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発行日 :平成24年 1月
発行NO:No28
発行 :溝上法律特許事務所
弁護士・弁理士 溝上哲也
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【1】論説<商標法38条3項に基づく損害賠償請求について>
〜不使用商標権に基づいて実施料相当額の賠償請求が可能か〜
1 不使用商標権に基づく損害賠償請求の可否
商標権は、3年間以上使用されていない場合には、取消審判請求を受けて取り消される可能性があるが、取消審判が請求されない限り権利が消滅することはないから、 不使用商標権に基づいて侵害警告がなされ、損害賠償請求を受けることがある。また商標権者が侵害者と競合しない商品を販売しているが、侵害者の商品が商標権の指定商品と類似範囲にあるため、侵害警告を受け、損害賠償請求を受けることもある。このような場合には、商標権者の得る利益の額や侵害者の得た利益の額を損害額と推定する事実関係にないから、商標法38条1項又は2項の規定による損害賠償請求はなし得ないが、損害の発生を商標権者側で立証することを要しない商標法38条3項に基づいて損害賠償請求をすることが可能である。
2 商標法38条3項の趣旨について
商標法38条3項は、「商標権者又は専用使用権者は、故意又は過失により自己の商標権又は専用使用権を侵害した者に対し、その登録商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。」と規定している。
商標法38条3項の趣旨については、同条2項にある「推定する」と言う文言ではなく、「自己が受けた損害の額として」との表現が用いられており、平成10年改正により「通常」の文言が削除され、侵害の具体的事情に基づいて個々的に妥当な損害額の算定ができることになったことからすると、同条3項の意義は、実損害の有無を問わず商標権者による損害賠償を認め、かつ、その請求額を法定したところにあり、商標権者に逸失利益が存しないときには、懲罰的規定として機能するところのある条項と言うべきであると述べる見解(渋谷達紀「知的財産法関係の最高裁判例−近年の諸判例に対する疑問」『牧野利秋判事退官記念 知的財産法と現代社会』300頁)や、商標権の侵害行為は、商標権者の許諾なく市場の需要を満足することで、商標権者の市場機会の利用可能性を喪失させているから、商標法38条3項は、市場機会の利用可能性の侵奪をもって損害(規範的損害)と観念し、市場機会の商標権者にとっての利用価値を賠償額としたものと解すべきであると述る見解(田村善之「商標法概説<第2版>」346頁)もあるが、小僧寿し事件の最高裁平成9年3月11日判決(民集51巻3号1055頁)は、「商標権者は、損害の発生について主張立証する必要はなく、権利侵害の事実と通常受けるべき金銭の額を主張立証すれば足りるものであるが、侵害者は、損害の発生があり得ないことを抗弁として主張立証して、損害賠償の責めを免れることができるものと解するのが相当である。・・・商標権は、商標の出所識別機能を通じて商標権者の業務上の信用を保護するとともに、商品の流通秩序を維持することにより一般需要者の保護を図ることにその本質があり、特許権や実用新案権等のようにそれ自体が財産的価値を有するものではない。したがって、登録商標に類似する標章を第三者がその製造販売する商品につき商標として使用した場合であっても、当該登録商標に顧客吸引力が全く認められず、登録商標に類似する標章を使用することが第三者の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは、得べかりし利益としての実施料相当額の損害も生じていないというべきである。」と判示して、この規定が損害の発生と額を擬制した規定とする説を採用せず、侵害者がいわゆる「損害不発生の抗弁」を主張・立証して、侵害行為が認められた後にも請求棄却を求めることができる道を拓いた。そして、商標法38条3項の損害の認定にあたっては、「従来のように当該商標の使用許諾契約等における使用料や世間相場はあまり考慮されず、当該商標の顧客吸引力の強弱や原告や被告の使用態様、両者の商品や営業の競合程度等をより広く考慮して」算定される傾向にあるとされている(小野昌延編「注解商標法(下)[新版]957頁)。最近の裁判例では、当該商標の顧客吸引力と侵害者の売上への寄与の2要素を中心として、使用料率を判断したモンシュッシュ事件の大阪地裁平成23年6月30日判決(判例タイムズ1355号184頁)が挙げられる。
したがって、不使用商標権であっても、商標権者は、上記小僧寿し事件の損害不発生の抗弁が認められない限り、商標法38条3項に基づいて実施料相当額の賠償請求が可能ということになる。
