発行日 :平成21年 1月
発行NO:No22
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【2】論説〜無鉛はんだ合金に関する特許発明につき、残部として明示されていない成分組成が不可避不純物にあたるかが争われた事例について〜
1.事案の概要
  本件(大阪地判平成20年3月3日、平成18年(ワ)第6162号・特許権侵害差止等請求事件)は、下記構成要件AないしDに分説される「無鉛はんだ合金」の発明に係る特許権を有する原告が、被告が製造販売等する製品番号LLS227αの無鉛はんだ合金(被告製品)は上記発明(請求項1及び4)の技術的範囲に属するから、それを製造販売等する行為は同特許権を侵害すると主張して、被告に対し、被告製品の販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、特許権侵害の不法行為に基づく5500万円の損害賠償等を請求した事案である。
 【請求項1】
  A Cu0.3〜0.7重量%,Ni0.04〜0.1重量%,残部Snからなる,
  B 金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上したことを特徴とする
  C 無鉛はんだ合金。
 【請求項4】
    請求項1に対して,
  D さらにGe0.001〜1重量%を加えた無鉛はんだ合金。

 【被告製品】

  注)上記は原告提出の書証(甲5)による分析結果である。

2.争点
  多岐に亘り、請求項1及び4に係る発明につき特許法36条6項1号(いわゆるサポート要件)違反の無効理由が認められるか等も争点となっているが、本稿では、判決で判示された事項の内、被告製品は構成要件Aの「残部Snからなる」を充足するか、の点のみを取り上げる。

  上記のとおり、被告製品は、Sn(錫),Cu(銅),Ni(ニッケル),Ge(ゲルマニウム)以外の金属として、Ag(銀)を0.084重量%,Sb(アンチモン)を0.013重量%,Bi(ビスマス)を0.016重量%,Fe(鉄)を0.006重量%,As(砒素)を0.001重量%含んでいるのに対し、本件特許のクレーム及び明細書には、Cu,Ni,Ge以外の「残部」としてはSnのみが特定されていたため、特に被告製品にAgが0.084重量%含まれている点が「不可避不純物」にあたるか否かが争点となった。

3.判示事項
(1) 主文
  原告の請求をいずれも棄却する。(以下、省略)
(2) 事実及び理由
  ア 争点に関する当事者の主張
    a 原告の主張
    原告は、Sn−Cu系の鉛フリーはんだに関するJIS規格(JIS−Z3282、甲6)を提出し、当該JIS規格ではAgは0.10%以下と定められていることを根拠として、Agを0.084%程度含有しても合金の流動性向上に影響を与えるものではなく、不可避不純物のレベルを超えるものではないので、被告製品は、構成要件Aの「残部Snからなる」を充足すると主張した。

    b 被告の主張
    被告は、「不可避不純物」とは、意識的に添加したものではなく、原料中もしくは製造工程で不可避的に混入されるなどして、除外しようとしても除外できない不純物をいうものであるところ、被告製品は、はんだの融点を低下させ、あるいは、はんだのヌレをよくするためにAgを0.084重量%意図的に含有させているので、そもそも「不可避不純物」にはあたらないと主張した。
    また、原告が上記JIS規格(甲6)を根拠にAg添加量が0.10%以下は「不純物」として認められていると主張していることに対しては、@JIS規格は工業的見地からはんだの成分表示をする際に許容される不純物量、換言すれば、それ以下の含有量であれば表示をしなくてかまわない許容量を規定しているにすぎず、本件発明の技術的な目的(金属間化合物の発生の抑制、流動性の向上等)とは無関係で、本件発明の構成要件の解釈、判断基準となるべきものではないこと、A原告指摘のJIS規格(甲6)は平成18年に改訂されたもので、平成11年制定のJIS規格(乙3)では、Sn−Cu合金におけるAg含有の許容量は0.05%以下であったので、本件特許の出願時におけるJIS規格を基準とすれば、「不可避不純物」にあたるということはできないこと、などを反論した。

  イ 裁判所の判断
  上記争点について、裁判所は、先ず、弁論の全趣旨から、「不可避不純物」とは、「おおむね,金属製品において,原料中に存在したり,製造工程において不可避的に混入するもので,本来は不要なものであるが,微量であり,金属製品の特性に影響を及ぼさないため,許容されている不純物ということができる。」と認定した(*1)
  また、本件発明の無鉛はんだ合金は、その組成がクレームで「Cu0.3〜0.7重量%,Ni0.04〜0.1重量%,残部Snからなる」(構成要件A)と特定されており、文言上はこれら以外の金属成分を含有しない構成とされているので、本件発明は、「構成要件Aに記載される以外の成分組成を含むことを基本的に許容するものではなく,例外的にそれが許容されるとしても,せいぜい,そのようなものとして本件明細書において言及されている不可避不純物か,又はそれと同様に合金の流動性向上に影響を与えないことが特許出願時ないし優先日の技術常識に照らして容易に予見し得るものに限られると解するのが相当である。」と、構成要件Aの「残部Snからなる」を文言解釈する上での判断基準を示した。

