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発行日 :平成26年 1月
発行NO:No32
発行 :溝上法律特許事務所
弁護士・弁理士 溝上哲也
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【2】論説:膨張弁にかかる発明の進歩性判断で、引用発明には、
弁本体を樹脂製としつつパワーエレメント部と弁本体をねじで
螺着することについて阻害事由があると判断された事例
1.事案の概要
本件(知財高判平成23年2月3日、平成22年(行ケ)第10184号審決取消請求事件)は、空気調和装置、冷凍装置等の冷凍サイクルにおいて、エバポレータに供給される冷媒の流量制御に用いられる「膨張弁」に関する発明ついて特許出願をした原告が、拒絶査定を受けたため審判請求をして請求項2にかかる発明を補正したところ(以下、補正後の請求項2にかかる発明を「本件発明」という。)、特許庁は、本件発明について、引用発明及び関連する他の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから独立特許要件を満たさないとして上記補正を却下のうえ請求不成立の審決をしたので、原告が同審決の取消しを求めて訴えを提起した事案である。
2.本件発明
本件発明は、請求項2に記載された次の事項により特定されるものである。 なお、下線部分が補正箇所である。
【請求項2】
エバポレータに向かう液冷媒が通る第1の通路とエバボレータからコンプレッサに向かう気相冷媒が通る第2の通路を有する樹脂製の弁本体と、上記第1の通路中に設けられるオリフィスと、該オリフィスを通過する冷媒量を調節する弁体と、上記弁本体に設けられ、上記気相冷媒の温度に対応して動作するパワーエレメント部と、上記パワーエレメント部と上記弁体との間に設けられる弁体駆動棒とを備え、上記弁体駆動棒は、上記気相冷媒の温度を上記パワーエレメント部に伝達すると共に上記パワーエレメント部により駆動されて上記弁体を上記オリフィスに接離させる膨張弁であって、上記パワーエレメント部は、弾性変形可能な部材から成る上カバーと下カバーの外周縁にてダイアフラムを挟持することにより構成され、上記弁本体の上端部の外周部に固着部材がインサート成形によって設けられ、
上記固着部材には雄ねじが形成されており
、上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材の
内面には雌ねじが形成されており、上記
連結部材を
上記雌ねじと上記雄ねじとのねじ結合によって
上記固着部材に螺着して上記パワーエレメント部の外周縁を上記連結部材の上端部と上記弁本体の上端部との間に挟み込むことにより、上記パワーエレメント部が上記弁本体に固定されていることを特徴とする膨張弁。
下記図面(本件特許の図2を元に説明等を加えたもの)を参照しながら、本件発明の主要な構成を確認する。本件発明においては、パワーエレメント部36(黄色で着色した部分)は、弾性変形可能な部材からなる上カバー36dと下カバー36hの外周縁にてダイアフラム36aを挟持している。樹脂製の弁本体301の上端部の外周部には、固着部材50(ピンクで着色した部分)がインサート成形によって設けられている。この固着部材50には雄ねじ50aが形成されている。他方、上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材51(水色で着色した部分)の内面には雌ねじ51bが形成されている。連結部材51を雌ねじ51bと雄ねじ50aとのねじ結合によって固着部材50に螺着し、パワーエレメント部36の外周縁を連結部材51の上端部と弁本体301の上端部との間に挟み込むことにより、パワーエレメント部36が弁本体301に固定されている。
(本件発明)
3.審決の理由
審決が本件発明は独立特許要件を満たさないと判断した根拠は、引用例1の特開平9−89154号公報に記載された発明(以下「引用発明」という。)、引用例2の特開平9−14097号公報に記載された技術(以下「周知技術」という。)などである。
(1)引用発明
下記図面(引用例1の図1を元に説明等を加えたもの)を参照しながら、審決が認定した引用発明の内容を確認する。引用発明においては、制御機構54は、第一のカバーとしての上蓋55と、第二のカバーとしての下蓋56と、ステンレス製の薄板よりなるダイヤフラム57を、上蓋55、下蓋56の間に挟持している。弁本体41の上端外周部にはフランジ41aが形成されている。このフランジ41aとともに制御機構54の外周部を覆うように、円筒状の止め金具60がかぶせられている。この止め金具60の上下部をかしめることにより、弁本体41と制御機構54が固定されている。
引用発明の効果については、弁本体41を合成樹脂にて成形した場合、合成樹脂は金属より低強度であり、弁体48が合成樹脂製の弁座50に当接する動作が繰り返されると、弁座50が損傷する可能性があるため、下面に弁座50を有するオリフィス47aを、金属部材47のインサート成形により形成し、弁体48の開閉作動によりオリフィス47aが破損する恐れをなくしたと説明されている。
