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発行日 :平成21年 1月
発行NO:No22
発行 :溝上法律特許事務所
弁護士・弁理士 溝上哲也
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【3】論説〜法律的に考えてみると〜(契約の相手方は権利者か・・)〜
某有名音楽家による著作権譲渡にからむ詐欺事件が世間を騒がせました。著作権を譲渡するつもりもないのに譲渡を持ちかけて金を騙し取ったということのようです。そこで、今回は、契約の相手方が果たして真の権利者なのか、権利者ではなかった場合に法律的にどうなるのかについて、考えてみることにしました。
冒頭の事件は著作権という特殊な権利が対象ですが、まずは、一般の動産の所有権について考えてみます。例えば、Xが欲しかった腕時計をYがしているのを見て、XがYに1万円で売ってくれませんかと言い、Yがいいですよ、となると売買契約の成立です。そし て、Xがこの腕時計受け取ったとします。このとき、もし、Yがしていた腕時計が実はZからの借り物だったとするとどうなるでしょ うか。本来、ZはXに対し、自分のものだから返せと言えるはずですが、Xは即時取得を主張して自分に所有権があると言えます。
民法192条は 『取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産につ いて行使する権利を取得する。』 と規定しているとおり、Xに過失があった等の事情がなければ所有権を取得できるのです。動産の所有権は公示が不十分なため、占 有している者を権利者と信じて取得すれば原則保護しましょう、ということであり、動産の占有に公信力を与えたものと説明されます。
では、不動産だとどうでしょうか。XがYから土地を買ったが、実はYは所有者ではなかったといった場合です。不動産には登記と いう公示制度がありますが、登記簿上もYが所有者とされ、Xはそれを信じて買ったとします。登記簿上の所有者から買ったのだから 安心かというと必ずしもそうでもありません。 もし、Yが真の所有者だったとしても、Yは別のZにも同じ土地を売却しているかもしれません。そして、先にZに登記が移転され てしまうと、もはやXは第三者に所有権を対抗できない、すなわち所有権を取得できないというとになります。
民法177条は 『不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従い その登記をしなければ、第三者に対抗することができない。』 と規定しているとおり、登記がなければ所有権を対抗できないのです。そして、このようないわゆる二重譲渡の場合に、Zに登記が 移転されてしまえば少なくともYはXに対する債務不履行となるので、XはYに損害賠償請求ができるということになり、Yにはじめ からXに所有権を移転させる気がなかったのであれば詐欺ということにもなります、しかし、二重譲渡一般に言えることですが、行為 時には移転させるつもりだったと言われてしまえば、移転させるつもりがなかったことの証拠を集めるのは困難であり、詐欺の立証が 難しいとされる所以です。
さらに、Yが登記簿上所有者であったとしても、真の所有者ではないという場合もあります。登記には公信力がない、すなわち、登 記簿上所有者とされていたからといって、所有権があるとは限らないのです。この場合、原則として、Xは所有権を取得できません。 Yの登記が登記申請書類を偽造して行った虚偽の登記であったような場合の他、真の所有者Zが仮装譲渡によりY名義で登記している ような場合もあります。もっとも、後者の場合、財産隠しなどの理由によるZの帰責性があってY名義の登記が長らく放置されており、 XがY名義の登記を信じたというような事情があれば、Xが所有権を取得できる余地があります。
すなわち、民法94条は 『相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。』 と規定していますが、虚偽の外観があり、真の権利者にその外観作出についての帰責性があれば、同条2項を類推して、これを信頼 して取引した者を保護するという、権利外観法理が認められており、Xはこの権利外観法理で保護される可能性があるのです。Xがこ の権利外観法理で保護されない場合は、やはりYの債務不履行の問題となり、また、Yの行為は民事上も刑事上も詐欺にあたる可能性 が高いと言えます。
