発行日 :平成20年 1月
発行NO:No20
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
→事務所報 No20 INDEXへ戻る


   【3】論説〜インクカートリッジの「リサイクル」と特許権制度〜
1. リサイクルインクタンク特許権侵害事件の概要と本稿の意義
   平成19年11月8日、最高裁において、リサイクルインクタンクについての特許3278410号(「以下キヤノン特許」という)を保有するキヤノンと、使用済みインクカートリッジを再生するリサイクルインクカートリッジ業者との間の上告審判決が出された(最高裁平成18年(受)第826号同19年11月8日第一小法廷判決・最高裁WS)(以下「本事件」という)。

 この事件の特徴は、リサイクルインクカートリッジ業者側で、キヤノン特許の有効性を認め、再生したインクカートリッジが特許発明の技術的範囲に属することを認めた上で、なお、リサイクルが許されるかという今日的な問題が、真正面から問われたことにある。
 しかしながら、報道等をみると、本リサイクルインクタンク特許権侵害事件の肝である上記今日的問題を議論する前提としての法律的理解が乏しい、若しくは不十分なままの議論が多いと感じる。その為、本稿では、ひとまず上記今日的議論を脇に置き、上記議論の前提としての理解を整理の上、分かり易く述べ、提供するつもりである。したがって、まずは例外的な議論を避けて原則論を展開し、厳密な法律用語とは異なる言葉も使う場合もあることは予め断っておく。なお、上記事件には、当事務所においても、別のリサイクル業者の代理人として「補助参加」をし、独自に「上告受理申立書」を提出しているが、深い議論については、又別途機会を設けて論じるつもりである。

2. 「特許権侵害」について
  まず、前提として、特許権侵害の問題がある。
  「特許」とは、端的にいえば、「発明」である。「発明」は、新しく(「新規性」)、これまでの技術に比べ進歩がある(「進歩性」)等がある場合に、それを特許庁に出願し、一般に「公開」される代わりに、特許権者が独占権を得る。「特許権制度」を簡単に述べれば、有用な技術を他に公開することにより世の中に貢献させると共に、その対価として独占権を与え技術の振興等を図る制度である。
  そして、「特許」は、単に発明しただけでは足りず、特許庁に「明細書」という形で、「出願」し、特許庁の審査を得て、「登録」される必要がある。
  「明細書」には、請求項という形で、「権利の範囲」が表されている。請求項は、言葉で表されているので、「特許権侵害」という場合は、基本的には、明細書記載の請求項の文言に、対象物・方法が、あてはまるものかどうかで、侵害かどうかが決まる(これを「文言侵害」という)。
  本事件では、この意味での「文言侵害」は問題になっていない。
  「リサイクル」が強く叫ばれる現在において、上記「特許権制度」を前提にしても、特許権者に独占が許されない場合があるのではないか、または、独占が許されるとしても、その基準は何かという問題が、本事件の肝ということになる。

3. 民事訴訟の基本原則たる「弁論主義」について
  民事訴訟においては、事実の主張については当事者(原告・被告)に専権があるというのが、基本である(これを「弁論主義」という)。「弁論主義」は、争いのない事実については裁判所は、そのまま認めて事実認定する必要がある。その為、裁判所が、「これは、おかしい」と思っていても、当事者が争っていなければ、これに反した事実認定は、できないし、当事者が主張もしていない事実について勝手に事実認定をすることもできない。さらにいえば、争いがある事実についても、当事者が提出した証拠のみに基づき認定する義務が生ずる。民事事件において時折「変な事実」と感じることがある場合は、この「弁論主義」から必然的に生ずる制約を考える必要もある。

