発行日 :平成16年 7月
発行NO:No13
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【3】論説〜特許製品の並行輸入について〜
1.問題の所在

外国企業の製品が、その企業の日本における子会社や総代理店を通さずに、別のルートで日本国内に輸入される場合があります。「並行輸入」とは、海外で適法に流通経路に置かれた外国企業の真正商品を現地で購入して、総代理店等を通さずに日本国内に輸入することをいいますが、もし、その並行輸入品の方が、正規ルートを通して国内で販売されている商品よりも低廉な価格で購入できるとすれば、商品を購入する需要者の立場からは、並行輸入はむしろ望ましいことともいえます。
しかし、外国企業や総代理店にとっては、低廉な並行輸入品が日本国内で流通することによって、正規ルート品の販売量が落ち込んだり、今までの価格を維持できなくなるといった不利益があります。
そこで、その製品が特許権の対象となるものであったり、その商品に使用されている商標について商標権が存在する場合、外国企業や総代理店が、並行輸入を阻止するための手段として、並行輸入業者に対して特許権や商標権を行使することがあり、このような場合に、権利侵害を認めるか否かが問題となります。

2.特許と商標の違い

商標では、従来より判例で、真正商品の並行輸入は商標権侵害とならず、許容されると判断されています(1)。商標には、主要な機能として出所表示機能と品質保証機能がありますが、真正商品であれば、これらの機能が損なわれるという事態は発生しておらず、それであれば、需要者の利益が害されることもないと考えられることが、並行輸入は実質的違法性を欠くと判断しうる理由になっています(2)
これに対して、特許の場合は、商標とは異なり、その主たる機能は、発明の利用に向けられています。従って、特許権者に日本国内で一定の期間、その発明の経済的利用を保障することにより発明を奨励するというインセンティブ機能を有する特許については、商標と同じ理由で、並行輸入を認めることはできません。例えば、昭和44年6月9日の「ボーリング用自動ピン立て装置事件」の大阪地裁判決(3)では、日本とオーストラリアの両国で成立している特許権に基づきオーストラリアで製造された製品(ボーリング用自動ピン立て装置)の日本への並行輸入について、パリ条約の属地主義の原則および特許独立の原則(4条の2)から、認められないものと判断されていました。
ところが、平成7年3月23日の「BBS事件」の東京高裁判決(4)では、特許製品の並行輸入について国際消尽を認め、特許権侵害を構成しないという判断が示されました。

3.BBS事件について

上記BBS事件は、最高裁まで争われ、最高裁は、並行輸入を容認するという東京高裁判決の結論は支持しましたが、判決理由は、国際消尽ではなく、黙示の実施許諾を根拠としました(5)。BBS事件の最高裁判決では、「我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては、特許権者は、譲受人に対しては、当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で右の旨を合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて、当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。」との判断が示されています。
要するに、特許権者から製品を譲受けた者については、日本を除外する旨の合意が行われた場合を除き、また、特許権者から製品を譲受けた者からさらに製品を譲り受けた転得者や第三者については、そのような合意を行い、かつ特許製品上にこれを明確に表示した場合を除いて、当該特許製品が日本に並行輸入されても、日本で特許権を行使することは許されないというのが、最高裁判決の要旨です。

4.BBS事件の最高裁判決が国際消尽を否定した理由

特許においても、日本国内において特許権者が適法に特許製品を市場に置いた後は、その特許製品については特許権の効力が及ばないとする「国内消尽」は、従来より判例及び学説で認められています。これは、特許権者が特許権により排他的に利用する機会は、一実施品について一回に限られ、特許権者や実施権者が特許製品を市場に置くことでその製品自体についての特許権は消尽し、二重の利得までは得ることができないという理論です。
しかし、BBS事件で最高裁は、先ず、特許権の国内消尽については認めた上で、『我が国の特許権者が国外において特許製品を譲渡した場合には、直ちに右と同列に論ずることはできない。すなわち、特許権者は、特許製品を譲渡した地の所在する国において、必ずしも我が国において有する特許権と同一の発明についての特許権(以下「対応特許権」という。)を有するとは限らないし、対応特許権を有する場合であっても、我が国において有する特許権と譲渡地の所在する国において有する対応特許権とは別個の権利であることに照らせば、特許権者が対応特許権に係る製品につき我が国において特許権に基づく権利を行使したとしても、これをもって直ちに二重の利得を得たものということはできないからである。』という立場をとり、特許権の国際消尽を否定しました。もっとも、これによって判決の結論が変わったわけではなく、結論的には並行輸入業者を勝訴させています。
最高裁判決が判決理由の中で国際消尽を否定したのは、例えば、外国における特許ライセンスによる利得が、日本国内における特許ライセンスによる利得と同程度に利得の機会が得られたとはいい難いケースもあると考えられ、「国際消尽」が世界的に合意されている訳ではない現時点では、最高裁としては、利得の機会に着目して理論構成するのには限界があると判断したものと考えられます。

