「しかしながら,右のような事情をもって,技術評価書を提示した警告の存在を過失認定の不可欠の要件であると解するべき理由とはなりえないと考える。 すなわち,新法においては,権利の無効が確定した場合の権利者の権利行使等による損害賠償責任について,技術評価書に基づき権利を行使し,又は警告したときは,その責任を免れるとし,しかも,その際に要求される技術評価書の評価内容までを特定して(29条の3第1項),技術評価書をその責任の認定判断の基準とすべきことを明記しながら,侵害者の過失については,敢えてそのような規定を設けておらず,単に前記のように,権利者は,『実用新案技術評価書を提示した後でなければ,・・・その権利を行使することができない』と定めているに過ぎない。 また,新法が実用新案技術評価書という新制度を採用した目的は,権利者及び実施を開始しようとする業者の調査の便宜を図りながら,特に新制度のもとで予想される権利者の濫用的な権利行使の抑制を期待することにある(審議会答申32頁)のであって,技術評価書を伴う警告の到達以前の侵害行為を故意による場合も含めて免責することにより,権利者以外の業者の利益を保護しようという趣旨を含むものとは考えられない。 このような新法の規定及び立法趣旨からすると,技術評価書を提示した警告等の権利行使が,侵害者の過失認定の必須の要件であると解することはできず,侵害者の過失の要件については,一般的な不法行為と同様としたものと解釈するのが相当である。 実際にも,技術評価書は,前記のような目的で短期間内にひとりの審査官によって作成されたものであり,これに侵害者の過失の要件というような重大な役割まで期待することになると,勢い,同評価書の調査の綿密性,審査官の判断結果の妥当性が厳しく要求されることとなり,迅速さが要求される技術評価書の作成を遅延させてしまい,結局,新法下においても,実質的に権利行使が可能となるまでの期間が,権利の登録に実体審査を要していた旧法当時と大差がなくなるという不都合な結果が生ずる可能性が高い。 また,技術評価書の提示を過失の要件と考えると,権利者が侵害の事実に気づくのが遅れ,技術評価書も提示しながら警告を発した時期が,侵害の開始よりもかなり遅い時期であった場合や,侵害者が,警告までの間に,ライフサイクルの極めて短い実用新案権を実施した製品を一斉かつ多量に製造販売したことによりすでに相当の利益を得てしまっている場合にも,侵害開始から警告までの損害の賠償を請求できないことになる。このような結果は,他人の権利の実施品を見て,権利の有効性に疑いがないこと,権利侵害に該当することを認識しながら,権利者から警告がなされるまでの間に,これを模倣した製品をできる限り多く売り続けようとする行為を推奨することになりかねないものであり,従来,一般的には民法709条による不法行為とは別に法が特別に認めた権利であると考えられていた出願公開後の補償金請求権ですら,警告以前に侵害者が悪意であった場合には,悪意となった時期から補償金請求権が発生するとされていたこと(旧法13条の3)と対比して考えても,不合理である。 したがって,権利の有効性について肯定的な評価を記載した技術評価書を提示した警告があったことは,過失を認定するにあたって,極めて重要な間接事実となるものであるが,これを過失認定の要件とまで解することは相当ではない。】(「富岡論文」524〜526p)
「現行制度においては,無審査によって実用新案権が成立しているため,後に無効となる蓋然性が低いという前提が脆弱であると指摘されるところである。 しかし,この前提が脆弱であることそれ自体を以て,侵害者には実用新案権の予見義務から免れるとするとの考えには賛成できない。なぜならば,無審査で成立するといえども,無効審決が確定するまでは,実用新案権は有効な権利であるからである。」(今西論文p1954左段4段落目〜)。
「なぜなら,新実用新案制度において,新技術を実施しようとする業者に対して,不安定な権利を含む多数のすべての登録された実用新案権の内容を調査する義務を課することは過大な負担を負わせることとなるために,過失の推定規定を削除したという前記の立法趣旨に鑑みると,侵害者が,多数の権利中から,当該実用新案権を特に取り上げ,実施しようとする新技術との関係で検討することが,業者として当然に期待されるという状況がなければ」(「富岡論文」528p),侵害者に,上記過失の内容である「権利の存在について認識・予見すべき義務」を課することは妥当ではないともいえるからである。
「このような状況としては,例えば,−中略−権利者の新規な製品をそっくりそのまま模倣して製造,販売しようとする場合等が考えられる。」(「富岡論文」528p)。
「特許権侵害による不当利得返還請求も,実務上多々見ることになる。例えば,東京高判平成3・8・29知的裁集23・2・618は,実用新案権侵害について,不法行為による損害賠償請求権の時効消滅した分については不当利得請求,それ以降の分については不法行為による損害賠償請求を認めている。」(同p216)。
「特許法は,これに関し,特別の規定を設けていないので,特許権侵害に関する不当利得返還請求の問題は,専ら民法の規定によって処理される」
「特許権侵害があった場合,特許法には金銭的請求の直接の根拠となる条文は存在せず,損害賠償については,民法709条が根拠条文となると考えられている。同様に,民法703条又は704条に基づく不当利得返還請求もなしうることは,判例通説の認めるところである。」(同p215)
「民法703条に基づく不当利得返還請求の要件は,@法律上の原因なく,A他人の財産又は労務によって,B利益を受け,Cこのため,他人に損失を及ぼしたことである。これを特許権に引き直し,整理すると,(1)特許権侵害を構成する事実(特許発明を実施すること,正当な権原があることは抗弁になるものと解される。),(2)侵害者が特許権侵害から利益を受けていること及びその額,(3)特許権者側(特許権者,専用実施権者は当然含まれる。独占的通常実施権者もこれに含まれることになろう。)が特許権侵害から損失を受けていること及びその額,(4)利益と損失との間に因果関係があること,になろう。」(同p215)
「実施料相当額であれば,侵害者は本来支払うべき実施料の支払いを免れた分の利得を受け,他方,特許権者側は当然受領できるはずの実施料の支払いを得られなかったのであるから,両者の間の因果関係の存在は明瞭である。」(同p211)