  その上で、裁判所は、被告製品に含まれる0.084重量%のAgが本件明細書にいう「不可避不純物」にあたるかの点については、本件発明の特許出願時ないし優先日当時のJIS規格(乙3)を手掛かりとして、Sn−Cu系のはんだ合金において定められた許容不純物としての範囲(0.05%)を上回るものであるから、「不可避不純物」ということはできないと認定し、したがって、被告製品は、構成要件Aの「残部Snからなる」の要件を充足せず、本件特許権(請求項1及び4)を侵害しないと判断した。
  なお、本判決では、原告提出のJIS規格(甲6)は採用されなかった。判決では、特許要件の存否は特許出願時ないし優先日を基準として判断されることを挙げた上で、『発明の独占権の範囲を画する技術的範囲の解釈に当たっても,当該発明の特許出願時ないし優先日当時の技術常識に基づいて判断すべきものであり,本件においても,本件明細書がいう「不可避不純物」の解釈についても同様である。』と述べられており、原告提出のJIS規格(甲6)は本件発明の出願日ないし優先日の後に改正されたものであることが不採用の理由として挙げられている。

4.考察
  一般に合金においては、ある成分組成の合金があったときに、これに更に別の金属成分を加えた合金は化学的性質等が同一のメカニズムのものとなるかどうかは予測困難なのが通常である。そのため、特許庁の審査においても、クレームを記載するときに合金の組成は正確に特定することが求められている。本件発明においても、Snを母体とした無鉛はんだ合金において、金属間化合物の発生の抑制や流動性の向上を目的としてCuとNiを特定の重量%比で加える点に主要な特徴があるとしても、「残部Snからなる」と、残部の組成も明示することは、合金の分野では発明の性質上必要と考えられる。
  このことからすると、本件のような場合、明細書中に、例えば「本発明では、・・・Ni独自の効果を阻害する金属が合金中に存在することは好ましくない。言い換えると、Cu以外の金属でNiと容易に相互作用する金属の添加については、本発明の意図するところではない。」と記載されていたとしても、本件発明と同一の作用効果を奏していることを根拠として、被告製品はいわゆる「付加」もしくは「利用関係」に該当するとして、クレームの構成に含まれない成分を有していても侵害にあたると主張することも困難と考えられる(もっとも、本件では、作用効果が同一といい得るかについても当事者間に争いがある)。特許請求の範囲には、特許発明の技術的範囲を定めて権利範囲を公示し、当業者にとってどこまでが侵害でどこからは非侵害かという予測可能性を保障するという役割があるが、合金の性質からすると、本件明細書中に開示されていない成分を添加した場合にも本件発明にかかる無鉛はんだ合金の性質が維持されるのか否かは予測できないのが通常であるから、仮に、0.084重量%のAgを添加しても同じ作用効果が得られることが後日の実験で確認された場合でも、当業者の予測可能性は保障されないと考えられるからである。

  そうすると、裁判所としては、クレームの構成に含まれない成分を有していても侵害にあたると例外的に判断できるのは、不可避不純物と認められる場合か合金の流動性向上に影響を与えないことが出願時の技術常識に照らして容易に予見し得るような場合に限られると解することになる。その上で、不可避不純物として許容されるAgの成分含有量は具体的にどの程度であるのかが問題となるが、本件では、他にその点に関する技術常識を示す証拠もないから、我が国で広く普及しているJIS規格における許容不純物の基準が当業者における技術常識を示すものとして採用された。この点の是非は技術論となるので正確なところは不明であるが、本件では原告、被告の双方からJIS規格が証拠として提出されているので、裁判所としては基準として採用し易かったのではないかと考えられる。また、JIS規格で判断するのであれば、本件特許の出願前のものである被告提出の平成11年制定の規格の方が採用されたことは、妥当というべきである。
  本件は、無鉛はんだ合金に関する特許発明につき、残部として明示されていない成分組成が不可避不純物にあたるかが争われた事案であり、かかる事案に対する侵害訴訟裁判所の判断手法を示すものとして、あるいはそのような分野の明細書を作成する場合に留意すべき点として、実務上参考になると考える。

(H21.01作成: 弁理士 山本 進)

参考:
(1) 不可避不純物であるか否かが争点となった他の判例として、審決取消訴訟の事案であるが、 知財高判平成18年6月20日、平成17(行ケ)10608号・特許取消決定取消請求事件 がある。この判決では、技術文献や特許文献を参酌の上、『「不可避的不純物」とは,鉄鋼材料分野において慣用的な用語であり,その意味するところは,おおむね,所望する鉄鋼材料としての最終製品を得るまでの製造過程において,意図して導入するまでもなく鉄鋼材料中に存在することが自明であり,しかも,その存在は不要なものであるが,微量であり,鉄鋼製品の特性に必ずしも悪影響を及ぼさないため,存在するままにされている不純物ということができ,このことは,本件出願当時,当該分野の当業者間で,技術常識となっていたものと認められる。』とか、『不可避的不純物であるかどうかは,鉄鋼製品との関係で決まり,意図的に添加したものかどうかによって区別すべき合理的理由はない』といった判示がなされている。

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