発行日 :平成20年 7月
発行NO:No21
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【1】論説〜弁護士就職難時代と司法試験合格者数の適正化について〜
1 司法改革の現状
  司法試験合格者数を2010年に年間3000人に増やす政府方針について、日本弁護士連合会は7月18日の理事会で、「数値目標にとらわれず、増員のペースダウンを求める」とする緊急提言を採択し、8月6日開催の大阪弁護士会臨時総会では、「司法試験合格者数の適正化を求める決議」が採択されました。政府が司法改革に必要な司法の基盤整備を怠る一方で、裁判官・検察官の増員を抑制し、新規登録弁護士の就職難が社会問題化するなど、法曹の質の低下が懸念されるため、司法試験の合格者数を適正な数にするべきであるとするのがこれらが採択された理由です。
  このような弁護士会の動きに対して、政府が進めてきた司法改革に逆行するとか、競争激化を心配するのが本音だとかの指摘がマスコミ報道などにおいてなされていますが、このような指摘は果たして根拠のあるものと言えるのでしょうか。

2 司法試験合格者の推移
  司法試験の最終合格者は平成2年までは長年に渡り500名前後でしたが、その後、漸増し、平成11年には、1000人と2倍増になりました。そして、平成14年3月に閣議決定された「司法制度改革推進計画」に盛り込まれた司法制度改革審議会意見書の提言で平成22年頃に合格者年間3000人を達成することを目指すとされたため、司法試験合格者の更なる増加が図られました。この審議会意見書は、「国民が必要とする質と量の法曹の確保・向上こそが本質的な課題である。」との認識に基づき、「国民生活の様々な場面における法曹需要は、量的に拡大する」という想定に基づくものでした。その結果、司法試験合格者は、平成14年には1183人、平成16年には1483人、平成18年には1558人となり、平成19年には2099人と、遂に2000人を超えることとなりました。この20年弱の期間で4倍増と急激に増加したという訳です。

3 司法試験合格者増の弊害
  これまでの司法試験合格者の増加により、法曹人口、とりわけ弁護士登録者の増加によって、弁護士の地域的偏在が解消されつつあります。弁護士偏在問題については、全国の弁護士の努力と拠出により、公設事務所・法テラスのスタッフ弁護士の配置等がなされ、弁護士ゼロ地区が平成20年6月に解消するという成果が上がっていますが、 京都の白浜徹朗弁護士がコラム で分析されているように、新規登録者の増加によって、地方の弁護士会の会員数が増加するという成果も上がっています。この点については、司法試験合格者の増加が、弁護士の地域偏在解消という側面においては、企業や市民が必要とする法曹の確保に役立ったと言えます。
  しかし、司法試験合格者の増加に対応するため、従前は2年間であった司法修習の期間が平成11年からは1年6か月とされ、平成18年末からは1年とされ、最も実務の研鑚を積むのに適切な司法修習期間が十分確保されないこととなりました。その上、裁判官や検察官が担当する修習生の数も多くなり、指導者が1人の修習生を指導する時間も少なくなってしまっています。また、修習期間の短縮を補うことなどの役割を担って法科大学院を修了した者のみが司法試験を受験できるとする新司法試験制度が導入されましたが、各地の大学が生き残りをかけて法科大学院を乱立させたたため、指導体制が不十分なまま、法科大学院が司法試験の予備校化し、法理論の基礎知識が欠けていたり、実務の導入教育ができていない状態で、司法試験に合格する者が増えてきています。そして、短期大量修習の弊害も相まって、司法修習の修了試験(二回試験)の不合格者が、平成12年に19人、平成16年に46人であったものが、平成18年には107人と急増し、平成19年には新旧合わせて合計147人が不合格になっています。これらの事実は、司法修習修了者の質の低下を懸念させるものです。

  さらに、法曹三者のうち裁判官・検察官のこれまで8年間の増員については、増加率で弁護士の半分程度に止まっており、司法試験合格者の就職難が極めて深刻になってきています。これまでの司法改革の議論の中で必要とされた司法制度の基盤整備も不十分で、民事法律扶助や国選弁護などの司法予算も低廉なままである状況では、弁護士側の採用の努力も臨界点を超えている状況にあります。日本弁護士連合会が今年中に修習を終える司法修習生に実施したアンケートでは、弁護士登録を目指しながら就職先が決まっていない修習生が25%に上り、前年同期のほぼ倍になっているとのことで、弁護士就職難時代はすでに始まっています。 愛知の寺本ますみ弁護士のブログ では、愛知県弁護士会で、来年、就職せずにいきなり独立する弁護士が10人程度でる見込みで、昨年登録の60期で就職先の事務所をやめて独立した弁護士が8名ほどいて、そのうち1名は会費を払えず退会したという状況も報告されています。これまで法曹は、弁護士を含め、司法修習修了後、実際に実務を行うなかで必要な能力を身につけて、その質を向上させてきましたが、このまま法律事務所に質の向上のために必要な期間の就職ができないまま登録する弁護士が多数出現すれば、企業や市民が必要とする法的サービスの質が確保されないまま、ただ弁護士の数が増えるという状況になってしまうことが危惧されます。その他、現行の合格者では質が低下するとするいくつかの理由については、 小倉秀夫弁護士のブログ に詳細に述べられています。

4 今後のあるべき法曹養成制度について
  最近の報道等にある弁護士就職難と危惧される法曹の質の低下の主たる要因は司法試験合格者数の急激な増加にあると思われます。全国の弁護士による採用努力は限界に達しつつあり、企業や自治体で採用の動きも少なく、他に司法試験合格者の急増を補う法曹需要の増加も生じていない現状では、平成22年頃に司法試験合格者数を3000人程度とする数値目標にとらわれることは、法曹の質の低下を加速し、企業や市民が必要とする法的サービスの適正な実施がますます困難になると予想されます。法律を知らない弁護士が増えたり、勝てるはずのない訴訟を提起する弁護士が増えることは、企業や市民にとって望ましいことではないはずです。このような事態は、そもそも「国民が必要とする質と量の法曹の確保・向上こそが本質的な課題である。」という司法制度改革審議会意見書の提言の目的とするところにも反することとなってしまいます。
  そもそも5年以上前に提言された「数値目標3000人」もわが国の法曹需要の現状と将来予測を厳密に分析して目指されたものではありません。2回にわたって実施された新司法試験の結果は、全国で74校にのぼる法科大学院における教育の現状が均一ではないこと、質・量共に当初予定されていたレベルに達しておらず、短期大量修習による実務研鑚の不十分を補えないことを示しています。法科大学院と司法試験のあり方についても、抜本的な見直しを検討すべきですし、法曹の質という観点からは、最も効果的にオン・ザ・ジョブ・トレーニングをなし得た修習期間の短縮が司法改革の名の下に実施されたことを見直すべきでしょう。

  社会的な需要という観点においても、日本においては、税理士、弁理士、司法書士など法律専門職が存在し、これらの周辺士業を含めた法曹需要が不足している事実があるのかどうか疑問です。法曹需要については、法科大学院の既得権益や司法改革を提唱した者の面子にこだわることなく、これらの現状を冷静に分析し、懸念される法曹の質を確保するにはどうすれば良いのかという視点から、判断されるべきです。
  今後、司法試験合格者は、法曹の質を確保することに十分に配慮した上で、社会の現実の需要に見合った適正な合格者数に減少させるべきと思われます。
以 上

(H20.8作成: 弁護士・弁理士 溝上 哲也)


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