発行日 :平成21年 7月
発行NO:No23
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【3】論説〜特許を受ける権利の帰属確認訴訟において、被告から同権利の持分譲渡を受けた者の被告側への共同訴訟参加ができるとした上で、譲渡証書成立の真正を認めなかった事例〜
1.事案の概要
  本件(東京地裁平成18年(ワ)第126号・同第20971号、平成19年6月27日判決)は、特許を受ける権利を発明者から譲り受けて特許出願をした原告が、原告から同権利を譲り受けたとして自らを出願人とする名義変更を行った被告に対し、原告・被告間の同権利の譲渡契約書が被告の偽造に係るもので、真正な出願人は原告であるとして、同権利が原告にあることの確認を求めた事案である。本件確認訴訟の係属後に、被告から本件特許を受ける権利の一部を譲り受けたとする者が被告側に承継参加の申し出をした。

(1) 当事者及び関係者(一部省略している。)
   原告Xは、農産物、食品廃棄物等を原材料とする乳酸及び乳酸エチルの精製、販売等を目的とする法人である。
   被告Aは、平成16年11月17日〜平成17年9月26日までの間、原告Xにおいて参与という役職にあった。承継参加人BないしEは、被告Aの親族である。
   訴外Fは、平成16年9月21〜24日当時、原告の代表取締役であり、訴外Gと共に本件各発明の発明者である。
   訴外Jは、平成15年8月中旬ころから平成17年10月7日まで、原告Xの従業員として勤務していた。
   訴外Nは、平成16年9月22日から同年11月10日までの間、原告Xにおいて取締役の地位にあった。

(2)本件各発明に関する特許出願人名義の変遷(下図参照)
   原告Xは、平成15年8月、本件各発明の発明者であるF及びGから、本件特許を受ける権利を譲り受け、特許出願をした。
   被告Aは、平成17年10月27日、特許庁長官に対し、平成16年9月21日に原告Xから本件特許を受ける権利を譲り受けたことを原因とする出願人名義変更届を提出した。
   承継参加人BないしEは、被告Aから本件特許を受ける権利の一部を譲り受けたとして、本件の訴訟提起後である平成18年9月11日、特許庁長官に対し、出願人名義変更届を提出した。

2.争点
  当事者間の主たる争点は、原告Xから被告Aに対する本件特許を受ける権利の譲渡の有効性である。また、承継参加人Bらが同権利の共有持分を譲り受けたとして被告側に訴訟参加の申出を行ったことから、その参加の形態及び可否も問題となった。

3.判示事項
(1) 主文
    原告と被告及び被告承継参加人らとの間において、原告が別紙出願目録記載1ないし5の各発明に係る特許を受ける権利を有することを確認する。(以下、省略)

(2) 事実及び理由
  ア 争点に関する当事者の主張
  原告は、本件譲渡証書の原告の住所、社名及びFの氏名の印影並びに原告代表取締役の印影は、それぞれ、原告ゴム印及び真正代表者印によって作出されたものであることは争わないが、真正代表者印は平成16年7月26日から同年9月27日までの間、Nのところにあり、代表取締役Fは、本件譲渡証書に押印されたと被告が主張する同月24日の時点で同印を所持していなかったことなどを理由に、本件譲渡証書は、真正に成立したものではなく、被告によって偽造されたものであることを主張・立証した。また、そもそも被告が主張する本件譲渡合意は存在しておらず、本件特許を受ける権利が被告に譲渡されたことはないと主張した。

  イ 争点に関する被告の主張
  被告は、当時原告の代表取締役であったFとの間で、平成16年9月21日、被告が担当する原告の業務内容とその報酬などについて基本合意があり、その基本合意のうち、本件特許を受ける権利の譲渡に関する合意部分(本件譲渡合意)については平成16年9月24日、F自身が、原告住所、名称及びFの氏名が代表取締役として刻されたゴム印並びに真正代表者印を押捺して作成した同月21日付の原告被告間の本件譲渡証書として書面化されたものであると主張した。また、原告が主張する諸事情については、本件譲渡証書の成立の真正に係る推定を覆すに足りないものであると反論した。

