発行日 :平成21年 7月
発行NO:No23
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【2】論説〜実用新案技術評価書と過失について(2)〜
6. 実際上の問題点と価値判断
  以上が法的問題点であるが,山田判決が適用された場合には,以下の実際上の不都合が生ずる。山田判決基準が,実用新案法自体の存続意義が問われる基準であることが明らかとなるはずである。
6.1. 技術評価書の請求から交付までの法的追及の不都合性
  山田判決によると侵害者に過失が認められるためには,技術評価書の「存在」が必須となるということになる。しかし,現実問題として,技術評価書は,請求からその交付までには6か月かかる現状がある(今西論文p1951左段落4段落1行目〜)。
  とすれば,実用新案権は登録により権利として認められながらも(実用新案法14条1項),技術評価書交付までの最低6か月間は権利行使もできず,侵害者に対する侵害を権利者が甘受しなければならないということになる。このこと自体,技術評価書の上記法的性質(権利行使に何ら影響を及ぼさない)と矛盾するばかりか,実用新案登録出願には極めて早期に実施される製品が多いこと,製品のライフサイクルが短期化していることから,実用新案権に無審査主義を採用した制度の根幹的趣旨とも矛盾するものである(今西論文p1951右段落(イ))。
  山田判決の論理をとれば,技術評価書が「存在」する前に売り切ってしまえば,後に侵害行為が明らかとなり,高い評価の技術評価書が提示されたとしても,何ら侵害行為による損害賠償を支払う必要はないということになるのである。

6.2. 時間軸の第一侵害行為者に対する法的責任追及の不都合性
  「今西論文」は,山田平成18年4月判決の論理が採用されれば,時間軸において侵害となるのは,常に技術評価書提示後の第二侵害行為者に対するものだけとなり,第一侵害行為者に対しては,法的責任を追及できないことを疑問としている(今西論文p1951左段落4段落目)。
  山田判決が述べるような技術評価書の存在を前提として過失の認定に,「技術評価書を知っている等特段の事情」を要するとするのは,第一侵害行為者を過大に保護するものであり,実用新案権者への法的救済への途を,事実上,閉ざすものとなるのである。

6.3. 「提示による警告」が求められる技術評価書
  「同じように規定との整合性と過失の捉え方とも関連して問題となる例は,技術評価書の「提示」である。実用新案法29条の2は,権利行使の際に技術評価書の提示と警告を要件としている。
  しかし,山田判決の論理によれば,心ない侵害者は,技術評価書の提示,警告を受領しなければよいということになる。技術評価書の存在を知ることを回避すれば過失の認定を免れるからである。そもそも侵害行為が権利者の目に触れやすくされるわけではなく,提示しようとしても警告をどこの誰にするか不明な場合も多々ある。技術評価書の請求をし権利の有効性に関して高い評価を得た後,所在等の調査により漸く侵害者にたどり着いても,技術評価書を知っていたという事情に陥らせることはできないということになるのである。「富岡論文」も,次のとおり述べて,技術評価書の提示を過失の認定の不可欠な内容とすることについての不当性を論じている。少し長いが趣旨は明確なので引用しておく。
「しかしながら,右のような事情をもって,技術評価書を提示した警告の存在を過失認定の不可欠の要件であると解するべき理由とはなりえないと考える。
  すなわち,新法においては,権利の無効が確定した場合の権利者の権利行使等による損害賠償責任について,技術評価書に基づき権利を行使し,又は警告したときは,その責任を免れるとし,しかも,その際に要求される技術評価書の評価内容までを特定して(29条の3第1項),技術評価書をその責任の認定判断の基準とすべきことを明記しながら,侵害者の過失については,敢えてそのような規定を設けておらず,単に前記のように,権利者は,『実用新案技術評価書を提示した後でなければ,・・・その権利を行使することができない』と定めているに過ぎない。
  また,新法が実用新案技術評価書という新制度を採用した目的は,権利者及び実施を開始しようとする業者の調査の便宜を図りながら,特に新制度のもとで予想される権利者の濫用的な権利行使の抑制を期待することにある(審議会答申32頁)のであって,技術評価書を伴う警告の到達以前の侵害行為を故意による場合も含めて免責することにより,権利者以外の業者の利益を保護しようという趣旨を含むものとは考えられない。