(引用発明)
(2)周知技術
下記図面(引用例2の図1を元に名称・着色を加えたもの)に示すように、審決が認定した周知技術は、樹脂製の燃料分配管10に取り付けられる燃料圧力制御装置であり、燃料分配管10のフランジ部10aの外周面に被せられる断面がコ字状を呈した金属板11と、この金属板11を介してフランジ部10aに取り付けられるハウジング12と、この金属板11と燃料分配管10の上端部との間にダイヤフラム20の外周縁を狭持させる構成が開示されている。
(周知技術)
(3)審決の容易想到性の判断
審決は、本件発明と引用発明には、下記相違点2があると認定したが、かかる相違点2は当業者であれば容易に想到できると判断した。
〔相違点2〕
パワーエレメント部の弁本体への固定を、本件発明では、弁本体の上端部の外周部に固着部材がインサート成形によって設けられ、固着部材には雄ねじが形成されており、上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材の内面には雌ねじが形成されており、連結部材を雌ねじと雄ねじとのねじ結合によって固着部材に螺着してパワーエレメント部の外周縁を連結部材の上端部と弁本体の上端部との間に挟み込むことにより行うのに対して、引用発明では、弁本体の上端外周部にフランジが形成され、当該フランジとともに制御機構の外周部とを覆うようにかぶせた円筒状の止め金具の上下部をかしめることにより行う点。
つまり、審決は、パワーエレメント部の弁本体への固定手段としてどのような固定手段を用いるかは、それぞれの固定手段を用いることによるメリット・デメリットを勘案して適宜決定するのが通常であり、引用発明において、フランジ41aにインサート成形により金属部材を形成することに加え、必要とされる組み立て精度や組み立てのし易さ等を考慮して、パワーエレメント部の弁本体への固定手段として、かしめ結合に換えて、螺着を採用し、上記相違点2における本件発明が具備する発明特定事項に到達することは、当業者が容易になし得たことにすぎないと判断したものである。
4.争点
本件の主たる争点は、膨張弁を構成する2つの部材(パワーエレメント部と樹脂製の弁本体)の固定方法として、引用発明は、かしめ固定を採用しているが、本件発明は弁本体の外周部に固着部材をインサート成形した上でねじ結合による螺着を採用しているところ、この相違点は当業者が容易に想到することができたか否かである。
5.裁判所の判断
知財高裁は、本件発明の容易想到性について次のとおり判断し、特許庁の審決を取り消した。
「引用例1及び2には,膨張弁のパワーエレメント部と樹脂製の弁本体の固定に当たり,弁本体の外周部にインサート成形した固着部材に雄ねじを,上端部が屈曲した筒状の連結部材の内側には雌ねじを,それぞれ形成して,両者をねじ結合により螺着させるという本件補正発明の相違点2に係る構成を採用するに足りる動機付け又は示唆がない。むしろ,引用発明は,それに先行する本件先行発明の弁本体が金属製であることによる問題点を解決するためにこれを樹脂製に改め,併せてパワーエレメント部と弁本体とを螺着によって固定していた本件先行発明の有する課題を解決するため,ねじ結合による螺着という方法を積極的に排斥してかしめ固定という方法を採用したものであるから,引用発明には,弁本体を樹脂製としつつも,パワーエレメント部と弁本体の固定に当たりねじ結合による螺着という方法を採用することについて阻害事由がある。しかも,本件補正発明は,上記相違点2に係る構成を採用することによって,パワーエレメント部の固定に強度不足という問題が発生せず,膨張弁の動作に不具合が生じるおそれもなく,またその強度不足によって生ずる水分の侵入により不都合が生じるというおそれも発生しないという作用効果(作用効果1)を発揮することで,引用発明が有する技術的課題を解決するものである。 したがって,当業者は,引用発明,本件オリフィス構成,甲8技術及び周知技術に基づいたとしても,引用発明について相違点2に係る構成を採用することを容易に想到することができなかったものというべきである。」
6.考察
本件は、膨張弁にかかる発明の進歩性判断において、発明の課題が相違することや、主引例の従来技術の内容に着目し、引用発明には、弁本体を樹脂で成形するという構成を採用しつつ、弁本体の外周部に固着部材をインサート成形してねじ結合によりパワーエレメント部と弁本体を螺着する構成を採用することには阻害事由があると判断された点が注目される判決である。 すなわち、引用発明は、従来の制御機構が取付筒に形成された雄ねじと弁本体の内側に形成された雌ねじにより螺着された構成であるために、雄ねじの形成にコストがかかり、かつ、取付けに当たり接着剤を使用する必要があり、取付作業が面倒になることなどの課題を解消するために、ねじによる固定を積極的に排除した上で、かしめ固定する構成を採用していることから、引用発明自身が否定したねじにより固定する構成を再度採用して本件発明の構成に想到するということは、動機付けが無いどころかむしろ阻害事由があるとされた事例である。
(H25.12作成: 弁理士 山本 進)
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