発行日 :平成15年 1月
発行NO:No10
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【1】論説〜契約書の法律問題〜
(1)契約書の必要性

契約とは、相対立する2人以上の当事者が法律的効果の発生を目的とする意思表示をなし、この意思表示が合致することにより成立する法律行為のことを言います。遺言や債権放棄が単独の意思表示で成立するのに対し、複数の当事者の意思の合致が必要とされる点が異なります。契約については、近代市民法の原則とされる「契約自由の原則」により、@締結するかどうか、Aだれを相手方とするか、Bどのような内容とするか、Cどのような方式によるかがそれぞれ自由とされています。契約書がなければ契約が成立しないとか、契約書に調印しなければ契約は有効とならないという条文は法律にはありません。したがって、契約は当事者双方の意思の合致さえあれば、契約書を作成していなくても、それだけで成立するのが原則ということになります。
それでは、何故、企業間の取引や一般社会生活で契約書の作成が頻繁に行われているのでしょうか。
現代社会においては、産業の発展に伴って、重要な財産や高価なサービスについての取引が行われ、その内容も契約の履行に日時を要したり、複雑多岐にわたることが多いので、当事者双方の意思の合致という、いわゆる口約束だけでは、お互いの関係を規律するのが不十分になってきました。特に、組織と組織の関係である企業間の取引では、担当者や代表者の変更があることを考慮すれば、口約束で全てを規律できないことは明らかです。そのため、契約書を作成することによって、契約の成立とその内容を文書で確定し、契約上の義務が間違いなく履行されるようにする必要が生じます。
また、後日、相手方が契約の存在を無視したり、従前の約束どおりの履行をしてくれなかったら、その責任を追及することになりますが、このような場合に、契約書は、裁判官などの第3者に対して契約の有無、内容などについて納得してもらうための証拠となります。契約書などの文書は一般的に証明力が高く、これに契約の当事者双方が署名捺印しているとなると、後日、その存在や内容を争ったり、効力を否定することは極めて困難です。したがって、契約書は、当事者間でトラブルが発生したときに、確実で有力な証拠とするためにも作成しておく必要があるということになります。

(2)契約の種類と締結方法

契約の種類としては、婚姻や養子縁組などの身分関係の発生を目的とする身分契約や抵当権設定などの物権の創設を目的とする物権契約もありますが、契約という場合に、最も頻繁に締結され、社会生活の中でも重要な機能を営んでいるものは、債権の発生を目的とする債権契約です。
債権契約としては、民法債権編に、贈与、売買、交換、消費貸借、使用貸借、賃貸借、雇傭、請負、委任、寄託、組合、終身定期金、和解の13種類の契約(典型契約)の規定がありますが、これに規定されていない契約(無名契約)も契約としては有効であり、前述した「契約自由の原則」により、現代の一般社会においては、多種多様の契約が存在しています。これらの契約は,その法的性質によって,有償契約・無償契約,双務契約・片務契約,諾成契約・要物契約などに分類されています。
契約の締結方法についても、前述した「契約自由の原則」により、どのような方法で締結するかは、各当事者の自由とされています。すなわち、口頭での契約、電子メールでの契約、手紙や注文書などのやり取りによる契約、一方が差し入れる書面での契約、双方が記名捺印する書面での契約、公正証書による契約、裁判所の和解調書による契約などのいずれの方法によっても契約の締結は可能です。  
しかし、次の契約については、各法律が特別の規定を置いて、例外として、契約の締結を書面でしなければならない場合を定めています。

@農地の賃貸借契約(農地法25条)
A建築工事請負契約(建設業法19条)
B割賦販売契約(割賦販売法4条)
C定期借地権設定契約(借地借家法22、24条)
D定期建物賃貸借契約(借地借家法38、39条)

(3)契約書作成のポイント

契約書は、上述したように後日の履行やトラブルに備えて作成し、裁判その他の場面で有力な証拠書類となるものですから、契約書を作成する際には、これらの目的を念頭に置いて、作成する必要があります。具体的には、次のような点に注意して、作成することが肝要となります。

