発行日 :平成22年 1月
発行NO:No24
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【5】記事のコーナー:〜本当は使える「実用的」な実用新案〜

  実用新案制度が平成5年に改正され、無審査登録制となって10年以上経過しました。
  本稿では、無審査制となった実用新案制度が果たして、権利保護、権利行使の観点で、「実用的」なのかどうかという点を、検証してみました(本稿で言う「実用的」とは実用新案と掛けた形容詞として使っています)。

(簡単な比較)

 国内の特許出願と実用新案出願の権利取得までの審査段階の大まかな流れを見てみます。

   ○特 許
    出 願
     ↓
    審査請求
     ↓
(拒絶理由通知とその対応)
  ↓      ↓
    特許査定 OR 拒絶査定
  ↓
     登 録
○実用新案
出 願

(形式的要件の審査≒確認)

登録査定

登 録


  実用新案は、有効・無効を審査官が判断する実体審査がないので、特許でいう許可(特許査定)とか、不許可(拒絶査定)という査定がありません。また、出願時に出願印紙代と共に3年分の登録料を納めて手続を行っているので、出願後、簡単な形式的要件の確認をするだけでいきなり登録査定となり、登録公報が発行され、登録証が送られてきます。
  次に特許と実用新案の各制度上において、本稿で比較に値する違いを大まかに説明します。

特許:
      権利期間が出願の日から20年
      審査のうえ権利化される(審査は1年以上かかる場合が多い)
      権利行使は特許番号の記載のみで行える

実用新案:
      権利期間が出願の日から10年
      審査がなく出願すれば権利化される(登録証が届くまで約半年)
      権利行使は別途「技術評価請求書」の提示が必要

(権利保護)

  よく、「実用新案は(無審査なので)ナメられる」と言うことがあります。確かに過去に出願された内容と全く同じ内容の出願をしても「登録査定」となりますので、商品等に「実用新案第○○○○号」と記載されていても、真に有効な「実用新案権」なのか、無効な「実用新案権」なのかが判りません。ゆえに、無審査の実用新案制度となって以来、実感として、いわゆる「出願してますよ…ご注意下さいな」という牽制効果、「出願してますよ…その効果はバッチリ」という宣伝効果「のみ」を狙った出願が増えている気もします(これがナメられると言われる悪循環の橋渡しをしているとも思えます)。
  しかし、実用新案は、このような役割しか果たしていないのでしょうか。  実用新案制度の上記のような活用(使い方と効果)や捉え方はさておき、権利保護と権利行使の観点で、以下、特許と実用新案とを比較してみました。

 (内容の高度…発明>考案?)

  特許法第2条と実用新案法第2条には、それぞれ「発明」と「考案」の定義があり、そこで異なるのは、特許法では『技術的思想の創作「のうち高度のもの」をいう』とあるのに対し、実用新案法では『技術的思想の創作をいう』といったように「高度」の文言がありません。
  というと、「じゃぁ高度って何だ?」ということになりますが、例えば従前の常識では不可能と言われていた技術や想像もつかない技術を実現できるようにしたならば、それは簡単に高度と言ってよいかもしれません。しかし、技術はそれまでの技術を礎にして進歩を遂げることを考えると過去の技術の改良がほとんどで、その改良点が高度か?と問われた場合、過去の判審決例や解説本を細かく紐解けばある程度のアウトラインは把握できるとしても、ここから高度、ここから高度じゃない、という具体的な線引きは実際上は難しく、特許の審査では、過去の技術と相違する構成があり、それに起因する効果があるかという「進歩性」という概念をもって「特許に値する発明か否か」を判断しているだけです。つまり、特許で出願した発明につき、この内容は「高度じゃない」から実用新案にしなさいという指示や指令を受けることはなく、逆に実用新案で出願した考案につき、この内容は「高度」だから特許出願にしなさい、と指示や指令を受けることもありません。

  また、実務上、実用新案だから書類フォーマット(記載すべき内容)が簡略されているとか、特許だからものすごく厳格に定められて、ものすごくいろいろ記載しないと行けないとか、という相違もなく、どちらも、発明や考案について、請求の範囲(権利主張ポイント)、従来技術、従来技術の課題、課題を解決する手段、効果、実施の形態(実施例)を記載し、図面を作成して、内容をきちんと説明する点には何ら変わりありません。
  要するに、出願時に、特許と実用新案のいずれを選択するか?は、内容、すなわち技術的思想の創作が「高度」か否かが決定打となっているわけではなく、諸々の事情により出願人が決めていることになります。もちろん、特許と実用新案で保護できるカテゴリーが異なりますので、実用新案で保護できない例えば「方法」については自動的に特許を選択せざるを得ないのですが…。

 (権利保護…特許権>実用新案権?)