  ウ 裁判所の判断
  裁判所は、代表取締役Fが平成16年9月21日の時点で真正代表者印を所持していなかったことは当事者間に争いがないところ(ただし、同印の保管者については争いがある。)、本件の証拠及び弁論の全趣旨によれば、@Jは、F及び被告の意向を受けて、同月24日、真正代表者印とは異なる、銀行印として用いられていた原告代表者印を用いて、Nに対し、真正代表者印の返還を求める本件通告書を作成したこと、AJは、同日午前12時から午後1時までの間に、Nにあてて、内容証明郵便により本件通告書を送付したこと、BNは、同月27日、仙台市から米沢市にある原告の事務所を訪れ、Fに真正代表者印を返還したこと、C同月28日、真正代表者印が用いられ、原告の取締役及び代表取締役の変更に関する登記申請の手続が行われたことが認められるから、「以上の事実経過に照らせば,Fは,少なくとも同月21日から同月27日までの間において,真正代表者印を所持しておらず,これを自ら使用することができなかったものと推認することができる」とし、また本件の証拠に表れたその他の事情も考慮した上で、「本件譲渡証書に真正代表者印が押捺されたと被告が主張する平成16年9月24日の時点においては,Fにおいて真正代表者印を所持していなかったものと認められる」とした。

  その上で、争点となった本件特許を受ける権利の譲渡の有効性について、裁判所は、「かかる事情に照らせば,その余の点を検討するまでもなく,Fがその意思に基づいて本件譲渡証書に真正代表者印を押捺したと推定することはできないというべきである」とし、被告が原告から本件特許を受ける権利を譲り受けたとは認められないから、原告が同権利を有するものといえると結論した。

4.考察
(1) 文書の成立の真正について(*1
  文書の成立の真正とは、文書が特定人の意思に基づき作成されたものであることをいう。民事訴訟では、他人からの伝聞を記載した文書や自己の見聞を第三者が記載した文書でも証拠調べの対象となり得る適格(文書の証拠能力)はあるが、文書に係争事実の証明に役立つ価値(文書の証拠力)が認められるためには、その文書にある特定人の一定の事実認識とか意思など一定の思想内容が表明されていること(形式的証拠力)、その思想内容が真実に合致すること(実質的証拠力)を確かめる必要がある。文書の成立の真正は、文書が形式的証拠力を備えていることの前提となるものである。
  民事訴訟法228条4項は、「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」と規定している。また、最高裁昭和39年5月12日判決は、文書中の印影が本人または代理人の印章によって顕出された事実が確定された場合には、反証がない限り、該印影は本人または代理人の意思に基づいて成立したものと事実上推定することを相当とする旨を判示している。したがって、文書中の印影が本人または代理人の印章であるときは、反証がない限り、本人の意思に基づき顕出されたものと事実上推定され、その結果さらに民事訴訟法228条4項が適用されて、文書全体の真正が推定されることになる(いわゆる二段の推定)。
  本件は、被告が本件譲渡証書に真正代表者印が押捺されたと主張する日に代表取締役Fが真正代表者印を所持していなかったという矛盾が原告提出の証拠によって明らかにされ、それによっていわゆる二段の推定を覆す事情が認められると判断されたものであり、かかる事案において何を立証すべきかを検討する際に、参考になる点があると考える(*2)。