  本事件でいえば、特許の有効性については、リサイクル業者側は認めている。
  特許の有効性について「弁論主義」の適用があるかという深い議論は別として、争いのないところに裁判所は立ち入らないという姿勢が前提にあることは、本事件を理解する為に必要なことである。
4. 上告審としての最高裁の構造
  さらに、前提として上告審としての最高裁の構造に触れる必要がある。
上告審は、基本的には法律的問題のみを扱う法律審である。法律的問題を判断する前提となる事実関係については、地方裁判所、高等裁判所(本件では知的財産事件を特に扱う「知的財産高等裁判所」)という事実審の専権に属するというのが、我が国における基本的立場である。
  簡単にいえば、最高裁は、原審(この場合、知的財産高等裁判所)の事実認定が幾ら奇妙なものでも、それを前提に法律的判断をするか、法律的判断に必要な事実が足りなければ、再度、下位裁判所に戻して、審理をやり直しさせることになる(これを、「差し戻し」という)。
  本件では、当初から、特許の有効性・技術的範囲については争われておらず、最高裁は、原審の認定した事実を前提に判断したという事情があることは、本事件を理解するのに必要な前提である。

5. 本事件の問題点
5.1. 「改造」か「修理」か
  古くから、特許製品であろうとも、「改造」は許されないが(特許権侵害となる)、「修理」は許される(特許権侵害とならない)という議論がある。例えば、パソコンは、ある意味特許の塊であるが、特許の明細書に記載された部分に触れる行為は、全て特許権侵害に問われるとはいえない。電池の交換などの消耗品の取替えにまで特許権を及ぼすことが、妥当ではないことは自明である。
  本事件においても主張されているが、インクカートリッジのインクがなくなった場合に、インクを再び入れて、インクカートリッジを再利用することは、「改造」ではなく、「修理」ではないか、という問題意識が、この問題である。
  これを「改造論アプローチ」という。

5.2. 「消尽」とは何か
  本事件における最高裁の判断を一言で評価すれば、シンプルな「消尽論アプローチ」である(後述Cの基準)。「消尽」の意味は、事例で述べると分かりやすい。簡単に事例で述べれば、通常、特許製品でも、一旦対価を得て、例えば、パソコンを買えば、それを中古品として再び売ることについては、特許権侵害とはならない。これは、新品の対価に、特許権の対価も含まれると評価されるからである。しかし、特許権の対価に含まれると評価される以上の行為については、特許権は「消尽」(文字通り「消え尽くしていない」)しておらず、特許権の侵害になるという議論である。
  これを、「消尽論アプローチ」と呼ぶ。
  本件では、インクカーリッジ再利用する場合に、リサイクル業者が、加工をして、インクを注入し、消費者に売って利益を得ている。ある意味、特許権者としては従来予想がつかなかった商売形態であり、「消尽」が問題となるのである。
  消費者が独自で加工して、インクを注入しているのではない、しかし、その消費者のニーズを達成するための「リサイクル」が、どこまで許されるかという問題が存在することは、事件を理解する上で重要な前提である。

5.3. 本事件の「アプローチ」方法
  本事件一審判決は、最高裁と同じような「消尽論アプローチ」を採用している(後述Aの基準)。   そして、二審たる知財高裁判決は、厳密には議論があろうが、「改造論アプローチ」と「消尽論アプローチ」とを配合させたような基準を採用した(後述Bの基準)。なお、知財高裁事件判決が出された当初においては、有識者も含めて概ね好意的に受け止められていたというのが、本事件にたずさわった立場としての印象である。
  しかし、最高裁は、シンプルな「消尽論アプローチ」を採用しながら、知財高裁の事実認定を前提として、結論的には、キヤノンを勝訴させたというのが、本事件の事例である(なお、厳密に言えば、本事件においては、国内・国外消尽論、物の発明・方法の発明についての消尽論があるが、ここでは深く立ち入らない)。
  この基準の可否については、論理的位置付けも含めて、別途議論をするつもりではあるが、一言だけいえば、知財高裁の基準は、特許権者に有利、最高裁の基準は、どちらかといえば、リサイクル業者に有利と考えている。