  上記のとおり、特許(発明)に較べて「高度じゃない」のが実用新案(考案)ですが、「高度」とか「高度じゃない」とかという点で、特許権の方が実用新案権より強い(この場合の強いとは漠然とした言い回しです)、というわけではありません。
  「権利保護」とは、読んで字のごとく権利を保護することですが、本稿で定義する「保護」とは、『第三者が権利範囲に触れないように実施しにくい内容か?』、つまり、『限りなく類似しているが権利範囲に触れないという事態を食い止められるか?』、というように捉えて以下、説明を続けます。
  なお、特許権も実用新案権も、共に第三者には実施権を与えて権利者はその実施の対価を得るとか、財産権としてビジネスの取引したりとか、第三者との友好的関係の下で活用される場合もありますが、性格としては基本的に『新しい技術を公開した者に対しその代償として一定期間、一定の条件の下に「独占的」な権利を付与する』(他方、第三者には利用する機会を与える)というものですから、本稿のここでは、言い方はやや乱暴ですが、権利範囲に触れないように当該権利に類似する実施をする第三者(権利範囲に触れないので侵害していないのだが)も含めて『侵害者』として説明することとします。

  上記のように定義する「権利保護」を考えたとき、「保護」の強さは、特許権と実用新案権という「制度上の法域」で決まるものではなく、あくまでも「発明」と「考案」の『内容』で決まるという点がしばしば見落とされていると感じます。
  ここで、上記の「発明」と「考案」の内容として高度とか高度じゃないという比較が登場します。すなわち、表現がまたしてもやや乱暴ですが、上記のとおり「高度」の線引きが明確ではないので、特許権を取得した「発明」にも実用新案権を取得した「考案」にも「高度」なものと「高度ではない」ものが間違いなく混在しています。この点から、まず、特許権だから「高度」で「保護」の強さが高く、実用新案権だから「高度じゃなく」て「保護」の強さが低い、という特許権>実用新案権の図式は妥当でないことが理解できると思います。
  また、特許権でも実用新案権でも、技術的思想自体は極めて有用であるのに、請求の範囲の記載がものすごく限定的で実施例オンリーワン的な権利範囲しかないものもあります。こうした類の特許権や実用新案権は、侵害者から見て、まさに権利範囲には触れないが類似する実施がたやすく、保護の観点からは強さは低いと言えます。

  以上のことから、権利保護の観点では、権利保護期間等の相違点を除き、特許権>実用新案権という図式は必ずしも妥当ではないと感じます。すなわち、特許権であれ実用新案権であれ、「(発明や考案の)内容」がどれだけ有効(新規性、進歩性を有する)であるかとか、従来技術を含まずに権利範囲をどれだけ広く設定(記載)するか、によって「権利保護」の高低が定まると言えますから、特許権と実用新案権との差は無いと感じます。

(権利行使…特許権>実用新案権?)

  つづいて、権利行使の点で考察します。権利行使は、実用新案権も特許権も、侵害者(ここでは真に権利に係る発明、考案を実施した第三者をいう)が権利を侵害した場合、これに対して特許権、実用新案権に附帯する権利を行使して侵害行為から権利を護ったり、侵害者を(侵害に対して)相当する処遇でもって迎撃するといった行為にあたります。 ところで、侵害行為は、いつ、どこで、誰から、受けるのでしょう?。あるいは権利期間中に侵害すらないかもしれない、と考えることはないでしょうか?。昨今の状況下で、上記の風説に囚われて「特許権でなくては自分の権利は護れない」とか、いつ、どこで、誰から、侵害を受けるか判らないからこそ「特許権を取得すべく特許出願をし、審査請求を行うのだ!」、という考えは、上記の「権利保護」によれば、権利の保護の高低差はないので、少しピント外れに思えてこないでしょうか?。以下、さらに説明します。

  権利行使というシーンは、特許権や実用新案権が存在していることが大前提で、そのうえで、侵害行為を行う侵害者が存在して、初めて遭遇します。
  つまり、特許法でも実用新案でも、権利発生後にしか権利行使が行えない(当たり前)点で同じで、権利行使の内容も差止請求、損害賠償請求のどちらも可能です。実用新案権は無審査登録なので技術評価書を提示する必要がある点では、権利行使方法に制限はありますが、その点を除けば、権利行使に著しく制限があるとか、審査を経て登録された特許権だから権利行使も効力が高いとか、という差はありません。

  まず、特許の権利取得までの道のりについては上記の図のとおりですが、ここでは経過時間について説明します。特許は、出願し、審査請求をし、審査の過程を経て特許権を取得するまでに、現状、仮に出願と同時に審査請求をしても(優先審査等の制度を活用しないとして)どれだけ早くても出願から6ヶ月で判断結果が出るということはなく、また、審査では拒絶理由通知という審査官からの審査の(拒絶査定しようと思っていますが…という)中間報告を受けることが多いので、結果的に特許権を取得できる発明であっても時間がかかります。出願の日と同時に審査請求をしてもほとんどの特許出願が1年以上の期間がかかってしまいます。裏を返せば、それほど慎重に審査が行われているのですから、特許権は審査をパスして権利化された分だけの価値があると言っても良いです。