  このような新法の規定及び立法趣旨からすると,技術評価書を提示した警告等の権利行使が,侵害者の過失認定の必須の要件であると解することはできず,侵害者の過失の要件については,一般的な不法行為と同様としたものと解釈するのが相当である。
  実際にも,技術評価書は,前記のような目的で短期間内にひとりの審査官によって作成されたものであり,これに侵害者の過失の要件というような重大な役割まで期待することになると,勢い,同評価書の調査の綿密性,審査官の判断結果の妥当性が厳しく要求されることとなり,迅速さが要求される技術評価書の作成を遅延させてしまい,結局,新法下においても,実質的に権利行使が可能となるまでの期間が,権利の登録に実体審査を要していた旧法当時と大差がなくなるという不都合な結果が生ずる可能性が高い。
  また,技術評価書の提示を過失の要件と考えると,権利者が侵害の事実に気づくのが遅れ,技術評価書も提示しながら警告を発した時期が,侵害の開始よりもかなり遅い時期であった場合や,侵害者が,警告までの間に,ライフサイクルの極めて短い実用新案権を実施した製品を一斉かつ多量に製造販売したことによりすでに相当の利益を得てしまっている場合にも,侵害開始から警告までの損害の賠償を請求できないことになる。このような結果は,他人の権利の実施品を見て,権利の有効性に疑いがないこと,権利侵害に該当することを認識しながら,権利者から警告がなされるまでの間に,これを模倣した製品をできる限り多く売り続けようとする行為を推奨することになりかねないものであり,従来,一般的には民法709条による不法行為とは別に法が特別に認めた権利であると考えられていた出願公開後の補償金請求権ですら,警告以前に侵害者が悪意であった場合には,悪意となった時期から補償金請求権が発生するとされていたこと(旧法13条の3)と対比して考えても,不合理である。  したがって,権利の有効性について肯定的な評価を記載した技術評価書を提示した警告があったことは,過失を認定するにあたって,極めて重要な間接事実となるものであるが,これを過失認定の要件とまで解することは相当ではない。】(「富岡論文」524〜526p)
  また,「今西論文」は,次のように山田判決の論理を導くための理由となっている無審査登録制度の採用からの予見義務の否定に対しても言及している。無審査登録制度を採用したからといって過失の根本たる予見義務を排するものではないのである。
「現行制度においては,無審査によって実用新案権が成立しているため,後に無効となる蓋然性が低いという前提が脆弱であると指摘されるところである。
  しかし,この前提が脆弱であることそれ自体を以て,侵害者には実用新案権の予見義務から免れるとするとの考えには賛成できない。なぜならば,無審査で成立するといえども,無効審決が確定するまでは,実用新案権は有効な権利であるからである。」(今西論文p1954左段4段落目〜)。

  山田判決は,平成5年改正における政府答弁説(上記@説)に完全に載ったものであることは明らかであるが,平成5年というインターネットがこれほどまでに発達するとは誰もが予想できなかった時代において唱えられた政府答弁を金科玉条とするのは,もはや時代にそぐわないことは明らかである。

7. 技術評価書提示前の「過失」の内容について(具体的基準)

  以上の権利行使の際の技術評価書提示の位置付けを考えたとき,過失の認定には「技術評価書の内容を知っている」(山田判決)までは必要はないことは明らかであり,その過失の内容としては,「権利の存在について認識・予見すべき義務があるのに,これを怠った」ことで足り,具体的な主張立証の基準としては,次のような基準とするのが妥当であり,十分である。なお,この過失の基準については,「富岡論文」527p〜に全面的に依っている。
    @侵害行為当時,権利が存在し,登録されていたことを少なくとも主張・立証する必要がある。
    A侵害行為時に,侵害者が権利の存在を認識・予見でき,かつこれをすべきであったことについての主張・立証が必要である。
    B技術評価書提示「前」の場合には,まず,侵害者が,実施しようとする新技術との関係で当該実用新案権の内容を具体的に認識していたか,そうすべきであったという特別の事情の存在を立証する必要がある。
  このBの理由については,富岡論文が次のとおり示唆しており,極めて妥当である。
「なぜなら,新実用新案制度において,新技術を実施しようとする業者に対して,不安定な権利を含む多数のすべての登録された実用新案権の内容を調査する義務を課することは過大な負担を負わせることとなるために,過失の推定規定を削除したという前記の立法趣旨に鑑みると,侵害者が,多数の権利中から,当該実用新案権を特に取り上げ,実施しようとする新技術との関係で検討することが,業者として当然に期待されるという状況がなければ」(「富岡論文」528p),侵害者に,上記過失の内容である「権利の存在について認識・予見すべき義務」を課することは妥当ではないともいえるからである。
 更に,上記Bに関して,実用新案権実施品の模倣品を製造等した場合には,模倣者に対して,自ら独自に発案した等の特段の立証がない限り過失を認めるべきである。模倣の事情があれば,過失を認めるべきは当然である。このような者まで保護すべきとは技術評価書制度導入後においても全く想定されていないのである。  富岡論文も次のように言い,模倣者に対する保護の不必要性を論じている。
「このような状況としては,例えば,−中略−権利者の新規な製品をそっくりそのまま模倣して製造,販売しようとする場合等が考えられる。」(「富岡論文」528p)。
  技術評価書は,あくまで正当な権利行使をする者の保護,無審査登録制度となった故の行為者の保護であり,技術評価書の提示を受けていない模倣者や心ない侵害者が賠償を免れるために利用する手段として活用されるのは,やはり,実用新案制度の根幹に反すると言わざるを得ない。

