発行日 :平成29年 8月
発行NO:No39
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【1】不使用取消審判の活用について 
〜既に他社が登録している商標を自社の商標として登録することができる方法〜

1 不使用取消審判とは

  不使用取消審判とは、商標権者又は商標権者から許諾を受けた者が登録商標を継続して3年以上指定商品又は指定役務に使用していないとき、第三者がその登録の取消を求めることができる制度です。具体的には、商標法50条1項が下記のように規定しています。

継続して3年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をしていないときは、何人も、その指定商品又は指定役務に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。

  この制度の趣旨は、「商標法の保護は、商標の使用によって蓄積された信用に対し与えられるのが本来的な姿であるところ、・・・一定期間登録商標の使用をしない場合には、そのような信用が発生しないか、又は消滅してその保護の対象がなくなること及び不使用にかかる登録商標に対して排他的独占的な権利を与えておく理由はなく、かつ、その存在により商標使用を希望する第三者の商標選択の余地を狭めることから、そのような登録商標を取り消すことにある」とされています(知財高裁平成18年10月26日判決)。

  そして、社会通念上同一と認められる商標の使用によっても登録商標の信用は蓄積されていると言えることから、商標法50条1項の登録商標には、下記の商標が含まれることも条文上明確にされています。
    @書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標
    A平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて
    同一の称呼及び観念を生ずる商標
    B外観において同視される図形からなる商標
    C当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標


2 不使用取消審判の活用の場面について

  わが国における商標の出願件数と登録件数は、平成28年の1年間で、それぞれ161,599件、105,207件に上っています。商標権の権利期間は、10年ですが、単純に計算するとここ10年で100万件の登録商標が増えたということになり、これに更新登録申請のなされる登録商標が加わるのですから、現状では、いろんなネーミングについて既に他人が登録商標を有していることが多いという実情にあります。そのような状況ですから、新しい商品やサービスを企画して商標登録をしようとする場合、良いネーミングを思いついて調査をしても、既に他人が同じか類似のネーミングについて登録商標を有していたというケースは少なくありません。このような場合に、そのネーミングについて商標登録をすることをあきらめなければならいないのでしょうか。

  また、良いネーミングを思いついて、自社で商標出願をしたところ、特許庁審査官から同じか類似の登録商標があるという理由で拒絶理由通知が送付された場合に、その出願商標について商標登録をすることをあきらめなければならいないのでしょうか。
  しかし、上述した不使用取消審判制度があるのですから、調査の結果発見した自社の商標の登録の障害となる他人の商標登録を取り消すことができれば、商標登録を受けることができるようになります。また、拒絶理由通知で引用された他人の商標登録を取り消すことができれば、自社が出願した商標について商標登録が認められることになります。自社の商標の使用の障害となる他人の登録商標の問題を解決する方法として、その権利者と交渉して商標権の一部譲渡を受けたり、使用許諾を受けたりする方法もありますが、これらの場合に、実務上、他人の登録商標を取り消す方法として最も活用されているのが不使用取消審判です。

3 不使用取消審判の要件について

  それでは、どのような要件を満たすことによって、自社商標の登録の障害となる他人の登録商標を取り消すことができるのでしょうか。その要件の詳細を解説すると次のとおりです。
(1) 3年間継続して使用していないこと
  不使用取消審判の請求の登録前3年以内に登録商標が一度も使用されていないことが要件とされています(商標法30条2項)。したがって、他人の登録商標が登録から3年を経過していない場合には、この要件が満たされないので、取り消すことができません。そのため、先ず、他人の登録商標がいつ登録されたものであるのかを確認する必要があります。その登録商標が登録の日から3年を経過していない場合は、3年を経過するまで待つしかありません。
  また、不使取消審判を免れるためには、登録商標を使用していたことが必要ですが、その使用態様は、登録商標と社会通念上同一と認められなければなりません。上述したとおり、書体の変更による違いや同一の称呼及び観念のまま平仮名、片仮名及びローマ字の表示を相互に変更するものなどは社会通念上同一と認められますが、例えば、複数の意味のある英語をカタカナ標記した登録商標「ライト」と使用態様「light」の違いでは、社会通念上同一と認められないので、注意を要します。

(2) 使用権者における使用もないこと
  他人の登録商標の使用と認められるのは、商標権者による使用だけでなく、商標権者から使用許諾を受けた専用使用権者又は通常使用権者による使用も含まれます。専用使用権は、商標登録原簿に登録されなければ効力は生じませんので、商標登録原簿を閲覧すれば誰の使用が問題となるか判りますが、通常使用権は、登録の必要はなく、複数の者に許諾することも可能ですので、誰が通常使用権者かを調べる手がかりはありません。個人所有の登録商標の場合、社長として経営している会社がないかどうか、また法人所有の登録商標の場合は、親子関係等グループ会社があるかどうかの確認が必要です。

