発行日 :平成21年 7月
発行NO:No23
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【2】論説〜実用新案技術評価書と過失について(1)〜
1. はじめに
  本稿は,平成5年改正で新設された実用新案法29条の2の規定の解釈を問うものである。
    実用新案法29条の2(実用新案技術評価書の提示)は,  
実用新案権者又は専用実施権者は,その登録実用新案に係る実用新案技術評価書を提示して警告をした後でなければ,自己の実用新案権又は専用実施権の侵害者等に対し,その権利を行使することができない。
と規定している。本稿は,当該規定が,実用新案権侵害による不法行為請求,ひいては実用新案権侵害による不当利得返還請求に対し,どのような影響を与えるかを考察したものである。まずは,不法行為によるものを最初に論じ,全体としての技術評価書提示前の侵害行為に対する金銭請求を論じるものである。

2. 過失の認定に関して対立する二説
  実用新案法29条の2が新設されたことにより,実用新案権侵害による不法行為請求をする場合には,技術評価書を入手し,侵害者に対し提示することが権利行使の用件となった。そのため,そもそも技術評価書を伴わない権利行使が認められないことには争いがない。また,新規性・進歩性が否定されない技術評価書(なお,本稿では,この新規性・進歩性が否定されない,いわば「優良技術評価書」が特許庁により提示されていることが大前提の議論となっていることは言うまでもない。以下では特に断りがない場合は,この「優良技術評価書」を前提とする)の提示「後」の侵害行為に対して過失が容易に認められることについては,余り争いもない。問題は,技術評価書提示「前」の侵害行為について,不法行為による損害賠償請求が認められるか否かである。この点における過失の認定をどのように厳しくみるかという点について,大きく分けて2説が唱えられている。

  @過失絶望説
  まず,@説は,技術評価書提示前の行為については過失を極めて厳しく認定することにより技術評価書提示前の侵害行為に対する損害賠償請求を事実上否定する説である。本稿では,「過失絶望説」と名付けた。第126回国会衆議院商工委員会において柿崎政府委員は「警告をする際には評価書の提示を義務づけるということによって,権利行使に先立って自分の権利の有効性について客観的な評価を権利者自身が十分に認識してもらうということで権利の乱用を防止するということとともに,権利行使を受けた第三者の過度な調査負担を防いで適切な権利行使を担保するという趣旨でございます。したがいまして,仮に評価書を提示しないで警告を……行ったといたしましても,それ自身は法的には意味のある警告ということにはならないというふうに考えております。したがいまして,事実上の,評価書を提示しない警告をもとに,その後の行為について例えば損害賠償請求をいたしたといたしましても,相手方に過失があるということにはならないものと考えております。」(平成5年4月6日の議事録。特許ニュース平成5年7月30日号)と答弁した「政府答弁」が,この典型例である(以下「政府答弁説」という)。「政府答弁説」は,技術評価書を相手方に提示して初めて相手方が過失に陥るという説であるので,技術評価書提示前についての侵害行為の損害賠償請求を完全に否定する趣旨を帯びる。また,後記に詳しく述べる「山田判決」基準も結論的には,技術評価書を相手方に提示する「前」について極めて厳しく過失を判定する基準であり,この@説と同じといえる。

  A過失希望説
  これに対して,権利の存在及び内容について認識可能であり,認識すべき義務があることが主張立証されれば,権利の有効性について認識可能であり,認識すべき義務があったことについては事実上の推定が働き,侵害者において,権利の無効事由が存在すると信じるについて合理的な理由を主張し反証しなければ過失は否定されないとする説(斉藤博=牧野利秋編『裁判実務大系(27)知的財産関係訴訟法』530頁〔富岡英次〕)(以下「富岡論文」という)がある。これは,認識可能・認識義務を前提に,一律に,技術評価書を相手方に提示して初めて相手方が過失に陥るとするものではない説である。本稿では,不当な侵害者について過失を認めることにより権利の救済を図るという意味で,「過失希望説」と名付けた。

