発行日 :平成24年 8月
発行NO:No29
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【4】論説〜著作権の消尽について〜
1 消尽とは
  消尽とは、一言で言えば、使い尽くされて消えることであり、知的財産権一般において問題となる。適法に生産・作製された製品や原作品、複製物等が一旦流通に置かれた場合、もはやその後の譲渡には特許権や譲渡権は及ばないというのが消尽理論である

2 著作権法と消尽
  著作権については、その内容は複数の権利で構成されており、著作者人格権、著作財産権(狭義の著作権)に分類され、著作財産権は、さらに、複製権(著作権法21条)、上演権及び演奏権(22条)、上映権(22条の2)、公衆送信権等(23条)、口述権(24条)、展示権(25条)、頒布権(26条)、譲渡権(26条の2)、貸与権(26条の3)、翻訳権・翻案権等(27条)、二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(28条)と分類されているが、消尽が問題となる場面はもっぱら譲渡権についてである。もっとも、頒布は、「有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいい、映画の著作物又は映画の著作物において複製されている著作物にあつては、これらの著作物を公衆に提示することを目的として当該映画の著作物の複製物を譲渡し、又は貸与することを含むものとする。」(2条1項19号)と定義され、譲渡を含む概念であり、頒布権(26条)においても消尽が問題となる。(なお、頒布権については、「映画の著作物をその複製物により頒布する権利」(著作権法26条2第1項)と規定されており、映画の著作物に特有のものである。)

  消尽に関する著作権法上の規定としては、平成11年改正で導入された譲渡権(26条の2)について、譲渡による権利の消尽が明文化されている(同条2項。なお、この消尽規定は強行規定であり当事者間の特約等で譲渡権の消尽を否定することはできないと解されている)。一方、現行法制定当時から規定されていた映画の著作物の頒布権については、権利の消尽の規定はない(26条)。

3 消尽の適用
  具体的な事例として、ゲームソフト、音楽CD、書籍を権利者等から正規に購入した者が、それを転売するという場面を検討してみたい。どの場合も、消尽理論により著作権者の許諾は不要というのが通常の考え方であるが、問題はないか。

1) ゲームソフトの場合
  まず、ゲームソフトについては、頒布権との関係で問題となった判例がある(最判H14.4.25「中古ゲームソフト事件」)。
  これは、家庭用テレビゲーム機用ソフトウェアの著作権者である原告らが、原告らを発売元として適法に販売され、小売店を介して需要者に購入され、遊技に供されたゲームソフトを購入者から買い入れて、中古品として販売している被告らに対し、著作権法26条1項の頒布権に基づき、ゲームソフトの中古品の販売の差止め等を求めた事案である。
  そもそも、なぜ頒布権なのかといえば、ゲームソフトは「映画の著作物」に該当すると解釈されているからである。そして、なぜ問題となったかといえば、上記のとおり、頒布権には消尽の規定がないため、頒布権は消尽しないと解されていたからである。
  結論として、判例は、ゲームソフトは「映画の著作物」に当たり、著作権者は頒布権を有するが、この場合の頒布権は消尽するとして著作権者の請求を棄却した。
  その理由は次のとおりである。
 
  『(ア)著作権法による著作権者の権利の保護は、社会公共の利益との調和の下において実現されなければならないところ、(イ)一般に、商品を譲渡する場合には、譲渡人は目的物について有する権利を譲受人に移転し、譲受人は譲渡人が有していた権利を取得するものであり、著作物又はその複製物が譲渡の目的物として市場での流通に置かれる場合にも、譲受人が当該目的物につき自由に再譲渡をすることができる権利を取得することを前提として、取引行為が行われるものであって、仮に、著作物又はその複製物について譲渡を行う都度著作権者の許諾を要するということになれば、市場における商品の自由な流通が阻害され、著作物又はその複製物の円滑な流通が妨げられて、かえって著作権者自身の利益を害することになるおそれがあり、ひいては「著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与する」(著作権法1条)という著作権法の目的にも反することになり、(ウ)他方、著作権者は、著作物又はその複製物を自ら譲渡するに当たって譲渡代金を取得し、又はその利用を許諾するに当たって使用料を取得することができるのであるから、その代償を確保する機会は保障されているものということができ、著作権者又は許諾を受けた者から譲渡された著作物又はその複製物について、著作権者等が二重に利得を得ることを認める必要性は存在しないからである。

  ところで、映画の著作物の頒布権に関する著作権法26条1項の規定は、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(1948年6月26日にブラッセルで改正された規定)が映画の著作物について頒布権を設けていたことから、現行の著作権法制定時に、条約上の義務の履行として規定されたものである。映画の著作物にのみ頒布権が認められたのは、映画製作には多額の資本が投下されており、流通をコントロールして効率的に資本を回収する必要があったこと、著作権法制定当時、劇場用映画の取引については、前記のとおり専ら複製品の数次にわたる貸与を前提とするいわゆる配給制度の慣行が存在していたこと、著作権者の意図しない上映行為を規制することが困難であるため、その前段階である複製物の譲渡と貸与を含む頒布行為を規制する必要があったこと等の理由によるものである。このような事情から、同法26条の規定の解釈として、上記配給制度という取引実態のある映画の著作物又はその複製物については、これらの著作物等を公衆に提示することを目的として譲渡し、又は貸与する権利(同法26条、2条1項19号後段)が消尽しないと解されていたが、同法26条は、映画の著作物についての頒布権が消尽するか否かについて、何らの定めもしていない以上、消尽の有無は、専ら解釈にゆだねられていると解される。

