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発行日 :平成24年 1月
発行NO:No28
発行 :溝上法律特許事務所
弁護士・弁理士 溝上哲也
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【4】論説〜労働者の保護について〜
1 労働者とは
労働者は、社会的弱者であるというのが建前であり、労働者を保護するための様々な法律・制度が存在しています。
例えば、労働者保護法の代表である労働基準法では、労働条件明示義務(労働基準法15条、施行規則5条)、賃金全額払等の原則(24条)、労働時間の制限等(32条、36条)、割増賃金(37条)、有給休暇付与義務(39条)、解雇の制限(19条、20条、労働契約法16条)等を定め、また、使用者の義務違反を刑事罰の対象とするなどして労働者の保護を図っています。
では、そもそも「労働者」とはどのように定義されるのでしょうか。
労働基準法第9条には、次のように定義されています。
『この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。』
また、同第11条には、賃金について、次のように定義されています。
『この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。』
つまり、労働者とは、使用者から指揮命令を受け、労務を提供し、労務の提供に対する対価を受け取る者ということがいえます。
契約形態でいえば、雇用契約において雇用される者が労働者にあたります。
雇用契約とは、民法に、『雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。』(民法623条)と規定されており、雇用者が被雇用者に対して労務の提供に対する報酬を与えるわけですから、被雇用者はまさに労働者です。
労働者にあたらないものとしては、請負契約における請負人や、委任契約(業務委託契約)における受任者(受託者)があります。
請負契約については、民法に、『請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。 』(民法632条)と規定されています。請負人は、注文者から注文を受け、仕事を完成させ、その対価を受け取る者であるといえます。注文は受けるが指揮命令は受けず、別の者にやらせてもよいですが(下請)、仕事の完成義務を負い、あくまでも仕事の完成に対する対価をもらいます。 委任契約については、民法に、『委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。』(民法643条)と規定されています。法律行為ではなく事実行為を委託する場合は準委任であり、業務委託などとも呼ばれています。労働者の概念が問題となるのは、通常、業務委託契約の受託者です。受託者は、仕事を委託されますが、仕事の完成義務を負わず、代わりに善管注意義務を負います。仕事が完成しなくても報酬がもらえるわけです。指揮命令は受けず、原則自ら業務を行います。
ところが、請負人や業務受託者に労働基準法の適用がないことを逆手に取り、使用者側としては、雇用ではなく、請負や業務委託という体裁をとろうとすることがあります。偽装請負の問題の所在でもあります。
しかし、当事者が決めた契約の名称で適用される法律が決まるわけではなく、また、当事者間の合意内容は必ず民法の典型契約にあてはまるわけでもありません。そこで、2のとおり、契約内容や労働実態を実質的に評価して、労働者性を判断し、適用される法律を決めることになります。
2 労働者性の判断基準
労働基準法上の労働者性の判断基準については、昭和60年と平成8年に労働基準法研究会報告によって示された基準が現在も実務上用いられています。
同報告よれば、労働者性の判断要素は概ね次のとおりです
@指揮監督関係の有無
具体的な仕事の依頼、柔受すべき旨の指示等に対する諾否の自由があるか
業務の具体的内容及び遂行方法を指示し、業務の進捗状況を本人からの報告等により把握、管理しているか
勤務時間が指定され、管理されているか(拘束性)
本人に代わって他の者が労務を提供することが認められているか(代替性)
A報酬の労務対償性の有無
報酬が、時間給、日給、月給等時間を単位として計算されているか
(以下は判断を補強する要素とされている)
B事業者性の有無
機械、器具をどちらが負担しているか
報酬の額が、同種の業務に従事する正規従業員に比べて著しく高額か
どちらが業務遂行上の損害に対する責任を負うか
独自の商号使用を認められているか
C専属性の程度
他社の業務に従事することが制約され、又は事実上困難か
報酬に固定給部分がある、又は事実上固定給となっており生活保障的要素が強いか
Dその他
給与所得としての源泉徴収を行っているか