  本稿は,昭和34年特許法・実用新案法改正前から,判例学説において立証責任が侵害者に事実上転換されていた事情,昭和34年改正により,特許法の過失の推定を準用した実用新案法旧30条が規定されたこと,平成5年改正により,実用新案が実体的審査なしで登録ができるように改正され,それにより,特許法の過失の推定の規定の準用を削除した実用新案法の改正の流れをも踏まえて,詳細に論じた「富岡論文」,これに沿った基準もまた,妥当とするものである。
  具体的な基準としては,「富岡論文」が提示しており,
「実用新案技術評価書提示前に,実用新案権の存在を知り,または知りうべきでありながら,それに対する何等の調査・検討をすることなく模倣品たる侵害品を販売等した場合で,かつ技術評価書で高い評価を得ている実用新案権が対象となっている場合」
には,侵害に対して過失を認め,少なくとも希望が持てるような基準を打ち立て損害賠償請求を認めるべきである。

3. 参照される裁判例
3.1. 山田判決
 参照されるべき裁判例は,極めて少なく,現在のところ同じ裁判長が出した2件しか確認できない。すなわち,  
大阪地裁平成18年4月27日判決(以下「山田平成18年4月判決」という)   (同年15年(ワ)第13028号,判時1953号157頁) 大阪地裁平成19年11月19日判決(以下「山田平成19年11月判決」という)   (平成18年(ワ)第6536号,同第12229号,知的財産判決速報392巻)
である。これらの裁判例は,同じ裁判長の下で出されており,その論理・表現も共に同一である(以下では,裁判長の御名前を冠し,これを総称して「山田判決」という)。なお,山田平成18年4月判決は,一審で確定しており,山田平成19年11月判決は,知財高裁に控訴されたが,控訴審で和解で終了しており,知財高裁や最高裁が,この点を論じた判例は見当たらなかった。

3.2. 山田判決の判示
   山田判決は,実用新案技術評価書提示前の過失について,    
「相手方が当該実用新案権の存在を知らない場合はもとより,たとえ相手方が当該実用新案権の存在を知っていたとしても,そのことから直ちに,その後の侵害行為について相手方に過失があるということになるものではなく,既に特許庁が作成した技術評価書の内容を知っている等の特段の事情がない限り,相手方において,当該実用新案権の侵害について過失があるということはできないものと解すべきである。」
とする。 
  技術評価書は,「何人」でも特許庁に作成を申請できるが,特に悪意のある侵害者が,わざわざ技術評価書を入手するわけがないから,技術評価書提示前の過失については,その認定が絶望視される@説に属するものである。

3.3. 山田判決に対する評価
   山田判決は,過失の認定を極めて厳格に認定することにより,技術評価書提示前の侵害行為による過失を否定することで,事実上前記「政府答弁説」と同じく損害賠償請求を否定するものとの評価が可能である。  以下では,まず「富岡論文」を中心に,この山田判決の判示の不当性を論じ,実用新案法29条の法的位置付け,@説の不都合性を示すことで,A説が妥当することを明らかにする。

4. 山田判決の問題点
4.1. 山田判決基準「前半」部分と「後半」部分との違い
  山田判決の基準定立の根拠として,山田判決は,実用新案法29条の2と,その一般的な趣旨を記載し導き出した「相手方が当該実用新案権の存在を知らない場合はもとより,たとえ相手方が当該実用新案権の存在を知っていたとしても,そのことから直ちに,その後の侵害行為について相手方に過失があるということになるものではなく」とする「前半」部分までの基準については,一般的な趣旨から導き出されるものとして,まだ理解は可能である。この前半部分の基準は,必ずしも技術評価書提示前の侵害行為を一律に否定するものではないという意味においては,前記「政府答弁説」とは異なるものとはいえる。
  しかし,この後に山田判決が導き出している次の「後半」部分の基準は,不当に実用新案権の効力を弱めるもので,実用新案法29条の2の文言と,その一般的な趣旨から到底導くこともできず,実用新案権の制度自体を否定することとなる厳しい基準として到底是認できない。山田判決基準は,事実上「政府答弁説」と同じ結論に至り過失の認定が絶望視される基準なのである。  
「既に特許庁が作成した技術評価書の内容を知っている等の特段の事情がない限り,相手方において,当該実用新案権の侵害について過失があるということはできない」