8. 不当利得返還構成と実用新案法29条の2
8.1. 未だ議論がない不当利得
  山田平成18年4月判決では不当利得の主張はされることなく判決が確定し,山田平成19年11月判決では控訴審において主張されたが,判断されることなく和解で終了している。不当利得に関して実用新案法29条の2が適用されるか否か,実用新案法29条の2に関して技術的評価書「前」において不当利得返還請求が認められるかという点を論じた文献や裁判例は見あたらなかった。
  論理的には,「過失」を要件としない不当利得では,過失を論じる実用新案法29条の2の規定は関係がないと考えるのが文言上も普通であろう。登録により権利として認められる実用新案権(実用新案法14条1項)において,例え無審査登録制度を採用したからといって不当利得返還請求が認められないわけがない。仮に,山田判決の基準が是認されるとしても,不当利得返還請求さえも認めないとするのであれば,実用新案自体が利用されなくなる重大な事態が生ずることになる。不法行為によっても不当利得によっても権利の救済が得られない実用新案権を誰が利用することになるのか,その判断は,実用新案制度の存続自体に関わることになることは間違いがない。  仮に山田判決における基準が是認されるとしても不当利得を排除する論理的関係は一切なく,また,それを認めることこそが実用新案法の制度自体を救うことになるはずである。

8.2. 実用新案権侵害による不当利得返還請求の要件不変
まず,実用新案権侵害による不当利得返還請求は,特許権侵害と同じ要件で,また,平成5年の改正前後を問わず同じ要件で認められることは明らかである。平成16年1月30日に発行された半田正夫・牧野利秋・盛岡一夫・角田政芳・三浦正広編「知的財産権事典」[吉田和彦]の「不当利得返還請求権」の項目(p215〜)には,特許法と実用新案権を特段に別個に分けて不当利得返還請求を論じておらず,また,平成5年の改正について言及することなく,
「特許権侵害による不当利得返還請求も,実務上多々見ることになる。例えば,東京高判平成3・8・29知的裁集23・2・618は,実用新案権侵害について,不法行為による損害賠償請求権の時効消滅した分については不当利得請求,それ以降の分については不法行為による損害賠償請求を認めている。」(同p216)。
と実用新案権の事案の判例を引用して記載している。仮に,平成5年改正新設の実用新案法29条の2の規定により実用新案侵害による不当利得が認められないとするのであれば,明らかに特許権侵害による不当利得返還請求における要件と異なることになるし,また,改正前後において実用新案権侵害による不当利得返還請求権の要件とも異なることになる。しかし,平成16年1月に発行された同文献は,改正前の平成3年の実用新案権侵害に関する判例を引用して特許権による不当利得返還請求権を論じており,特許権侵害における不当利得返還請求と同じ要件で,また,平成5年の改正前後を問わず同じ要件で実用新案権侵害における不当利得返還請求が認められることを示しているのである。
  この同文献の記載からも,実用新案法29条の2の新設後においても,実用新案権侵害による不当利得返還請求には,何ら要件の変更はないことが分かるのである。  