労働保険の適用対象としているか
服務規律を適用しているか
3 倒産手続におけるの労働債権の保護
前記労働基準法等による労働者の保護のほか、使用者が倒産した場合に、労働者の使用者に対する未払賃金、残業代、退職金等の労働債権は一定の保護を受けます。ここでも前記の労働者該当性が重要となります。倒産手続の代表であり債務者の全財産の清算を目的とする破産手続の場合の労働債権の扱いを見てみます。
民法306条は、雇用関係によって生じた債権を有する者が、『債務者の総財産について先取特権を有する』と規定し、民法308条は、『雇用関係の先取特権は、給料その他債務者と使用人との間の雇用関係に基づいて生じた債権について存在する』と規定しています。つまり、未払賃金等の労働債権を有する労働者は、債務者(使用者)の総財産について先取特権(法定担保物権の1つ)を有しており、使用者が破産に至る前に、裁判を経なくても(勝訴判決等の債務名義を取らなくても)、先取特権に基づいて、使用者の財産を差し押さえ、未払賃金を回収できるということを意味します。
ただし、この先取特権は、一般の先取特権です。使用者が破産に至った場合、破産手続においては、別除権、すなわち破産手続によらないで行使できる担保物権は、特別先取特権、質権、抵当権であるため(破産法2条9号、65条)、労働者の有する先取特権は別除権にはなりません。
しかし、破産手続開始前3カ月間の給料の請求権や、破産手続終了前に退職した場合の退職金のうち退職前3カ月間の給料の総額に相当する額が財団債権となり(破産法149条)、破産財団に属する財産につき一般の先取特権その他一般の優先権がある破産債権は他の破産債権に優先することにより(破産法98条1項)、労働債権は保護されています。すなわち、3カ月分の給料等は配当手続を待たずに弁済を受けることができ、その余についても、他の一般債権者より優先して配当を受けるということです。
もっとも、別除権、破産管財人の報酬、租税債権等には劣後するのであり、また、そもそも破産者(使用者)の財産がほとんど残されていないということもあります。
そこで、次に述べる労働者健康福祉機構による未払賃金立替払制度が非常に有用です。
4 未払賃金立替払制度
これは、賃金の支払の確保等に関する法律の第7条に基づき、事業主が倒産した場合あるいは事実上倒産状態となった場合に、労働者健康福祉機構が、未払賃金の一部を立替払いする制度です。
要件としては、労災保険の適用事業で1年以上事業活動を行っていた使用者が法律上または事実上倒産したこと、労働者が破産申立等(事実上の倒産の場合は労働基準監督署長への認定申請)が行われた日の6か月前から2年の間に退職していること、であり、立替払の対象は、退職日の6か月前の日から労働者健康福祉機構に対する立替払請求の日の前日までの間に支払日が到来している未払「定期賃金」及び「退職手当」の8割です。(ただし、退職日時点の年齢により、45歳以上296万円、30歳以上45歳未満176万円、30歳未満88万円という上限額があります。)
破産の場合は、労働者が破産管財人から未払賃金額の証明を受け、かかる証明とともに労働者健康福祉機構に対して立替払請求を行い、さらに労働者健康福祉機構が認めれば、原則として請求から30日以内に立替払が実行されることになっています。
ここで、未払賃金立替払制度の主体は「労働者」であり、労働者性の判断においては、前記2の基準が用いられます。つまり、立替払が認められるか否かにおいても、破産管財人や労働者健康福祉機構が、前記2の基準により労働者と認めるかが重要であるということです。
もっとも、かかる立替払制度の利用増に伴い、認定は厳しくなる傾向にあります。前記2の基準は、契約書や注文書・注文請書等の形式的な記載ではなく、実態を見て判断するというものですが、建設業手間請け従業者等にみられるような、書類に反する認定を導く必要がある場合や、書類がほとんど存在していないような場合は、労働者性を認めさせるために相当な労力が必要になる場合があります。未払賃金立替払制度の利用においても、雇用契約書、賃金台帳、出勤簿等の書類が整っていることが、事実上、重要ということになります。
(H24.1作成: 弁護士・弁理士 江村 一宏)
→【1】論説 <商標法38条3項に基づく損害賠償請求について>
〜不使用商標権に基づいて実施料相当額の賠償請求が可能か〜
→【2】論説:知的財産と刑事法:親告罪
→【3】論説〜プラバスタチンナトリウムの特許発明の技術的範囲がクレーム記載の製法に限定されるかが争われた事例〜
→【5】記事のコーナー:平成23年の特許法改正による発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための手続について
→【6】記事のコーナー:事務所旅行〜中国〜
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