では、知的財産権のような無体財産権の場合はどうでしょうか。
まず特許権について考えてみます。特許権は特許登録原簿という公示制度がありますが、登録原簿上のYからXが特許権の譲渡を受 けたとしても、Yによる二重譲渡のおそれがあることには変わりありません。二重譲渡の考え方は不動産の場合と同様であり、Zにも 譲渡され先に登録されてしまえば、Xは特許権を取得できません。もっとも、特許の場合は移転登録しなければ移転の効力自体生じな いとされているため(特許法98条1項1号)、名義人以外の者が真の権利者ではないかと心配する必要は通常ありません。例えば、 Xが登録原簿上の特許権者Yから使用許諾(ライセンス)を受けていた場合、Yに払ってしまったライセンス料を、Yから特許権を譲 り受けていたとするZから重ねて請求される心配はありません。上記のとおり、特許の場合、登録がなければ移転の効力自体が生じな いからです。
それでも、Yが真の特許権者でないという場合はありえます。特許の場合でも、登録に公信力はありません。よって、例えば本来の 発明者でないYが、Zの発明を盗んではじめから出願し特許権を受け、登録してしまった場合(冒認出願)、Yは登録原簿上特許権者 とされていたとしても特許権者ではなく、この場合特許が無効とされます(特許法123条1項6号)。(なお、はじめからXが冒認 出願により特許権者とされていた場合に、Zが、自らが特許を受ける権利を有しているとして登録原簿上の名義人に移転登録請求でき るかについては、特許制度の枠を超えるなどとして否定する裁判例もあり(東京地判H14.7.17)難しい問題です)。
最後に、著作権の場合を考えてみます。(なお、著作者人格権は譲渡できないと解されているので以下でいう譲渡についてもこれを 除きます)
まず、著作権法で保護される著作物とは、『思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術又は音楽の範囲に属するも の』(著作権法2条1項1号)であり、著作権は単に著作物を創作すれば何らの手続を要さずに発生します(著作権法17条2項)。 著作権にも登録制度があり、著作権の移転は登録しなければ第三者に対抗できませんが(著作権法77条1号)、登録がなくとも著作 権が発生する一方で、登録に公信力はなく、当然ながら登録があるからといって真の著作権者と認められるわけでもありません。(な お、そもそも著作権の登録制度は、公表年月日、無名又は変名で公表されている場合の実名、権利移転などを登録するものであり、創 作者が自己が著作権者であることを直接登録するものではありません)。そのため、たとえ登録がある著作物であっても、著作物をは じめに創作したのが誰かについて疑いがある場合は、譲渡や使用許諾を受けても著作権や使用権を取得できるとは限らないだけでなく、 真の権利者から損害賠償請求されるリスクもあることを考慮し、慎重に対応する必要があります。
もとの創作者について争いがない場合、何ら登録はないが著作物の創作者自体がYであるか、Yが権利者として登録されており創作 者もたしかにYに譲渡したと認めているのであれば、Xの譲渡交渉の相手はYということになります。たとえ創作者がZにも譲渡して いたとしても、Zの登録がない以上、Zは自己が著作権の譲渡を受けたことをXを含む第三者に対抗できないからです。もっとも、Y による二重譲渡がなされた場合、Xも移転登録をしない限り第三者に対して自己が著作権の譲渡を受けたことを対抗できません。これ も不動産の場合と同様です。そして、結果的にXが移転登録を受けれなかったとしても、Yが譲渡するつもりでしたと言えば詐欺の立 証は難しくなるわけですが、冒頭の音楽家がどういう意図で何と言ったのか気になるところです。
(H21.1作成: 弁護士・弁理士 江村 一宏)
→【1】論説:新しいタイプの商標の保護について
→【2】論説:無鉛はんだ合金に関する特許発明につき、残部として明示されていない成分組成が
不可避不純物にあたるかが争われた事例について
→【4】記事のコーナー :スーパー早期審査の試行開始について
→【5】記事のコーナー :事務所の近況〜健康法について〜
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