(2) 共同訴訟参加について
  訴訟参加とは、係属している他人間の訴訟へ第三者が自己の名において加入することを認めることである。訴訟参加の形態には、@他人間に係属中の訴訟の結果について利害関係を有する第三者が、当事者の一方を補助するためにその訴訟に参加する補助参加(民事訴訟法42条)、A原告、被告の双方又は一方を相手方として、当事者としてその訴訟に参加する独立当事者参加(同法47条)、B原告又は被告の共同訴訟人として参加する共同訴訟参加(同法52条)がある。  一般に、訴訟の目的となっている権利の全部又は一部を譲り受けた第三者は、訴訟参加の申立を行うことにより当事者として訴訟参加をすることができるが、その場合、上記Aの独立当事者参加では、本件の事案であれば例えば原告に対し、請求を立てることになる。しかし、本件の場合、承継参加人BないしEは、自らが本件特許を受ける権利の共有持分を有していることの積極的確認を求めることはなく、もっぱら防御のために参加の申立を行っていたため、かかる場合は上記Bの共同訴訟参加の形式によることができないかが検討された。共同訴訟参加の形式を認めるには、本件の訴訟の目的が当事者の一方及び第三者について合一にのみ確定すべき場合であることが必要である。

  この点について、裁判所は、特許を受ける権利の共有者の地位につき、特許法では、共有者全員でなければ出願できないとされていること(特許法38条)、共有者の一部による出願は拒絶理由(同法49条1項2号)、無効理由(同法123条1項2号)となっていること、また、一旦複数の者が共同して手続をした場合は、その後の出願変更、放棄、取下げ、国内優先権(同法41条1項)の主張及びその取下げ、拒絶査定不服審判の請求等の各手続については全員が共同してこれを行わなければならないこと(同法14条)、さらに、特許を受ける権利の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するときは全員が共同してこれを行わなければならないこと(同法132条3項)、くわえて、拒絶査定不服の審判を請求し、その請求が成り立たない旨の審決を受けた場合はそれに対して提起する審決取消訴訟も、固有必要的共同訴訟であると解されていること(最高裁判所平成6年(行ツ)第83号・平成7年3月7日判決)を挙げ、「特許を受ける権利の共有者については,共同して行動しないと,特許査定を受けることが困難であり,また,当該特許権が無効となるおそれがあるという地位に立たされるものということができる」とした。その上で、裁判所は、本件のように、原告が被告に対して特許を受ける権利の確認を求めている訴訟は、「訴訟の目的たる特許を受ける権利の共有持分の帰属が当事者の一方である被告と第三者である参加人らについて合一にのみ確定すべき場合に該当するといえるので,参加人らは,被告の共同訴訟人として,本件訴訟に共同訴訟参加(民事訴訟法52条)できるものと解すべきである」と判示した。

  仮に、共有者間で判決が区々になれば、その後の手続上不都合を生じることは確実であり、権利帰属の確認訴訟が提起されている場面であることを考えれば(*3)、合一にのみ確定すべき場合に該当すると判断されたことは正当と考える。
  もっとも、本件は訴訟提起後の承継参加の許否について判断されたものであるため、固有必要的か類似必要的かという点までは判示されていない。今後の実務上の問題として、訴訟提起時に既に被告から第三者に持分譲渡されている場合は、固有必要的であるなら最初から共有者全員を被告として確認訴訟を提起しなければ訴えを却下されることになるので、訴訟提起時に検討する必要がある。

(H21.07作成: 弁理士 山本 進)

備考:
(*1) この項の記載は、財団法人司法協会発行、裁判所書記官研修所監修「民事訴訟法概説(7訂版)」第99〜101頁を参照した。
(*2) 本件は、被告側が控訴して事実関係をさらに争ったが、知財高裁は控訴棄却の判決をしている(知財高裁平成19(ネ)10060号、平成20年12月24日判決)。
(*3) 一方で、特許取消決定に対する取消訴訟は一部の共有者が単独で提起できるとした最高裁平成14年3月25日判決や、商標登録の無効審決に対する取消訴訟は共有者の一人が単独で提起できるとした最高裁平成14年2月22日判決がある。いずれも権利の消滅を防ぐ必要性のある場面であり、保存行為としてできるとされたものである。

→【1】挨 拶
→【2】論説:実用新案技術評価書と過失について(1)
→【4】論説:無効な登録商標の使用と権利濫用法理(モズライト商標をめぐる2つの裁判)
→【5】記事のコーナー :夢の宝くじがあたったら
→【6】記事のコーナー :挑戦してみたいスポーツについて
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