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発行日 :平成22年 1月
発行NO:No24
発行 :溝上法律特許事務所
弁護士・弁理士 溝上哲也
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【2】論説〜「平時」のマンション管理と「戦時」のマンション管理〜
1. はじめに
マンション管理組合理事会の理事長に就任し去年1年間,得難い経験をした。
管理組合には,戸数によって,かなり大きな金額が管理費や駐車場料金等で集まり,その活動範囲についても,かなり広い。そのため,マンション管理において,単純なものから複雑なものまで,法律的知識が必要となる法律関係や法的紛争が生ずることも多い。
ここでは,管理会社にノウハウやスキルが通常伴うマンション管理を「平時のマンション管理」という。管理組合の理事は住民から選出されるが,「平時」のマンション管理の実務は,その専門化,職業化故に,マンション管理の専門会社たる管理会社があたるのが普通であり,管理会社は,「平時」のマンション管理のプロとして,基本素人集団である理事会を主導していくことになる。
しかし,この管理会社の専門性は,いわば「平時」におけるもので,緊急性が伴う場合,高度な法的知識が要求される場合,管理組合と管理会社とで利害関係が相反する場合の,いわば「戦時」におけるマンション管理においては,心許ない面もある。ここでは,このような,マンション管理の中で,管理会社にノウハウ等がなく若しくは不足がち,手薄となる側面を持ち,管理組合の理事らが率先して主体的に解決する必要があるマンション管理を「戦時のマンション管理」という。
法的紛争は,通常は,「戦時」のマンション管理の部類に属するものである。
ここでは,管理組合において生ずる法律関係や問題となる法的紛争を取り出し,「戦時」のマンション管理において,弁護士としてのスキルが役立つ場面,その役割を,まとめてみた。
2. 管理組合に関連する法律
2.1. 法的知識等が必要なマンション管理
「建物の区分所有等に関する法律」(「区分所有法」)が,マンションの基本法である。マンション管理の専門化・重要性を考慮して,「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」も制定されている。
「区分所有法」は,民法等の特則であり,それ故に,区分所有法は,法律の基本的知識等がないと理解が辛い法律の一つである。例えば,「先取特権」(区分所有法7条),「特定承継人」(区分所有法8条),「瑕疵」(区分所有法9条)等,いきなり説明もなく出てくるが,これらは,基本,民法の用語である。
「平時」では意識されない法律や規約が,「戦時」では最も頼りになる武器として注目されていくのである。
2.2. 契約書チェックの例
管理組合は,例えば,管理会社との委託関係だけではなく,第三者,他の業者,住民との間で契約書を作成する必要がある。契約書チェックは,一見日常的な「平時」のマンション管理に属するようにみえるが,契約の文言や解釈が,最も問題になるのは,揉めたときであり,本来的には,「戦時」のマンション管理に属する分類であろう。
実際に感じたことであるが,管理会社の法律解釈が全て正しいともいえないし,契約書チェックでさえ必要な法的知識に十分とはいえない場合もある。日常的にも,専門家のアドバイスを得られるような体勢を,管理組合自身が備えることが望ましいといえる。
3. 管理会社(管理委託会社)との法的紛争
3.1. 管理会社との基本的な関係と「戦時」の心構え
管理組合は,日常的なマンション管理を委託するために,「平時」のマンション管理のプロたる管理会社に,「業務委託管理契約」を締結している場合が多い。
この管理会社と管理組合との関係は,基本は,民法でいう「委任契約」である。あくまで管理組合の権限を,受任者たる管理会社が代わって行使しているに過ぎない。大雑把ではあるが,株式会社でいえば,管理組合「理事会」は取締役会,「集会」(区分所有法上の用語ではあるが,「総会」と言われる場合が多い)は株主総会,理事長は代表取締役にあたるといってよい。管理会社に「平時」のマンション管理を委託してはいるが,無論,その全責任は,理事会が負うのである。
通常では,より良いマンション生活を維持するために,管理組合と管理会社とが協力・友好関係にあるのが「平時」におけるマンション管理の望ましい形態である。
しかし,常に協力友好関係ではいられない事態も生ずる。緊張ある友好・協力関係ともいえるものであるが,万が一のときには,管理会社は,敵にもなり得るという心構え,備えを常に持つ必要がある。
3.2. 管理会社に委せきれない事情
管理会社は,マンション管理の「平時」のプロとして,基本素人集団である理事会を主導していくことになる。そのため,理事に就任しても,全てを管理会社に委せておけばよいと思うのも日常的には理解は可能だが,それでは済まない,素人であるというだけでは免れない重要な決断をしなければならない場合も,ないことはない。それが「戦時」のマンション管理の分類にあたるものである。
管理組合が活発で対管理会社との関係においても主導権を握る形が,結果的に,より良いマンション価値を維持することに役立つ側面もある。特に「戦時」におけるマンション管理においては,管理会社に委せきりでは解決がゆかず,結果的に,その責任が理事らに生ずる可能性もないこともない。
