(2) 従来の職務発明制度の問題点
@ 使用者等及び従業者等の自主的な対価設定の困難
職務発明の承継や対価の設定は、私的自治の原則により規律されることが妥当であり、改正前の特許法第35条もこれを基本構造とし、その「相当の対価」の額の算定方法を定めている(改正前の第4項)。
しかし、訴訟が提起されれば、使用者等と従業者等との間の取り決めがあったとしても、その取り決めは排除され、別個に改正前の第4項に基づいて「相当の対価」が算定されるとすることは、個別の事情を反映した問題の解決を困難とし、結果的に職務発明の活性化を阻害する可能性があった。
A 予測可能性が低いことによる使用者等の研究開発投資の意欲の阻害
改正前の職務発明制度では、従業者等から訴訟が提起された場合は、最終的に訴訟が確定するまで、従業者等に対していかなる対価を支払えば免責されるのかが不確定の状況におかれるので、使用者等にとっては最終的な研究開発投資額の予測可能性が低下し、研究開発投資の意欲が減退していた。
B 従業者等の発明意欲の減退のおそれ
従来の職務発明制度の下では、使用者等が一方的に定めたいわゆる職務発明規定等において対価についての定めを設け、その定めに基づいて決定される対価の支払を行っているのが通常で、職務発明制度が目的としている従業者等の発明意欲の維持・確保が実現されていないおそれがあった。
C 訴訟において算定される場合の考慮要素
近年、使用者等の行う研究開発とそれに基づく事業化はかなり多様化している。また、従業者等の発明意欲は対価の支払いのみによって維持されるものではなく、例えば従業者等のうち使用者等の利益に貢献した発明者に対しては、対価の支払以外の方法により厚く処遇しているという場合があるなど、我が国における雇用関係その他の従業者等と使用者等の関係も、かなり多様化している。従って、これらの多様な関係や事情を考慮せずに「相当の対価」を決定することは、従業者等と使用者等との間の衡平を阻害し、使用者等の研究開発投資意欲を減退させ、結果として職務発明の活性化を阻害するおそれがあった。