(1)契約の当事者の確定
会社と個人との区別、保証人と立会人との区別、本人と代理人との区別などに注意し、契約の効力の及ぶ範囲は誰かについて確認しておく必要があります。契約は、相手方との意思の合致が必要なので、できるだけ相手方本人と直接契約する方が望ましく また、会社等の法人であれば、その契約締結の権限がある人かどうかについても注意すべきです。

(2)契約対象の正確な表示
いくら漏れなく、法律的にも十分検討された契約でも、契約の対象を正確に表示していなければ、正しい契約書とはなりません。例えば、売買契約の対象となる土地が3筆あるのに2筆だけを表示したような場合、後日、自分が買ったと思っていた土地の一部が他人の土地のままだったなどという結果も生じます。契約対象物の所在、地番、家屋番号、登録番号などの権利の対象となる物を特定する事項や品目、数量、単価、構造、仕様など目的物の範囲や価格を特定する事項などを正確に表示する必要があります。

(3)契約の趣旨と条件の具体的な記載
締結しようとする契約が売買か、賃貸借か、請負かなどについて、その契約の趣旨を明確にするとともに、契約条件については、順序立てて整理し、具体的に記載することが肝要です。紛らわしい表現は後日の紛争の切っ掛けになるので、契約の内容は、1条ごとにできるだけ具体的に記載するように注意する必要があります。

(4)将来の紛争に対応する条項の検討
契約書は、後日の履行やトラブルに備えるために作成されるものですから、取引や支払がスムーズにいかなかった場合を想定して、どのような対応策を採れるのか、契約違反に対して違約金や損害賠償の範囲はどこまで請求できるのかなど将来の紛争に対応する条項を決めておくことが不可欠です。また、紛争が生じたときに、どこの裁判所や仲裁機関で審理されるか、外国との契約の場合は、どこの国の法律が適用されるかなどの点が決められているかも確認しておく必要があります。

(5)証拠書類としての形式
契約書が、後日の証拠書類として機能するということから、偽造や変造防止のためにどのような形式で作成するかについても配慮しておくべきです。争いのない証拠とするためには、契約書は当事者の数だけ作成して、各自がそれぞれ保管しておくことが望まれます。また、偽造や変造を予防するため、署名捺印のうえ作成年月日を必ず記入し、書類が数枚にわたる場合には、必ず割印をする一方で、必要な箇所以外には捺印をしないという配慮が必要です。

(4)契約書が作成できないときの対処法

取引に際して、必ず契約書が作成され、その内容が上記のポイントに配慮したものであれば、後日のトラブルに対する心配はないといえますが、実際には、契約書の作成が慣行となっていない業界や様々な理由で書面化を嫌う相手方も多いのが実情です。
そのように契約書が作成できないときには、どのように対処すべきなのでしょうか。
本来、契約の締結が双方にとって利益をもたらすものであれば、この取引については契約書の作成が必要で、当方が作成するので、是非、契約書を取り交わしましょうと粘り強く交渉すれば、相手方もこれに応じるはずです。
しかし、それにも応じない場合で、取引を継続するとなると、契約書に変わる方法で契約内容の確定や証拠の確保をするしかありません。例えば、注文書と請書の交換により代替し、できるだけ記載内容を詳しくしておく方法や通信文や電子メールに契約の内容を記載し、これに対する返事をもって契約内容を証拠立てる方法が考えられます。また、「契約書」という標題を拒否する相手方に対しては、「覚書」や「取引条件」という標題の文書に署名してもらうという方法や「議事録」を交付する際に出席者として捺印してもらう方法もあります。要するに、相手方が契約内容を知っていたということを、できるだけ相手方が関与した文書ややり取りの形で証拠としておくことが必要で、そうすれば、不十分ながらも契約書に代わってその内容を証拠立てられるということになります。 

(H15.1作成: 弁護士 溝上哲也)



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