6. 補助参加について
  最後に、当事務所が本事件の代理人としてなした「補助参加」について一言しておく。
「補助参加」とは、民事訴訟上の手続であり、簡単にいえば、一方の当事者を勝訴させるために、利害関係ある者が当事者ではないが訴訟手続の中に参加する制度である。俗にいえば、「助太刀」といえようか。
  「補助参加」といいながら、当事者の一方に「有利」なことは、かなりのことができる制度である。残念ながら、本事件においては、補助参加人の代理人としての主張が、直接判断されたわけではないが、補助参加人として、独自に「上告受理申立」をし、最高裁の最終的な法律的判断としても、補助参加人の主張と明確に抵触するものではなかったことから考えると、少なからず影響をしたと考えざるを得ない。

7. 最後に
  本事件は、マスコミ等にも注目を浴びた事件ではあるが、最も重要なのは、特許権が独占権を与える制度である為に、リサイクル業者は勿論、消費者も含めて、それによって不利益が生じ得る関係者が必然的に存在することである。本事件は、消費者も含めて、特許権の根幹たる「独占」をどう考えるべきかという「特許権制度」の根幹が問われた事件であったともいえる。 これも、別途議論をする予定である。

[参 考]
A. 一審判決(東京地裁平成16年(ワ)第8557号同年12月8日判決・判時1889・110)の基準
『物の発明に係る特許について、特許権者が国内において特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないが、特許権の効力のうち生産する権利についてはもともと消尽はあり得ないから、特許製品を適法に購入した者であっても、新たな別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば、特許権を侵害することになる。』
『新たな生産か、それに達しない修理の範囲内かは、特許製品の機能、構造、材質、用途などの客観的な性質、特許発明の内容、特許製品の通常の使用形態、加えられた加工の程度、取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。』

B.知財高裁判決(知財高裁平成17年(ネ)第10021号同18年1月31日判決・判時1922・30、判タ1200・90)の基準
『@当該特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合(第1類型)、又は、
A当該特許製品につき第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合(第2類型)には、特許権者は、当該特許製品について権利行使をすることが許される』

C.最高裁判決(最高裁平成18年(受)第826号同19年11月8日第一小法廷判決)の基準
『特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者(以下、両者を併せて「特許権者等」という。)が我が国において特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品の使用、譲渡等(特許法2条3項1号にいう使用、譲渡等、輸入若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)には及ばず、特許権者は、当該特許製品について特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。』
『特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ、それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは、特許権者は、その特許製品について、特許権を行使することが許されるというべきである。』
『上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては、当該特許製品の属性、特許発明の内容、加工及び部材の交換の態様のほか、取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり、当該特許製品の属性としては、製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様が、加工及び部材の交換の態様としては、加工等がされた際の当該特許製品の状態、加工の内容及び程度、交換された部材の耐用期間、当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。』

以 上


(H20.1作成 :弁護士 岩原 義則) 


→【1】記事のコーナー :俳句のすすめ
→【2】論説:模倣品に対する侵害警告について
→【4】論説:プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈について
→【5】論説:法律的に考えてみると〜(通勤編)〜
→【6】記事のコーナー :子供の頃の夢
→【7】記事のコーナー :事務所の近況
→事務所報 No20 INDEXへ戻る



溝上法律特許事務所へのお問い合わせはこちらから


HOME | ごあいさつ | 事務所案内 | 取扱業務と報酬 | 法律相談のご案内 | 顧問契約のご案内 | 法律関連情報 | 特許関連情報 | 商標関連情報 |
商標登録・調査サポートサービス | 事務所報 | 人材募集 | リンク集 | 個人情報保護方針 | サイトマップ | English site
1997.8.10 COPYRIGHT Mizogami & Co.

〒550-0004 大阪市西区靱本町1-10-4 本町井出ビル2F
TEL:06-6441-0391 FAX:06-6443-0386
お問い合わせはこちらからどうぞ