5.特許製品の並行輸入を阻止できるか

BBS事件の最高裁判決を裏から読めば、特許権者が、特許製品を譲渡する際に、譲受人との間で特許製品の販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を合意し、それを製品上に明確に表示した場合は、特許権者は並行輸入を阻止できるようにも解釈できます。
 しかし、厳密には、BBS事件の最高裁判決は、「〜明確に表示した場合を除いて、〜特許権を行使することは許されない」と述べており、これを単純に「〜明確に表示した場合、〜特許権を行使することは許される」と反対解釈することは、必ず正しいとはいえません。仮に将来、「明確に表示した場合」について訴訟事件となったときに、最高裁が、特許権侵害を認めるための条件として、BBS最高裁判決よりも厳しい条件を追加したとしても、それは、BBS最高裁判決と抵触することにはならないと考えられます。
すなわち、BBS事件の最高裁判決は、BBS社のように、特許製品の譲渡の際に輸出先につき何ら明示していなかったケースでは、特許製品の並行輸入を阻止できないことは明らかにしたといえるので、並行輸入業者の側から見た場合、特許権を侵害しないと判断できる基準が一部明確になったといえますが、同判決は、特許権者が特許製品に販売先や輸入先の制限を明示していた場合には、これを理由として特許権者等による差止めを容認するという規範定立を明確に示したものとはいえないと考えられるため、外国企業や総代理店の側から見た場合、並行輸入を阻止するための条件は必ずしも明確になっておらず(6)、今後の判例に注目していく必要があります(7)


(1) 真正商品の並行輸入を認め、商標権侵害を構成しないと判断した判例として、「パーカー事件」(S45. 2.27 大阪地裁 昭和43(ワ)7003 差止請求権不存在確認訴訟事件)、「ラコステ事件」(S59.12. 7 東京地裁 昭和54(ワ)8489 商標権侵害差止等請求事件)等がある。
(2) 真正商品の並行輸入が実質的違法性を欠き、商標権侵害にあたらない場合の規範定立を行いつつ、使用許諾契約における許諾条項の範囲を逸脱して、製造国及び下請の制限に違反して製造された商品に対しては、商標の品質保証機能が害されるおそれがあることを理由に商標権侵害を認めた判例として、H15. 2.27 最高裁第一小法廷判決 平成14(受)1100 損害賠償,商標権侵害差止等請求事件がある。
(3) 特許製品の並行輸入を禁止したものとして、「ボーリング用自動ピン立て装置事件」(S44. 6. 9 大阪地裁 昭和43(ワ)3460 特許権侵害差止等請求事件)がある。同判決によれば、特許権には地域上の制限があり、各国の特許権は互いに独立しているから、特許権消耗の理論が適用されるのは、その特許権の付与された国の領域内に限られ、特許権の国際的消耗という考え方は採り得ないとされている。
(4) 自動車のホイールについてドイツと日本で特許権を有するドイツのBBS社が、ドイツで同社が製造販売したその特許製品を日本に並行輸入した日本企業に対し、特許権侵害を理由として、当該特許製品の輸入販売の差止と損害賠償を求めて提訴した事件。BBS事件の東京高裁判判決(H 7. 3.23 東京高裁 平成06(ネ)3272 特許権侵害差止等請求事件)では、二重利得機会論を根拠とする国際消尽を認めて並行輸入者勝訴の判断がなされた。
(5) BBS事件の最高裁判決(H9. 7. 1 最高裁第三小法廷判決 平成7(オ)1988 特許権侵害差止等請求事件)では、最高裁は、「特許製品を国外において譲渡した場合に、その後に当該製品が我が国に輸入されることが当然に予想されることに照らせば、特許権者が留保を付さないまま特許製品を国外において譲渡した場合には、譲受人及びその後の転得者に対して、我が国において譲渡人の有する特許権の制限を受けないで当該製品を支配する権利を黙示的に授与したものと解すべきである。」との判断を示し、黙示の実施許諾を判決理由とした。
(6) 譲受人との間で特許製品の販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を合意し、それを製品上に明確に表示することは、並行輸入を阻止できることに対しての必要条件になるとしても、それが必要十分条件であるとまではいえないという意味で、明確になっていないという趣旨である。
(7) 今後の判例では、BBS最高裁判決にいう「明確に表示した場合」の具体的内容や、特許権者と「同視し得る者」の範囲はどこまでか、といった点が争点となり、判断基準が具体的に示されるものと思われる。学説では、「明確に表示した場合」に関して、言語は何語でも良いのか、製品自体に表示しなければならないのか、当初は表示があったが流通の過程で抹消された場合はどのように解するか、といった問題が検討されている(牧野利秋・飯村敏明著「新・裁判実務体系 知的財産関係訴訟法」初版第146〜150頁を参照)。

(H16.6作成: 弁理士 山本 進)


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