  以下では,この「後半」部分についての基準の問題点を論じていくことにする。

4.2. 権利者(請求者)に不当に加重に負担した立証責任
  まず,山田判決基準によれば,「既に特許庁が作成した技術評価書の内容を知っている」「等」と「特段の事情がない」「過失があるということはできない」という二重の否定をし,間接反証的な用語である「特段の事情がない」を用いて,権利者(請求者)において不存在事情の立証責任を負担させている。これにより,事実上,権利者の過失の立証を極めて困難となっている基準の構造自体が問題である。
  平成5年改正実用新案法は,過失の推定を定めた特許法103条の推定規定を準用していないため,実用新案権者は,一般原則通り,民法709条に基づき,侵害者の故意又は過失を立証する必要が生ずることになったが,山田判決基準では、民法709条にない要件の立証が必要であり、実用新案であるが故に,一般の不法行為の立証責任よりも立証が困難となる基準は,明らかに不当である。

4.3. 「技術評価書の内容を知っている」「等」の不当性
  そもそも,技術評価書の内容は,下記に記載した東京高裁判例が述べるとおり,特許庁たる「行政上の処分」に該当することもなく,権利の消長には何ら影響を及ぼさないものである。そして,実用新案権は無審査で権利化されるとはいっても,考案が技術評価書で高い評価を得ているということ自体は,技術評価書の提示前,提示後には変わるものではない。既に登録時からあった高い評価がされた考案は,技術評価書によって特許庁が後追いで認めたというに過ぎないのである。
  そうであれば,権利者が,結果的に低い評価による実用新案権により請求した場合に,権利者側において無過失を立証しなければ損害賠償が認められるものと同じく(実用新案法29条の3),実用新案技術評価書提示「前」に,実用新案権の存在を知り,または知りうべきでありながら,それに対する何等の調査・検討をすることなく例えば模倣品たる侵害品を販売等した場合で,かつ技術評価書で高い評価を得ている実用新案権が対象となっている場合には,侵害に対して過失を認め損害賠償請求を認めることが,公平であり,妥当である。

  山田判決の基準は,「技術評価書の内容を知っている」として,現実的には,侵害者に対して技術評価書を権利者側から提示をしなければ,損害賠償請求が認められないことになるが,このような判断は,権利として認められた「実用新案権」の制度自体を無意味にするものである。なお,山田判決では,基準本体自体が「技術評価書の内容を知っている」と厳しい内容になっているため,「等」という他の事情もそれと同程度の厳しい内容を含むと解釈されることになるはずであり,やはり,基準としては不当なものである。

4.4. 山田平成19年11月判決の具体的な過失の認定について
  山田平成19年11月判決の具体的な過失認定も不当である。基準自体の不都合性から来るものであるが,如何に基準が不当かを具体的に明らかにすることができると考えられるので,ここで記載しておく。
  山田平成19年11月判決は,次のように具体的な過失の認定をしていく。
【〔1〕原告会社は平成15年4月2日には本件考案の実施品の販売をしていたこと   (甲30), 〔2〕本件実用新案権は平成15年7月16日に登録され,その登録実用新案公報は   平成16年1月8日に発行されたこと(甲1), 〔3〕業界紙である「ペット産業情報新聞 ペット&Life」第57号(平成16年4月号)では,原告会社の実施品が「切れ味で売れる」「本格工具の技術と材質」の見出しの下で紹介され,その記事中には「実用新案登録製品」と記載されていたこと(甲32), 〔4〕ペット専門通信販売総合カタログである「通販クラブ2004 春・ 夏号」にも原告会社の実施品が掲載されたこと(甲33)が認められる。】
  そして,以下の事情を認定しながら,
【原告会社の実施品がどの実用新案権に係るものであるのかは記載されておらず,その技術的評価書の内容についてはなおさらである。そうすると,原告廣田が初めて被告に対して本件実用新案権の技術評価書を提示して本件警告をした平成18年2月8日以前の時点で,前記特段の事情があるとは認められず,したがって,被告の同日以前のイ号物件の輸入販売行為に過失があったとは認められない。】
とした。
  しかし,遅くとも[3]の段階で,被告として,対象の実用新案権を探索し,公報により,その内容を理解し,技術評価書の請求も可能となるのであるから,この時点で過失を認めるべきである(後記Aの基準)。山田判決は,「どの実用新案権に係るものであるのかは記載されていない」とするが,原告商品と実用新案権との関係が記載されているのであり,その探索は,十分に可能なのである。
  また,山田平成19年11月判決は,重要な事実を認定していない。それは,被告製品が原告製品の模倣であるとする原告の主張である。平成19年11月判決は,最終的に和解で終了しているから,この点が判決という形で認定されることはなかったが,模倣とされるのであれば,技術評価書提示以前の損害を模倣者が免れる理由は何らない。山田判決の具体的基準が実態に沿わないことは,このことからも明らかである。

