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発行日 :平成19年 1月
発行NO:No18
発行 :溝上法律特許事務所
弁護士・弁理士 溝上哲也
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【1】論説〜先使用権制度の意義と活用について〜
1 先使用権が注目されるようになった背景
日本企業が日本の特許庁に出願する特許の件数は年間約36万件とされていますが、このうち外国にも出願されて特許になる件数は約3万件にすぎないとされています。他方、特許制度は、技術を公開した代償として出願人に独占権を与える制度であるため、出願された特許は、1年半後にはすべて公開されるので、特許電子図書館で特許出願情報が全世界に公開されている現在では、年間約30万件を越える日本の技術が海外に流出していることになります。特許庁のサンプル調査によれば、特許電子図書館へのアクセス数は、ページビューベースで韓国からの5万件以上を筆頭に、アメリカ、台湾、中国が1万件以上となっており、日本企業の大量出願により、有益な製品技術や生産技術がこれらの国に流出することとなって、日本の国際的な競争力が低下することが懸念されています。
このような技術情報の海外流出を防ぐために、特許庁は、先使用権を活用して、防衛出願以外の方法で、生産・製造方法、ノウハウの保護を図ることを促すため、平成18年6月に「先使用権制度ガイドライン(事例集)」を公表しています。
2 先使用権の意義
先使用権とは、他人の特許発明の内容を知らないで、その特許出願前から同じ内容の発明を実施又は実施の準備をしていた者に対して、法律上与えられる無償の実施権のことです(特許法79条)。特許権者は、特許発明の技術的範囲に属する他人の発明の実施を差し止めることができますが、先使用権者は、特許権者に実施料を支払うことなく、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、特許発明を継続して実施できるので、特許権者は、先使用権者に対して、差止も損害賠償も請求することができません。したがって、先使用権制度を利用すれば、防衛的な特許出願のように技術が公開されることなく、他社からの権利行使を防止することができます。
先使用権制度が認められている趣旨は、先に出願した者が特許権などの権利を取得するという先願主義によって権利が取得された場合、特許されたのと同じ内容の発明などをこの出願をする以前からすでに使っている者があるとき、他人が出願して特許されたからといって、その時点から使えなくなるのでは著しく公平を欠き、また事業設備などを廃棄しなければならなくなって、社会経済上および産業政策上好ましくないことにあるとされています。
なお、先使用権は、特許と同じ技術的工夫を対象とする実用新案や、物品のデザインを対象とする意匠においても、特許と同様に認められています。
3 先使用権の成立要件
特許法79条で定められている先使用権の成立要件は、次のとおりです。
(1)特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得したこと。
(2)特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をし、又はその事業の準備をしていること。
上記(1)については、法文上、二つの発明が全く別個になされたことを必要としていると解する見解があります。この見解によれば、自己の発明の内容を知った第三者が発明者に無断で出願をした場合や発明者からその発明を知得して実施した者に先使用権が発生することは想定されていないことになります。しかし、関係者間の公平ないし社会経済上の観点から先使用権が認められている趣旨からすれば、本来の権利者や正当な権限に基づき発明内容を知った者にも、先使用権の成立を認めるべきであると考えます。学説においても、出願発明と別ルートでなくとも、ルートが正当であることを理由に先使用権の対象とすると解する見解が有力です(中山信弘「公共の福祉の現代的機能」ジュリスト447号137頁、吉藤幸朔「特許法概説13版」579頁)。
また、上記(2)については、特許出願前に実施したことがあるだけでは足らず、現に実施していることが必要です。現に事業の準備をしている場合にも先使用権の成立は認められますが、どの程度の事業の準備をしていればいいかは、法文上は明確ではありません。この点については、最高裁昭和61年10月3日判決が、「事業の準備」とは、その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味すると判示していますので、単に概要を計画として発表しただけであったり、改良前の試作の途中であったり、実施品の内容が確定していなかったという段階では足りず、実際に詳細な計画に従って見積を取得したり、工場の建築や製造設備・金型の製作に着手したり、原材料を購入したりしていることが必要となります。
4 先使用権が認められる範囲
先使用権が認められる範囲は、法文上、「その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において」とされています。
この点について、先使用権が実施等をしている発明全体に及ぶのか、実際に実施している実施形式に限定されるのか争いがありましたが、前述した最高裁昭和61年10月3日判決は、「実施又は準備をしている発明の範囲」とは、特許発明の特許出願の際に先使用権者が現に日本国内において実施または準備をしていた実施形式に限定されるものではなく、その実施形式に具現されている技術的思想すなわち発明の範囲をいうものであり、したがって、先使用権の効力は、特許出願の際に先使用権者が現に実施または準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶと判断しています。この判例の基準からすると、実際に実施している実施形式に限定されずに、同一の発明とされる部分にも及ぶことになり、先使用権は、ある程度の広がりをもった範囲に効力があることになります。
また、先使用権者が実施していた「事業の目的」の範囲内であれば、その事業についての規模の拡大や設備の更新も含むことになりますが、輸入・販売だけを行っていたような場合には、後日、実施形式の異なる製造を開始することはできません。
5 先使用権の立証方法
先使用権の有無について争いがあれば、確認訴訟を提起して確認を求めたり、侵害訴訟の被告として抗弁事由として主張する必要があります。そして、先使用権の成立要件は、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をし、又はその事業の準備をしていることですから、これらの訴訟の審理においては、事業を実施し又はその準備をしている事実を客観的に証明するに足りる証拠を提出することになります。先使用権が成立しているか否かは、過去の特許出願時で判断され、特許出願をしなかった先使用権者には通常公的な書類が残されていないため、その立証は困難である場合が少なくありません。後日の立証に備えるためには、企業内において、研究開発の着手から、試験、発明の完成、事業の準備、実施に至るまでの一連の事実を記録して、他人が認識できるような資料で残しておく必要があります。
それでは、先使用権の立証のために有効な証拠資料としては、具体的にどのようなものがあるのでしょうか。
先使用権の立証のための証拠資料としては、例えば、研究ノート、打合せ議事録、技術成果報告書、設計図、仕様書、事業計画書、事業開始決定書、見積書、契約書、請求書、納品書、帳簿類、作業日誌、カタログ、パンフレット、商品取扱説明書、製品サンプル、ビデオ撮影した映像などが挙げられています。これらの証拠資料は、いつの時点で作成されたかが重要ですので、日付を記録して、作成者が自署することが望ましいと言えます。また、証拠としての信用性を高めるためには、容易に消せないボールペンで記入しておくことや後日の差し替えや書き込みができないように、綴じ込まれたものや空白を作らないように作成する配慮も必要です。そして、社外の専門家である弁護士や弁理士に意見書の作成や立会いを求めたり、公証役場で確定日付の取得をしたり、事実実験公正証書を作成してもらう方法を使えば、より確実な証拠資料を確保することができますので、重要な技術を特許出願せずにノウハウとして保有するような場合は、これらの方法で先使用権が確実に立証できるようにしておくことが必要と思われます。
(H19.1作成: 弁護士・弁理士 溝上 哲也)
→【2】論説:テレビ番組の一括録画配信装置と著作権侵害
→【3】論説:特許権を侵害する旨の取引先への告知が、権利非侵害となった場合に、不正競争防止法2条1項14号に該当するかについて
→【4】記事のコーナー :平成18年意匠法・商標法等の改正について
→【5】記事のコーナー :おせち料理について
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