  それで、もし仮に、特許出願し、その出願の日から1年後に侵害品が現れたとしたらどうでしょう?。特許法では、出願の公開がされた際に、その公開公報を提示して業としてその発明を実施した者に対して警告した場合には、特許権を取得した際にその実施に対して受けるべき補償金の請求権を(特許権の設定登録後に)行使できるという制度があり、また、この補償金請求の請求時期を早めるために早期公開制度もありますが、補償金請求権の行使は、あくまで特許権取得後で、前記早期公開がなければ、公開は出願の日から1年6月後です。つまり、出願の日から1年後に侵害品が現れたとしたら、特許の場合、優先審査や早期公開制度を活用して、なるべく早く特許権を取得できるようにしたり、補償金請求の警告をするしか手の打ちようがありません。最悪のケースとしては、いわゆる「売り逃げ」的なパターンで、権利行使しようとした際には侵害者が存在しないとかという場合も発生してしまいます。

  一方、実用新案の権利取得までの道のりはどうでしょう。実用新案は、出願し、約半年後(6ヶ月後)には、有効か無効かは不明ながらも実用新案権が取得できます。また、警告の要件として(技術評価請求を行って得た)技術評価書を提示する必要がありますが、技術評価請求を出願と同時に行った場合には、およそ1年「以内」には技術評価書が送られてきます。
  それで、もし仮に、実用新案登録出願から1年後に侵害品が現れたとしたらどうでしょう?。実用新案権は既に出願の日から約半年後に取得済みですし、出願と同時に技術評価請求を行った場合には、ひょっとすれば1,2ヶ月後のタイムラグがありますが、侵害品の発見から大きく遅れることはないので、上記の売り逃げの最悪パターンは免れる可能性が高いです。もっとも技術評価書中の評価が低ければ(その実用新案権が無効であるという意味なので)警告しても意味がありませんが、権利行使の迅速性では特許権とは比べものになりません(説明も短い!)。

  以上の比較から、法域は違えど特許権でも実用新案権でも、権利行使の手法に若干の相違があるものの、権利行使自体が行える点で変わりはない一方、実用新案権は、特許権に較べて、権利付与までの期間が極めて短く(迅速で)、権利行使をしようとする際に必要とされる技術評価書を得る期間も短いので、特許権よりは侵害品を見付けた後に即座に警告(→権利行使)ができると言えます。

(むすび…実用的な実用新案権)

  例えば技術進歩がめまぐるしく1〜2年で陳腐化する分野ならば、特許出願して特許権が取得される頃には大昔の技術になっているかもしれません。これでは、それまでに投下したコストや時間が水の泡となる可能性があります。これに対して、実用新案権であれば、権利取得、権利行使が特許権のそれらと較べて圧倒的に早いので、上記の特許権でのようなことになる可能性は低いと言えます。
  このように、有効な内容であるならば、権利期間等の差はあるとしても権利保護の能力には特許との差はなく、また、劇的に権利付与まで及び権利行使の要件を満たすまで(技術評価書を得るまで)の期間も短く、権利行使の際の効力も差がない実用新案権は、技術の発達がめまぐるしい昨今にあっては、実は「実用的」な権利で、ナメてかかると本当は怖いものなのかもしれません…。
  また、出願コストも(上記のとおり作成書類はほとんど同じながら)特許よりは安く、また、権利行使の際に必要とされる技術評価請求の手続も特許で言う審査請求よりは安く(しかも警告が必要な時にだけ技術評価書を得ればよい)、かつ権利取得後の維持費用(年金)も特許より安いので、トータルコストは圧倒的に実用新案に軍配が上がります。
  こうしたことから、実は「実用的」なのではないか?と思います。

(執筆後記)
  上記の、いつ、どこで、誰から、侵害を受けるか判らないからこそ「特許権を取得すべく特許出願をし、審査請求を行うのだ!」のアンチテーゼとなりますが、いつ、どこで、誰から、侵害を受けるか判らないのは、特許権でも実用新案権でも同じで、不測の事態にどれだけフットワーク軽く適切な措置が講じられるかを考えると、何となく、何がなんでも特許権!という特許至上主義も少しナンセンスに感じます。

  侵害という、有るか無いか判らない不測の事態に備えて敢えて時間やコストを掛けて特許権を取得するか、有るか無いか判らない不測の事態だからこそそのような事態が有ったときにだけ(有効無効の技術評価の手続を含め)権利行使機能を発揮する実用新案権を取得しておくか、は考え方次第で、コレ!という指針はありませんが、無審査となった後の出願件数を見ると、「実用新案」は…やはり宣伝効果と牽制効果を狙ったものしかないのか?…と思えていたので、解説本(工業所有権法逐条解説)にある実用新案制度のあらましで一般的に見落としされている点を特にクローズアップして説明してみました。

(H22.1作成: 特許商標部 竹内 幹晴)

→【1】種苗法に関連する裁判例について
→【2】論説:「平時」のマンション管理と「戦時」のマンション管理
→【3】論説:複数の請求項に係る訂正請求は請求項ごとに許否判断をすべきものとされた最高裁判例
→【4】論説:他人の氏名・名称を含む商標をめぐる裁判について
→【6】記事のコーナー :2009年中で、旅行・ドライブのNo.1をご紹介ください
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