5. @説,特に山田判決に対する法的問題点

5.1. 「今西論文」の示唆
  山田判決は,平成5年の政府答弁を鵜呑みにした説とも評価できるものである。
  山田平成18年4月判決に対する判例評論として同じくA説を採用する「実用新案権侵害につき技術評価書警告前には過失が存在しないとされた事例」(知財管理vol .5712 2007〔今西頼太〕)(以下「今西論文」という)が厳しく批判しているので,この示唆を取り入れながら,法的問題点を明らかにしておく。
  技術評価書の提示前後で効力に関して完全な差異を設け,提示前に殆どの不法行為性を認めないとする論理を採用する@説は,財産権(憲法29条)たる知的財産の一角として認められた実用新案権の効力(実用新案法16条)の実質的な完全な否定であり,実用新案法の実用性を完全に無くする実用新案制度のいわば自殺である。政府答弁に関わらず,上記A説を採るべきは必然である。

5.2. 技術的評価書の法的性質との矛盾
  権利行使の際の技術評価書提示に関する実用新案法29条の2の位置付けと法的性格については,権利行使の際の「形式的要件」に過ぎないとされている。この点自体については異論のないところと思われるが,山田判決の基準は,技術評価書提示前において,技術評価書提示と,「その内容を知っていること」を過失の要件としており,結果的に,「形式的要件」に過ぎない技術評価書提示をそれ以上の位置付けをして過大に重視したものとなっているのであり,山田判決の技術評価書の位置付けは,従来の一般的な立場と完全に異なると言わざるを得ない。

  技術評価書提示は,権利行使の際の「形式的要件」に過ぎない。

  しかし,山田判決の基準は,技術評価書提示前において,技術評価書提示と,「その内容を知っていること」を過失の要件としており,結果的に,「形式的要件」に過ぎない技術評価書提示をそれ以上の位置付けをして過大に重視したものとなっているのであり,原判決の技術評価書の位置付けは,従来の一般的な立場と異なるところに立っていると言わざるを得ない。
  つまり,まず平成5年改正実用新案法において権利行使の際に技術評価書提示が必要とされたのは,
「実用新案権が実体的要件についての審査を経ずに付与される権利とされたことから,権利の濫用を防止するとともに第三者に不測の不利益を与えることを回避するため,権利者は,権利の有効性に関する客観的な判断材料である実用新案技術評価書(12条)を提示した後でなければ権利行使を認めないことを規定したものである。これによって,権利者による権利行使が適切かつ慎重なものとなるため,瑕疵ある権利の濫用を防止することが可能となる。」
からである(工業所有権法逐条解説[第15版]676〜678p)。そして,この「瑕疵ある権利の濫用」防止措置は,無効な実用新案権に基づき権利者が請求した場合に,権利者側に無過失の立証責任転換を図り,実用新案権者の責任を認めた(実用新案法29条の3)規定により担保もされている。
  つまり,実用新案権は,無審査登録されることになったため,有効な権利と無効な権利とが混在している状況になっているのではあるが,技術評価書の存在意義は,無効な権利による権利濫用を防止した規定であり,有効な権利を行使した場合は,「濫用」でもないし,「第三者に不測の損害」を蒙らせるものでもないのである。
  判例においても,特許庁技術評価書の判断は,行政事件訴訟法3条2項に規定される「行政上の処分」に該当しないものとされている。東京高裁平成12年(行コ)第22号同5月17日判決(熊谷健一・特許判例百選<第3版>〔別冊ジュリスト170〕222〜223頁)は,
【控訴人の主張2については,要するに,実用新案法29条の2によって,実用新案権者が,損害賠償請求権等の権利行使をするに当たって実用新案技術評価の請求をし,「1」から「6」までのいずれかの評価を受けること,及び警告時実用新案技術評価書を提示して,該「1」から「6」までのいずれかの評価を受けたか相手方に知らせることを義務付けられているから,実用新案技術評価は,その内容いかんにかわらず,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められている「処分」であるというものであると解される。しかしながら,実用新案法29条の2は,「実用新案権者又は専用実施権者は,その登録実用新案に係実用新案技術評価書を提示して警告をした後でなければ,自己の実用新案権又は専用実施権の侵害者等対し,その権利を行使することができない。」と定め,実用新案技術評価書を提示することを,実用新案権の権利行使の一要件としているにすぎないのであり,当該に記載された実用新案技術評価が「1」から「6」までのいずれかの評価であること(例えば,評価6であること)は,該権利行使の要件とはされていない。すなわち,実用新案技術評価自体は,実用新案権者の右権利行使に何ら影響を及ぼすものでないのである。】
と判示して,前記「処分」性を否定した。同判決は,「処分」性を否定する理由として,
【実用新案技術評価書を提示することを,実用新案権の権利行使の一要件としているにすぎないのであり,当該に記載された実用新案技術評価が「1」から「6」までのいずれかの評価であること(例えば,評価6であること)は,該権利行使の要件とはされていない。】
を挙げ,技術評価書提示を「権利行使の一要件」としてしかとらえず,その権利行使の際には,「いずれかの評価」は権利行使の要件としていないことを「処分」性を否定する大きな理由としているのである。これは,行政庁たる特許庁の主張でもあったが東京高裁が是認したということになる。特許庁総務部総務課工業所有権制度改正審議室編著「改正特許法・実用新案法」〔1993〕p89が,実用新案権について,技術的,専門的に公的な一定の見解を表明するものにすぎず,実用新案権の権利の消長に影響を与えるものではないとするのも同趣旨である。