3 小僧寿し事件の損害不発生の抗弁の評価
小僧寿し事件の最高裁平成9年3月11日判決(民集51巻3号1055頁)の論旨に関連して、商標権について登録自体には財産的価値がないと単純に解釈することは、商標法が使用主義ではなく登録主義を採用していることと整合しないし、又、登録商標は登録者自身が使用せず第三者に使用許諾することができるから、不使用の場合でも最低限「使用料相当額」の損害賠償を認めてきた従来の商標法38条2項の解釈とも整合しない。信用が化体していないから財産的価値がない、従って損害がないという主張を安易に認めると改正後の商標法38条3項はその機能を失ってしまうといわざるを得ない(牧野利秋ほか編集「知的財産法の理論と実務3」206頁)。商標権が登録されたことは商標公報で公示されいるから、事業者が商標をを採択するに際しては、事前に商標調査を行って、他人の権利を侵害しないように配慮すべきであって、侵害してもケースバイケースでまったく賠償しなくて良いというのは商標権の価値を必要以上に軽視するものであると言えよう。
したがって、小僧寿し事件は、@被告(侵害者)の売上は被告の商標「小僧寿し」の著名性によるものであって、A被告標章「KOZO」は被告の売上に何ら寄与していないから、実質上被告による被告標章「KOZO」の使用が原告(商標権者)に損害を与えているものではないという事案において例外的に損害不発生の抗弁を認めたものにすぎないと言うべきである。
小僧寿し判決は、当該商標に顧客吸引力が全く認められない場合に例外的に損害賠償の責めを免れることを判示したもので、あくまで例外的なものである。
すなわち、商標権者は侵害の事実と、受けるべき金銭の額を主張立証すれば足りるという商標法38条3項の例外として、侵害者が損害の発生があり得ないことを抗弁として主張立証して、損害の責めを免れることを判示したにとどまり、受けるべき金銭の額の認定にあたり、侵害者が登録商標に化体した信用を利用したかどうかということが影響するということまで判示したものではないと考えられる。
商標の法体系は、侵害における損害の推定規定を設け、使用していない場合においても、最低でも使用料の損害は発生しているとして損害発生の推定を与えている。したがって、著名な商号の商標的使用による商標侵害などの特殊な場合以外は、最低でも使用料相当額が保証されているものである。侵害後の損害賠償額が侵害前の許諾によるロイヤリティより明らかに少なくなるということを避けるために、最低の使用料相当額の認定においては、小僧寿司事件と同様の事実関係に基づく、すなわち権利濫用と評価できるような損害不発生の抗弁しか認められず、登録商標を使用していないことのみでは損害不発生の抗弁は認められないと解されるべきである。
4 不使用商標権に基づく商標法38条3項の相当な対価額について
不使用商標権に基づく損害賠償のケースにおいて、どれぐらいの実施料相当額の賠償請求ができるのであろうか。過去の裁判例では、例えば、売上高に対する料率としてみた場合、下記のような料率が認められている。
@2.5%(大阪地裁昭和54年3月23日判決/無体集11巻1号247頁)
A0.8%(大阪高裁昭和56年2月19日判決/無体集13巻1号71頁)
B1.0%(名古屋高裁昭和56年7月17日判決/判例時報1022号69頁)
C1.0%(大阪地裁昭和59年4月26日判決/判例タイムズ536号410頁)
D2.0%(大阪地裁昭和59年12月20日判決/無体集16巻3号832頁)
E2.0%(東京高裁昭和62年9月29日判決/無体集19巻3号371頁)
F1.5%(東京地裁平成12年11月28日判決/裁判所HP)
G1.5%(大阪高裁平成17年7月14日判決/裁判所HP)
これらの裁判例を概観すると、その料率は、著名ブランドの偽物事件で8〜10%と言われていることからすると、総じて相当低率ではあるものの、上記小僧寿し事件以降も損害不発生の抗弁が認められることもなく、概ね1〜2%程度は認容されているようである。不使用商標権に基づく損害賠償のケースではない前記モンシュッシュ事件で、0.3%というような低率の認定がなされていることもあるが、侵害者が適法に利用許諾を受けた者と同額を賠償すれば足りるという、いわゆる「侵害し得」の結果を生ずることを回避するため、「通常」の文言を削ることにより、当該事案の具体的事情を考慮した適正な利用料が認定されることを図った平成10年の商標法改正の趣旨からして、これらの傾向は維持されることが相当と考えられる。
(H24.01作成: 弁護士・弁理士 溝上 哲也)
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