  そして、本件のように公衆に提示することを目的としない家庭用テレビゲーム機に用いられる映画の著作物の複製物の譲渡については、市場における商品の円滑な流通を確保するなど、上記(ア)、(イ)及び(ウ)の観点から、当該著作物の複製物を公衆に譲渡する権利は、いったん適法に譲渡されたことにより、その目的を達成したものとして消尽し、もはや著作権の効力は、当該複製物を公衆に再譲渡する行為には及ばないものと解すべきである。 』

  要するに、著作物やその複製物の譲渡の都度、著作権者の許諾を要するとすれば円滑な流通が阻害されるし、著作権者は第1次譲渡の段階で代償を確保できるということ、一方、頒布権が消尽しないという考えは配給制度のもとで公衆に提示する目的で頒布される劇場用映画を想定したものであり、公衆に提示することが目的ではないゲームソフトにはあてはまらないということである。
  このように、ゲームソフトを再譲渡する場合には、消尽理論により著作権者の許諾は不要というのが判例である。
  では、ゲームソフトをコピーあるいはPCにインストールしていた場合、再譲渡の際に、そのコピーを削除あるいはアンインストールする必要があるか。
  この点について、ゲームソフトは映画の著作物であるが、プログラム著作物としてのソースプログラム及びその複製物たるオブジェクトプログラムを含むといえるところ、著作権法上、『プログラムの著作物の複製物の所有者は、自ら当該著作物を電子計算機において利用するために必要と認められる限度において、当該著作物の複製又は翻案(これにより創作した二次的著作物の複製を含む。)をすることができる』(47条の3第1項)が、『前項の複製物の所有者が当該複製物(同項の規定により作成された複製物を含む。)のいずれかについて滅失以外の事由により所有権を有しなくなつた後には、その者は、当該著作権者の別段の意思表示がない限り、その他の複製物を保存してはならない。』(同第2項)と規定されている。
  このように、著作権法上、削除ないしアンインストールが要求されている。

2) 音楽CDの場合
  次に、音楽CDについてはどうか。
  音楽の著作物の複製物たる音楽CDは、映画の著作物以外について第1次譲渡による消尽を定めた著作権法第26条の2第2項が原則どおりあてはまり、再譲渡に際して著作権者の許諾は不要である。
  では、音楽CDをコピーしていた場合、再譲渡の際に、そのコピーを削除、廃棄する必要があるか。
  ここで、著作権法30条は、著作物は「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とするとき」は、「使用する者が複製することができる」と規定しており、私的使用のためであれば著作権者の許諾なく複製しても原則として著作権侵害とならない。同規定により適法なコピーが存在していた場合、再譲渡の際に廃棄する必要があるかという問題である。
  この点は、オリジナルを転売したことによって適法であった私的使用のための複製が遡って違法になるわけではなく、残されたコピーを廃棄する必要があるかという問題であり、プログラム著作物に関して複製物の廃棄を求める47条の3第1項のような特別な規定がない以上、著作権法上、廃棄は求められていないと考えるしかないであろう。

3) 書籍の場合
  書籍についても同様に考えられる。
  すなわち、第1次譲渡による消尽を定めた著作権法第26条の2第2項が原則どおりあてはまり、再譲渡に際して著作権者の許諾は不要である。
  また、著作権法30条に基づいて、コピーを取っていた場合、再譲渡の際に廃棄する必要があるかについても、47条の3第1項のような規定がなく、著作権法上、廃棄は求められていない。
  では、書籍を裁断してスキャナーで読み取り電子書籍化して(いわゆる「自炊」である。これも著作権法30条による私的使用のための複製であれば適法である。)、裁断後の書籍を譲渡する場合はどうか。
  単なる再譲渡との違いは、裁断されていることだけである。
  前記中古ゲームソフト事件の判示からも分かるとおり、消尽論は、いわばいずれの結論も可能な総合考量的なものであるため、消尽論の問題となれば、消尽を否定する結論も可能であろうが、著作権法第26条の2第2項の明文の存在にもかかわらず、裁断したからといって消尽が否定されるという理屈は難しい。前記中古ゲームソフト事件においても、「映画の著作物についての頒布権が消尽するか否かについて、何らの定めもしていない以上、消尽の有無は、専ら解釈にゆだねられている」として、消尽の有無が検討されている。

  ここで思い出されるのは、特許権の行使が消尽等により制限されない場合の基準を定立したインクカートリッジ事件(最判H19.11.8)である。同判例は、「特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ、それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは、特許権者は、その特許製品について、特許権を行使することが許されるというべきである。」と述べている。これは、インクジェットプリンタ用インクタンクに関して、使用済みインクタンクを回収し、新たにインクを注入するなどの工程を経て販売等をしたことが、インクタンクに関する特許権の侵害にあたるか問題となった事案であるが、要するに、加工等により当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたといえるような場合は、特許権は消尽せず、権利行使が制限されないというものである。
  著作権について、特許権と同一に解することはできず、しかも、書籍を裁断したからといって、元の著作物と同一性を書く著作物となるわけでもない。しかし、裁断により、複製を容易化する加工を加えたと評価することは、裁断後の譲渡が著作権者の許諾なく無制限に可能という結論でよいのかについて考える手掛かりとなる(本稿においては問題提起に止める)。

以上

(H24.8作成: 弁護士・弁理士 江村 一宏)
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