その意味では,「戦時」のマンション管理のために,管理会社とは独立した形で,相談等が可能な弁護士が必要な場合もあるのである。
3.3. 管理会社との間で勃発する「戦時」のマンション管理例
例えば,あまりに管理会社の管理運営が酷い場合には,管理会社の変更にまで踏み切る必要がある場合もある。
また,例えば,管理会社が雇った者に不法行為があり,それにより管理組合に損害が生じた場合,管理組合としては,管理会社に対して,使用者責任としての不法行為や管理委託契約の義務違反による債務不履行責任を問うことが可能である。管理委託契約の解除事由となることもある。
弁護士には,利益相反した事件を受任することは原則的にできないし,好ましくもない。前記の例については,管理会社の顧問弁護士に相談・事件の依頼はできないということになる。このような場合の問題解決にあたり,管理組合が独自に相談等できる弁護士が,管理会社の顧問弁護士しかいないというのでは心許ない。
3.4. 管理会社に委せきりにできない「戦時」のマンション管理への対処方法
現状の管理会社を切ることは,住民の日常生活に重要な影響を与えることは間違いがない。
そのため,理事会内部に入って初めて事情を知り管理会社を切ろうとする場合,このような管理組合を切るという重要事項については,理事会だけではできず,総会で議決を得るために,他の一般住民に,どのような形で説明するかを十分に考える必要がある。
また,今の管理会社に委せておけばよいではないかという思いがある他の一般住民に,どのような説明や方向付けをしながら総会で決議をとるべきかという総会自体の運営方法にも「平時」のマンション管理とは異なる配慮が必要となる。
更に,管理組合の情報が管理会社に筒抜けになる虞への対処や想定をしながら進めるべき配慮も必要となる。
勿論,管理会社を切るという管理会社に不利益な事項のことであるから,管理会社から積極的な協力は期待できない場面である。
これらには,管理会社に頼り切ることができない「戦時」のマンション管理としてのスキル・ノウハウ,言い換えれば,紛争解決を目指した戦略や戦術が必要となる。
4. 区分所有者との法的紛争
4.1. 具体例
区分所有者との法的紛争で代表的なのが,管理費滞納の事案である。
近年大型マンションが増加し,区分所有数もかなりの数となるマンションもあるが,確率論的にも滞納者が,「0」ということにはならず,いつかの時点で,滞納者が発生する可能性は多分にある。
管理費請求権の時効は,5年であるから,支払等もされず5年が経過すると,支払期限が早い順から,時効を言われる可能性がある。これまでに何らかの対処をしなければ,たまたま理事に就任した住民が,他の住民から非難を受ける可能性がある。
法的知識を前提として,何時までに何時の時点で,法的紛争解決に踏み切るかが,管理組合主体で考えられなければならない「戦時」のマンション管理としての発想が不可欠となる一例である。
4.2. 管理会社の限界
管理組合と管理会社で締結される「管理委託契約」には,管理会社に督促業務が課せられている場合は多いが,訴訟等の手段について義務化されているのは,少ない。
当たり前の話しではあるが,管理会社は,日常的な「平時」の管理のプロとはいえても,非日常な回収等の紛争解決に適した「戦時」の管理のプロではないから,管理会社を通じて訴訟をするとしても,せいぜい,その顧問弁護士を紹介する等の迂回的な対策しか講じることしかできない。
いつ裁判をするべきか,幾ら貯まったら裁判をするべきか等は,単純に,幾ら貯まったら訴訟といえない場合もあり,かなり弁護士に特有なスキルを伴う専門的分野である。
ちなみに,時効は,請求書を出し続けるだけでは止まらない。支払を受けるか,そうでなければ,裁判,調停,差押等の法的手続を経て初めて時効が止まる。
4.3. 弁護士と司法書士
余談であるが,管理費滞納については,管理費自体が,それほど多額ではないことが普通である。例えば,管理費が1万5000円/月ならば,5年滞納で,
1万5000円/月×5年×12か月=90万円
程度である。これで弁護士に依頼するべき事案か?という疑問もあろうが,控訴をされる虞もあり,やはり,弁護士に依頼するのが適当である。訴額(単純には請求金額と考えてよい)140万円以内であれば司法書士に依頼することも法的には可能であるが,控訴されれば,地方裁判所となるので,新たに別に弁護士を依頼する必要があり,結果的に当初から弁護士に依頼した方が経済的な面だけから考えても,得といえる。交渉や法的紛争のプロとしての側面は,一般的には,やはり弁護士に分があると言わざるを得ない。
弁護士費用については,1件一律○○円とか,報酬については取った額の○%とか予め決めることができれば,司法書士より弁護士の方が高いということも余りないと考えられる。
なお,マンションに入居する場合に予め事業主側や管理会社側が作成した「規約」には,弁護士費用を上乗せして滞納者に請求し得る規定が存在することが多い。反面,司法書士費用について上乗せが可能となる規定は,私は見たことがない。
5. 第三者に対する責任
5.1. 区分所有法9条と,その後の「戦時」のマンション管理
マンション内外において,他人たる第三者に損害を与えたときには,管理組合理事として管理組合の責任を全うすべき場合がある。