(3) 指定商品又は指定役務において使用していないこと
  不使用取消審判で登録商標が取り消されるためには、指定商品又は指定役務において登録商標を使用していないことが必要です。不使用取消審判は、指定商品又は指定役務を特定して請求しますが、審査基準では、「四角カッコで囲った見出しの商品又は役務に含まれるものは、原則として、互いに類似商品又は類似役務であると推定する」とされているので、取消後に自社出願商標について登録の結果を得るために、四角カッコで囲った見出しの商品又は役務のすべてを請求の対象とする必要があります。例えば、ポロシャツに自社商標を取りたいとした場合には、ポロシャツが例示されている四角カッコで囲った指定商品である「洋服 コート セーター類 ワイシャツ類」のすべてを請求の対象としなければなりません。そうすると、商標権者がポロシャツに使用をしていなくても、洋服の例示商品であるジャケットに登録商標を使用していたときは、請求対象の指定商品に登録商標を使用していたことになり、取消の結果を得られません。逆に、商標権者が被服であっても他の四角カッコで囲った「寝巻き類 下着 水泳着 水泳帽」に属するパジャマだけに登録商標を使用していたときは、「洋服 コート セーター類 ワイシャツ類」に登録商標を使用していたことにはならず、登録商標は「洋服 コート セーター類 ワイシャツ類」について取り消されます。不使用取消審判の請求をする際には、自社商標として取りたい指定商品又は指定役務と商標権者等が実際に使っている商品又は役務が審査基準上、類似関係にあるのかどうかを確認することが必要です。

4 不使用取消審判を請求する際の注意点

(1) 不使用確認の方法について
  不使用取消審判は、手間と費用を掛けて行うものですから、商標権者等が登録商標を使用していた場合には、答弁書で使用の事実が主張され、自社商標を登録する目的は達成されません。したがって、十分確認した上で、審判請求を決断する必要があります。具体的には、商標登録原簿で、商標権者の住所及び各使用権者の有無、過去に不使用取消を受けていないかを確認します。また、これらの者が法人である場合には、商業登記簿の記載事項を確認し、事業目的や登記事項の変更があるかどうかを確認します。さらに、ネット検索でこれらの者自体の事業内容や登録商標を表示しての事業展開があるかどうかを調査することになります。そして、もっとも慎重に行うならば、企業信用情報の取得や調査会社による使用調査を実施する場合もあります。

(2) 自社の商標登録出願について
  不使用取消審判を請求すると、商標権者に審判請求書が送付される前に、商標登録原簿に不使用取消審判の請求の登録がなされます。この請求の登録前であっても、商標権者等が審判請求がなされることを知って駆け込み的に使用をしたとしても、その使用が審判請求の登録前3か月以内であったときは、不使用取消を免れる登録商標の使用とは認められません(商標法50条3項)。この規定は、不使用取消審判の請求前に登録商標の譲渡又は使用許諾交渉を行う場合に交渉が成立しないなら審判請求をすると予告しておけば、駆け込み使用を防ぎつつ交渉が出来ることを狙ったものです。この場合、内容証明郵便など証拠に残る形で交渉を行うことが不可欠です。しかし、この規定があっても、取消の前に先回りして新規の商標出願をすることまでを防ぐことはできませんので、不使用取消審判を請求する前に、念のために自社の商標登録出願を行っておく必要があります。

(3) 審判請求の時期について
  不使用取消審判の請求をどのようなタイミングで行うかは、ケースバイケースと言えます。まず、自社の商標出願を既にしていた場合ですが、その商標が取消を検討している登録商標と同一ではなく、審査において拒絶理由の引例にならない可能性があるようなときは、審判請求の手数料や印紙代の負担を避けるためには、自社出願商標の拒絶理由通知を待って審判請求することになります。他方、その商標が取消を検討している登録商標とほぼ同一であって、審査において拒絶理由の引例になることが確実である場合には、早期に自社商標登録の結果を得るため、速やかに審判請求をするべきであると言えますが、その場合は、念のために自社商標より先に出願されている類似商標がないか検索しておくべきです。また、自社商標の出願をしていない場合で、対象となった登録商標が使用されていないことが確実である場合は、速やかに不使用取消審判の請求と自社商標の出願を行うべきですが、対象となった登録商標が使用されているかどうか不明である場合は、まず登録商標の譲渡又は使用許諾交渉を行い、その応答内容で不使用であるという心証を得たときに、不使用取消審判請求と自社商標の出願を行うことになります。但し、駆け込み的使用が制限されるのは、上述したように審判請求の登録前3か月以内ですから、遅くとも3か月を経過する前に不使用取消審判請求と自社商標の出願を行う必要があります。

