請求の範囲に,当該物の製造方法を記載しなくても物として特定することが可能であるにもかかわらず,あえて物の製造方法が記載されている場合には,当該製造方法の記載を除外して当該特許発明の技術的範囲を解釈することは相当でないと解される』とし、プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいても、原則として、製法記載を除外して特許発明の技術的範囲を解釈することは相当でない旨を判示した。

  しかし、他方で、『…一定の化学物質等のように,物の構成を特定して具体的に記載することが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ない場合があり得ることは,技術上否定できず,そのような場合には,当該特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定して解釈すべき必然性はないと解される』とし、結論として、『…物の発明について,特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には,原則として,「物の発明」であるからといって,特許請求の範囲に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく,当該特許発明の技術的範囲は,当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであって,物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り,当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も,当該特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である』と、例外的に製法記載が除外される場合がある旨を判示した。

  その上で、本判決は、「物の特定のための要否」と「出願経過」に着目し、『本件特許においては,特許発明の技術的範囲が,特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定されないとする特段の事情があるとは認められない(むしろ,特許発明の技術的範囲を当該製造方法によって製造された物に限定すべき積極的な事情があるということができる)』と判断した。理由は次の通りである。
  先ず、「物の特定のための要否」については、『…証拠(甲2,36,37,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の優先日当時,本件各発明に開示されているプラバスタチンナトリウム自体は,当業者にとって公知の物質であったと認められる。そして,本件特許の請求項1に記載された「物」である「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」の構成は,その記載自体によって物質的に特定されており,物としての特定をするために,その製造方法を記載せざるを得ないとは認められない』ことが理由として挙げられている。また、「出願経過」については、『…出願当初の特許請求の範囲には,製造方法の記載がない物と,製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が含まれていたが,製造方法の記載がない請求項について進歩性がないとして拒絶査定を受けたことにより,製造方法の記載がない請求項をすべて削除し,その結果,特許査定を受けるに至っていること』が理由として挙げられている。
  以上より、本判決は、争点@−1について、本件発明の技術的範囲は「請求項1に記載された製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきである」と判断した。

(2) 争点@−2について
  原告は、仮に製法記載を除外せずに技術的範囲を解釈するとしても、被告製法の精製工程は、請求項1の製法記載中、a)の「プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し」に該当すると主張した。
  しかし、本判決は、工程a)の「濃縮有機溶液」の意義について、本件明細書の記載からすると、『水を含まないものと解するのが,相当である』とした上で、被告製法においては、『「プラバスタチンの濃縮有機溶液」を形成する工程がないと認められる』と判断した。
  以上より、本判決は、『被告製品は,本件発明1の技術的範囲に属するとは認められない』と結論した。

6.考察
  特許権侵害訴訟において、原告特許がプロダクト・バイ・プロセス・クレームで記載されていた場合、クレームに記載の製法に限定されるという解釈と、物が同じであれば製法が異なっていても技術的範囲に含まれるとする解釈が対立する場合がある。
  本判決は、クレームに記載された製法に限定されるという限定説を原則としつつ、製法を記載しなければ物を特定することが困難である場合など「特段の事情」がある場合に限り、異なる製法による場合でも権利範囲に含まれる場合があるとの判断基準を示したものである。

  他方で、特許庁の審査基準は、『発明の対象となる物の構成を、製造方法と無関係に、物性等により直接的に特定することが、不可能、困難、あるいは何らかの意味で不適切(例えば、不可能でも困難でもないものの、理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるときは、その物の製造方法によって物自体を特定することができる。』(第T部第1章明細書及び特許請求の範囲の記載要件、「2.2.2.1 第36条第6項第2号違反の類型」の(7))と、プロダクト・バイ・プロセス・クレームを許容した上で、『請求項中に製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合には、1.5.1(2)にしたがって異なる意味内容と解すべき場合を除き、その記載は最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解する。したがって、請求項に記載された製造方法とは異なる方法によっても同一の生産物が製造でき、その生産物が公知である場合は、当該請求項に係る発明は新規性が否定される。』との立場をとっている(第U部第2章新規性・進歩性、「1.5.2 特定の表現を有する請求項における発明の認定の具体的手法」の(3))。すなわち、特許庁の審査においては、請求項中に製法によって物を特定しようとする記載があるときは、用途発明の意味内容と解すべき場合を除き、請求項に記載された製法とは異なる方法によっても同一の生産物が製造可能で、その生産物が公知である場合は、当該請求項に係る発明は新規性が否定される。

  多様なクレーム表現が許容されている実務の流れからすると、製法を記載しなければ物を特定することが困難であったか、あるいは、製法の記載を加えなくても物として特定できたかという基準によって「特段の事情」の有無を判断することは、クレーム解釈に不確実性を持ち込むことになり、相当でない場合があると思われる。また、特許庁における特許性の判断では、上記のとおり、そのような「特段の事情」は考慮されていないことと整合性を欠いている。本件の控訴審につき、予定どおり知財高裁の大合議判決がなされた場合、「特段の事情」について本判決とは異なる新たな判断基準が示される可能性がある。

(H24.01作成: 弁理士 山本 進)


→【1】論説: <商標法38条3項に基づく損害賠償請求について>
〜不使用商標権に基づいて実施料相当額の賠償請求が可能か〜

→【2】論説:知的財産と刑事法:親告罪
→【4】論説〜労働者の保護について〜
→【5】記事のコーナー:〜平成23年の特許法改正による発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための手続について〜
→【6】記事のコーナー:事務所旅行〜中国〜
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