例えば,区分所有法9条には,次のように規定されている。
「(建物の設置又は保存の瑕疵に関する推定)
第9条 建物の設置又は保存に瑕疵があることにより他人に損害を生じた ときは、その瑕疵は、共用部分の設置又は保存にあるものと推定する。 」
この規定は,一見意味が捉えにくいが,典型例として,マンションの壁が落ちてきて,通行人に怪我をさせたという事例が考えられる。
本来,壁が落ちたというのは,現象に過ぎないから,壁剥落の原因としては色々考えられるのであるが,区分所有法では,「瑕疵」(欠陥と言い換えてよい)は,マンションの区分所有者全員で負担すべき共用部分の設置又は保存にあると推定される。まずは,第三者保護を優先させることにより損害の早期な補填を目指したのである。
第三者に対して管理組合が責任を果たした場合においても,マンションの施工を管理組合自身がしたのではないから,施工が問題であれば,管理組合は,当該施工業者に対し,支払った損害賠償の補填を求めることになる(法律用語でいえば,「求償」という)。
5.2. 主体的な管理組合の活動の必要性
この場合,当該瑕疵の起因を作った施工業者に協力を得られる見込みは少ない。どのように施工業者に対峙するかという「戦時」の管理の側面としての戦術・戦略面が必要となる。
これも,「平時」のプロである管理会社にとっては不得意とするところであり,施工業者と管理会社がグループ関係がある等極めて近い関係にある場合であれば,なおさら全て管理会社を信用することもできない。
言うまでもなく,「戦時」のマンション管理の側面が全面的に出てくる場面であり,主体的な管理組合の活動が必須となるのである。
6. 「集会」(総会)の運営
6.1. 「集会」(総会)の役割と,その運営
法律上「集会」と呼ばれる「総会」は,マンションにおける最高意思決定機関である。例えば,マンションの憲法ともいえる「規約」も,総会で4分の3以上の議決を経ることにより,改正等が可能である。 この場合も「戦時」のマンション管理からの発想が必要な場合がある。
6.2. 問題となる「戦時」の管理の具体例
通常は,管理会社の協力を得ることでスムーズな運営がなされることになるが,例えば,管理会社を切るという議案を提案する場合は,管理組合の理事らが,率先して主体的に動く必要がある。住民らには,今の管理会社の不備な点を具体的に示す必要があるし,今の管理会社に代わるべき別の管理会社を代替案として準備する必要もある。
また,例えば,長期修繕計画を実際に実行に移す場合,どのような案を理事会が示しても,全会一致ということはあり得ない。何らかの反対意見を乗り越えて,多数利益のために決議を強行する必要がある場合もある。
このような場合,株式会社における株主総会と同じく委任状争奪戦が必要なときもあるだろうし,総会や理事会の手続を,法律や規約に沿った誰にも文句が言われないようなものにしておかなければならない。
「平時」の管理としての総会運営,特に誰もが納得し得る議決の場合には,管理会社と友好的・協力的関係を保ちながらすることができ,そのスキルやノウハウは,管理会社にある場合も多い。しかし,管理会社と敵対する場合や,どうしても決議を強行して誰かしらの不満不平が必然的に生ずる場合の「戦時」のマンション管理の側面を扱う場合の総会運営は,やはり,管理会社に委せきりにすることはできない。
株主総会の総会運営が弁護士が活躍する場面というのは,よく知られていることであるが,マンション管理においても,近い将来,弁護士が必要となる場面は,多かれ少なかれ出てくるのではないかと予想する。
超高層マンションの長期修繕については,今余り実例がない。揉めることが必至にかかわらず,いつかの時点で強行しなければならない事態が強く予想される。このような場合に,管理会社に委せきりのまま,突然に理事に就任したときに,どのように対処するべきかは余り議論されていないと思う。
7. まとめ
管理組合の理事に就任した場合,それが持ち回りによりなされたとしても重大な責任が生ずる場合がある。管理会社に委せきりでは危うい場面も多い。
また,仮に理事に専門家がいても,自ら裁判をしたり,自ら長期修繕計画に基づく施工をすることは,好ましくない。「戦時」の管理の場面では,住民が一致団結してあたるということ自体ができない場合,むしろ,住民の少数意見を抑えながら,より多数の意思を反映させなければならない両得が許されない場面が存在する。このような場合に,例え好意からでも,将来敵対的となった住民と生活を共にしなければならなくなる不都合性を考えれば,誰か適したプロに頼む方がよい。
これは,法的紛争に関わらないことではあるが,「戦時」の管理をプロに委せることは,理事自身のリスク回避のためにも必要なことといえる。
(H22.1作成 :弁護士 岩原 義則)
→【1】種苗法に関連する裁判例について
→【3】論説:複数の請求項に係る訂正請求は請求項ごとに 許否判断をすべきものとされた
最高裁判例
→【4】論説:他人の氏名・名称を含む商標をめぐる裁判について
→【5】記事のコーナー :本当は使える「実用的」な実用新案
→【6】記事のコーナー :2009年中で、旅行・ドライブのNo.1をご紹介ください
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