(4) 自社における商標の使用について
  不使用取消の請求を認容する審決が出された場合、登録商標は、「審判の請求の登録の日」から消滅します(商標法54条2項)。実際に審決が出るのは、少なくとも数か月を要しますから、一定の期間、取消の効果が遡及することになっています。しかし、慎重に進めたとしても、必ず請求が認容されるとは限りませんから、自社商標の使用は審決が確定するまでは控えた方が無難です。不使用の事実が確実であっても、審判請求の登録の日までは商標権は有効に存在していますから、それ以前に使用を開始されることは、基本的には控えるべきことになります。

5 不使用取消審判請求の流れ

    不使用取消審判請求をするには、先ず特許庁に商標権者を相手方とする審判請求書を提出します。特許庁では、3人の審判官から構成される審判合議体が審理を担当することになりますが、商標権者に審判請求書副本を送付して、答弁をするように指令します。登録商標を審判請求登録前3年以内に使用していたことの立証責任は商標権者にあるので、この段階で商標権者が答弁書を提出しない場合は、審判合議体は、登録商標の取消審決をすることになります。商標権者から、答弁書が提出された場合は、答弁書副本が審判請求人に送付され、弁駁書を提出するよう指令されます。このような書面のやり取りだけで判断に適するケースでは、書面審理のみで審理終結通知が送付されますが、証人尋問などの証拠調べが必要と判断されたケースでは、各当事者が出頭した審判合議体による口頭審理が開催された後に審理が終結されます。審判合議体は、審理の結果、商標登録を維持すべきと考える場合は「維持審決」、取り消すべきと考える場合は、「取消審決」を行います。 これらの結論に不服のある当事者は、知的財産高等裁判所に審決取消訴訟を提起することができます。

  不使用取消審判請求の流れをすべて説明すると上記のとおりですが、実際上は、不使用の事実を確認した上で審判請求を行うケースが多いので、商標権者が答弁書を提出せずに審理が終結するケースが多いです。そのような場合の審理期間は、過去に弊所が取り扱った事件からすると、審判請求から取消審決まで約4か月の期間を要しています。

6 手続費用とその負担者について

    不使用取消審判の請求時に必要な費用は、下記のとおりです。
    審判請求のための印紙代が1区分でも5万5千円がかかりますが、取消審決が確定した場合には、この印紙代は商標権者の負担となります。商標権者が現在も事業を行っている法人等の場合、審決確定後、審判費用の確定決定の申立を行って、その決定を受領すればこれに基づいて費用を請求することが可能で、弊所では、不使用取消審判のご依頼があれば、その手続まで行っています。
    不使用取消審判には、それなりの手間と費用がかかりますが、取消の結果を得た場合には一度は納付した印紙代が戻ってくるという可能性もありますので、既に他社が登録している商標でも、その商標が不使用であれば、自社の商標として登録することができる方法として不使用取消審判を活用することをご検討ください。

    1区分   2区分   3区分 4区分  
審判請求手数料 50,000円   60,000円   70,000円 80,000円  
消 費 税 4,000円   4,800円   5,600円 6,400円  
印 紙 代 55,000円   95,000円   135,000円 175,000円  
合  計 109,000円   159,800円      210,600円    261,400円     
※1 自社商標の出願をする費用は含まれていませんが、拒絶理由通知を受けてから依頼される場合は、中途受任手数料及び審判請求を説明する上申書提出費用は不要です。
※2 審判手続において、相手方の答弁書に弁駁する場合、別途提出費用が必要です。
※3 上記には審判費用決定申立と相手方へ審判費用を請求する手数料を含みます。
※4 報酬金は、50,000円+40,000円×追加区分数(税別)ですが、相手方から審判費用の取立ができなかった場合は不要です。
※5 事前に譲渡交渉をする場合は、交渉手数料30,000円(税別)が必要です。
※6 不使用の事実を調査する費用、書類取寄費用、内容証明郵便代は別途必要です。

以 上

(H29.7作成: 弁護士 溝上 哲也)
→【2】論説:近年の商標の判例について(その1)〜
→【3】論説:歌詞の転載・引用と著作権侵害について〜
→【4】記事のコーナー:無料調査ツールあれこれ〜
→【5】記事のコーナー:アンケート「自分を動物に例えると」〜
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