  つまり,技術評価書提示は,技術評価書の法的性質から権利行使に影響を及ぼさないが,権利行使までに必要な形式的要件と捉えられているのである。
  しかし,山田判決は「既に特許庁が作成した技術評価書の内容を知っている等の特段の事情がない限り,相手方において,当該実用新案権の侵害について過失があるということはできない」としており,技術評価書の「存在」を権利行使の必須の要件と解している。この山田判決の論理は,侵害者の過失認定において技術評価書との関連性に固執し,結果的に,技術評価書に形式的効力以上の実質的効力を認めたものといえ,「実用新案技術評価自体は,実用新案権者の右権利行使に何ら影響を及ぼすものではない。」とその法的性質を論じた上記東京高裁平成12年判決と明確に矛盾するものである。
  山田判決が示した基準は,「技術評価書の内容を知っている」ことを過失の要件としているから,同東京高裁の判断が示した技術評価書の位置付けとは大きく異なっているのである。技術評価書提示及びその権利内容を知っていることを,過失の内容とすることは,単なる「権利行使の一要件」(同東京高裁判決)として捉えていない技術評価書について,その位置付けを過大に重要視するもので,不当であることは明らかである。この山田判決の発想は,他の文献においても前提とされていない。例えば,工業所有権法逐条解説[第15版]においても,山田判決の基準を前提にしていないと考えられる。工業所有権法逐条解説[第15版]の実用新案法29条の2の規定についての記載において,次のような記載がある。
「この規定に反し,実用新案権技術評価書を提示せずに行った警告は,有効なものとは認められず,その状態で侵害訴訟を提起しても,直ちに請求が却下されるわけではないが,評価書が提示されない状態のままでは,権利者の差止請求,損害賠償請求等は認容されないものと解される」
 (工業所有権法逐条解説[第15版]678p)。
  実用新案技術評価書提示をせずに侵害訴訟を提起した場合には,直ちに却下されるものではないとするのは,技術評価書提示が,権利行使の際の「形式的要件」とみる立場(訴訟要件に過ぎないとする立場である。)からは一般的な見解であるが,この場合,山田判決の基準に沿えば,上記記載からは,技術評価書を訴訟後に提示すれば,形式的要件は整ったから,却下されないとしても,結果的に,技術評価書提示「前」については「過失」が認められず,損害賠償請求は,訴訟後の技術評価書提示「後」以降しか認められないということになる。現に侵害がされない損害賠償請求のみが請求の対象となっている場合,同逐条解説の記載は,何ら意味のないものとなるが,そのことについては何ら触れていない。同逐条解説は,後日,技術評価書が備われば,その提示前の侵害行為についても判断の対象となる思いが記載に現れているが,山田判決の基準によれば,そうとはならない。このようなことは,同逐条解説は何ら前提にしていないのである。