8.3. 実用新案権侵害による不当利得返還請求の要件
8.3.1. 実用新案法29条の2に影響されない不当利得の要件
  実用新案権侵害による不当利得返還請求において,何ら実用新案法29条の2の規定は何ら影響せず,専ら民法の規定によって処理されるべきである。
  吉藤幸朔著熊谷健一補訂,1998「特許法概説(第13版)」p473は,
「特許法は,これに関し,特別の規定を設けていないので,特許権侵害に関する不当利得返還請求の問題は,専ら民法の規定によって処理される」
としており,これは,実用新案法でも,同様である。また,上記「知的財産権事典」が
「特許権侵害があった場合,特許法には金銭的請求の直接の根拠となる条文は存在せず,損害賠償については,民法709条が根拠条文となると考えられている。同様に,民法703条又は704条に基づく不当利得返還請求もなしうることは,判例通説の認めるところである。」(同p215)
としているのも同趣旨である。
  民法が適用される以上,改正の前後を問わず,特許法と同じと考えられるのである。

8.3.2. 前記「知的財産権事典」における要件論の説明
  前記「知的財産権事典」は,より要件論を詳しく論じているので,これに即して今一度説明しておく(同p216〜)。実用新案法29条の2は,権利行使の「形式的要件」に過ぎず,過失等の主観的要件が要件とならない不当利得においては,実用新案法29条の2の規定にかかわらず,そして同規定に何ら影響されることなく実用新案権侵害による不当利得返還請求が認められるのである。
「民法703条に基づく不当利得返還請求の要件は,@法律上の原因なく,A他人の財産又は労務によって,B利益を受け,Cこのため,他人に損失を及ぼしたことである。これを特許権に引き直し,整理すると,(1)特許権侵害を構成する事実(特許発明を実施すること,正当な権原があることは抗弁になるものと解される。),(2)侵害者が特許権侵害から利益を受けていること及びその額,(3)特許権者側(特許権者,専用実施権者は当然含まれる。独占的通常実施権者もこれに含まれることになろう。)が特許権侵害から損失を受けていること及びその額,(4)利益と損失との間に因果関係があること,になろう。」(同p215)
 問題となりそうな因果関係(上記(4))についても,前記「知的財産権事典」は,次のように明確に述べている。
「実施料相当額であれば,侵害者は本来支払うべき実施料の支払いを免れた分の利得を受け,他方,特許権者側は当然受領できるはずの実施料の支払いを得られなかったのであるから,両者の間の因果関係の存在は明瞭である。」(同p211)

  つまり,逸失利益について実施料相当額を不当利得返還として請求する場合においては,因果関係が問題となる余地は私には考えられないのである。
  実用新案法29条の2の規定は,そもそも権利行使の「形式的要件」であることは明らかである(東京高裁平成12年5月17日判決・特企2000.7.50,判例工業所有権法[第二期版]22.4932参照)が,山田判決が,それに実質的意味を持たせ,過失の内容を定めたことに,そもそもの間違いがある。

  しかし,不当利得返還請求権においては,過失等の主観的要件はそもそも問題とならない。不当利得返還請求権においては,より一層,実用新案法29条の2規定は何ら影響しない。仮に影響するというのであれば,上記東京高裁平成12年判決を完全に変更することになるはずである。元々の問題は,有効な実用新案権が存在し,しかも極めて良成績が出ている技術評価書が提示されたにも関わらず,技術評価書提示「前」の請求は認められないとして侵害者を過大に救済する意味がどこにあるかという問題である。そして,元々,技術評価書制度は,事前に無効の権利行使から守る趣旨であるが,有効な実用新案,良成績の技術評価書,その提示がされた後の清算の問題まで不問とするものではない。不当利得返還請求は,公平の制度から認められるものであるから,利得者が,不測の利得の吐き出しをすることも当然に予想されており,知らなかったが故に清算が不問となる制度ではないのである。
  よって,技術評価書提示「前」において実用新案権侵害による不当利得返還請求が認められることも,また明らかである。

以 上


(H21.7作成 :弁護士 岩原 義則) 


→【1】挨 拶
→【2】論説:実用新案技術評価書と過失について(1)
→【3】論説:特許を受ける権利の帰属確認訴訟において、被告から同権利の持分譲渡を受けた者の被告側への共同訴訟参加ができるとした上で、譲渡証書成立の真正を認めなかった事例
→【4】論説:無効な登録商標の使用と権利濫用法理(モズライト商標をめぐる2つの裁判)
→【5】記事のコーナー :夢の宝くじがあたったら
→【6】記事のコーナー :挑戦してみたいスポーツについて
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