  やはり,権利行使の際の「形式的要件」に過ぎない技術評価書提示を前提に,その内容を知っていることという現実的にはあり得ない想定をして「過失」の内容を定めるのは,技術評価書の位置付けを大幅に越えるものである。
  この山田判決の論理は,侵害者の過失認定において技術評価書との関連性に固執し,結果的に,技術評価書に形式的効力以上の実質的効力を認めたものといえ,「実用新案技術評価自体は,実用新案権者の右権利行使に何ら影響を及ぼすものではない。」とその法的性質を論じた上記東京高裁平成12年判決と明確に矛盾するものである。

5.3. 山田判決の過失の捉え方に関する誤りについて
  更に「今西論文」は,山田平成18年4月判決に対し,過失の予見義務に関する本質的な批判を加えている(今西論文p1953〜)。特に,山田判決が判示する過失要件「当該技術評価書の内容を知っている」に対しては,
「判旨は,侵害者の過失認定にあたっては,現実に本件実用新案権の存在を認識する必要性があるとの考えを採用していると理解されよう。」(今西論文p1955左段4段落目)
「考案を実施する者は,その実施を通じて経済的利益を追求する事業者であることから,実用新案権侵害の危険性を認識しうる限り,実用新案権公報調査義務を課すのはさほど酷ではないと考えられること,及び,平成11年3月末の特許電子図書館開設により,従来と比較して,実用新案公報の調査が容易になったことを考慮すれば,学説が主張するとおり,過失認定にあたって侵害者の認識は,権利侵害を『認識し得る』程度でも十分ではなかったか」
(今西論文p1955右段落2段落目)
と論じている。
  山田判決の論理は,過失は現に予見したばかりに認められるだけでなく,予見可能性があり予見義務があるにも関わらず,予見しなかった点に認められるという過失に関する根幹的な議論にも反するものである。

5.4. 「何人」も請求できる技術評価書
  技術評価書の請求は,「何人」にも認められる(実用新案法12条)。しかし,技術評価書の「存在」自体を過失の要件とすれば,心ない侵害者は,技術評価書を請求するわけがない。この「何人」もの請求を認めた規定趣旨は,実用新案権制度が無審査登録となった以上,実用新案権の存在を予見したときに技術評価書を請求することにより,権利の有効性を自ら確認することができるということで設けられたことは明らかであるが,山田判決の論理をとれば,この趣旨が達成されるわけがないのである。

  技術評価書は,「何人」でも請求し得るものであるが故に(実用新案法12条1項),実用新案権登録がされていることが判明した場合に,特許が登録されている場合と同じく技術評価書を自らとって侵害しているか否かを調査しようとする者は相当いるはずである。しかし,山田判決が示した基準によれば,権利化されていることを知りまたは予想される場合であっても,調査しない,調査を怠る者の方が,損害賠償が認められないことになる。しかし,このような怠慢な者を保護する理由は何らない。平成5年改正実用新案法において,実用新案技術評価書を導入した趣旨は,「権利の有効性を巡る判断には,技術性及び専門性が要求され,当事者間の判断が困難な場合も想定されるため,当事者間に権利の有効性に関する客観的な判断材料を提示することが望ましいと考えられたため」である(工業所有権法逐条解説[第15版]656p)。この為に,実用新案法は,技術評価書を「何人」でも請求し得ることにしているのであるが(実用新案法12条1項),山田判決の基準であれば,他人の実用新案権を実施しようとする者は,技術評価書作成を請求することはなくなり,法が「何人」にも技術評価書の請求を認めた趣旨を完全に没却することになる。逆にいえば,「何人」にも技術評価書の請求を認めたことから考えれば,何ら権利の調査をしない者まで,法は保護するものとはしていないのであると読むのが自然である。
  この本質的問題は,山田判決の過失の捉え方にも関わるものでもあることは,既に記した。


「実用新案技術評価書と過失について(2)」へ


(H21.7作成 :弁護士 岩原 義則) 


→【1】挨 拶
→【2】論説:実用新案技術評価書と過失について(2)
→【3】論説:特許を受ける権利の帰属確認訴訟において、被告から同権利の持分譲渡を受けた者の被告側への共同訴訟参加ができるとした上で、譲渡証書成立の真正を認めなかった事例
→【4】論説:無効な登録商標の使用と権利濫用法理(モズライト商標をめぐる2つの裁判)
→【5】記事のコーナー :夢の宝くじがあたったら
→【6】記事のコーナー :挑戦してみたいスポーツについて
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