発行日 :平成28年 7月
発行NO:No37
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【2】論説〜特許権侵害の損害額の算定において、製品の保守費用の利益額を特許権者の逸失利益として含めることができるかについて判断された事例〜
1.特許法102条1項の趣旨
  特許法102条1項本文は、侵害製品の譲渡数量に特許権者の製品の単位あたりの利益額を乗じた額をもって特許権者の損害の額とすることができる旨を規定している。また、特許法102条1項但書きは、同項本文で算定される損害額については、侵害者側が「販売することができないとする事情」を立証すれば、当該事情に相当する数量に応じた額を控除できる旨を規定している。

  特許法にこのような規定が設けられた趣旨は、次のように説明されている。
  すなわち、侵害製品の販売により特許権者の製品の販売数量が減少した場合、特許権者は、民法709条に基づいて、侵害行為がなければ得られたであろう利益(逸失利益)について損害賠償請求ができるが、一般に、侵害行為と因果関係のある販売数量の減少の範囲を特許権者が立証することは困難である。特許法102条1項の規定が導入される以前は、『市場構造が極めて単純で、「侵害製品の販売数量すべてを権利者が販売し得た」ことの立証ができた場合にしか逸失利益の賠償が認められておらず、それ以外の場合には、妥当な損害の填補がなされているとはいえない状況であった。』とされており(産業財産権法逐条解説第19版)、逸失利益の認定はオール・オア・ナッシング的なものにならざるを得なかった。また、侵害者側が侵害製品の販売によって得た利益を損害額と推定する従前の規定(現在の特許法102条2項)による場合は、侵害者が利益を挙げていないか、あるいは利益額が寡少なケースでは、特許権者の逸失利益との間に大きな開きがあって妥当な損害額が認定できないという問題があった。

  つまり、特許法102条1項の意義は、「販売することができないとする事情」に関する立証責任を侵害者側に転換することで、事案に応じて柔軟に控除すべき販売数量を認定可能とし、これにより適正な損害額の算定を実現する点にあると考えられる。

2.判例
  本稿で取り上げる判例(知財高裁平成28年6月1日判決、平成27年(ネ)10091号特許権侵害行為差止等請求控訴事件)は、発明の名称を「破袋機とその駆動方法」とする本件特許権(特許第4365885号)を有する一審原告が、被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するもので、一審被告が被告製品を生産・譲渡等する行為は、本件特許権を侵害すると主張し、一審被告に対し、被告製品の生産・譲渡等の差止めと共に、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金の一部として2816万9021円の支払を求めた事案である。
  原判決は一審原告の請求を一部認容し、被告製品の販売差止及び1756万3700円の損害賠償金の支払いなどを認めた。本件は、一審原告と一審被告の双方が、それぞれ原判決中の敗訴部分を不服として控訴したものである。
  本判決は、先ず、特許法102条1項の趣旨について、「…民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,…侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより,…より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。」と説明した上で、特許法102条1項の「単位数量当たりの利益額」とは、特許権者の製品の販売価格から製造原価及び製品の販売数量に応じて増加する変動経費を控除した額(限界利益の額)であり、その立証責任は、特許権者の実施能力を含め、特許権者側が負うものと解すべきであると判示した。

  一方、本判決は、特許法102条1項但書きの「販売することができないとする事情」については、侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情を対象とするもので、例えば、市場における競合品の存在、侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告)、侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)、市場の非同一性(価格,販売形態)などの事情がこれに該当し、その立証責任は侵害者側が負うことを明らかにした。

3.製品の保守費用について
  本件では、特許法102条1項により算定される損害以外に、売れるはずであった特許権者の製品の保守費用の利益額についても特許権者の逸失利益として損害額に含める主張がなされ、これに対する裁判所の判断が示された。以下、製品の保守費用に関する争点について説明する。

ア 一審原告の主張
  一審原告は、控訴審では、次のように主張している。すなわち、被告製品(一軸破袋機)の使用の継続には、回転体の揺動回転の制御機構を構成する減速機の潤滑油、摩耗する刃物の交換等の保守が必要となる。一軸破袋機に使用される刃物の形状・材質等は、製品ごとに異なるので、上記保守は一軸破袋機の販売者が行うことになる。
  ここで、被告製品が販売されたとしても、その譲受人が被告製品の使用を継続しない場合については、当該譲受人は、原告製品を購入し、使用することになるから、一審原告は、当該原告製品の保守を行い、保守費用を得ることができる。これに対し、被告製品の譲受人が被告製品の使用を継続する場合は、一審原告は、保守の機会を失い、保守費用相当額の損害を被ることになる。よって、一審被告は、被告製品を保守することで、譲受人による被告製品の使用を継続させ、又はこれを容易にさせているということができるから、譲受人による不法行為(被告製品の使用)を幇助したものとして、共同不法行為責任を負うものである、という主張である。
  なお、一審原告は、被告製品の保守による損害額としては、被告製品の各納入時のときから原告製品が納入されていた場合を想定し、その積算として計357万9837円を請求している。

イ 一審被告の反論
  一審被告は、控訴審では、次のように反論している。すなわち、一審被告は、販売先と保守契約は締結していないが、販売した被告製品について補修や部品交換の依頼があれば、当然にこれを行う。しかし、被告製品の補修や部品交換自体は、侵害行為ではないから、新たな侵害品の製造行為と評価されるような場合や間接侵害に該当する場合でない限り、独立の不法行為とはならない。したがって、侵害品の補修や部品交換は、違法な行為ではないのであって、一審被告が被告製品の使用の継続を容易にさせているとはいえない。
  また、一審被告が被告製品を販売したことによる一審原告の販売機会の喪失による損害は、被告製品の販売を特許権侵害と評価することで全て補填されるから、一審原告には、譲受人による被告製品の使用、転売等による損害は認められない、という反論である。

ウ 裁判所の判断
  原審、控訴審を通じて、製品保守費用に関する争点では、一審原告の主張は排斥されている。控訴審における判示は、次のとおりである。
『 一審原告は,一審被告は被告製品を保守することで,被告製品の譲受人による被告製品の使用を継続させ,又はこれを容易にさせているということができるから,譲受人による被告製品の使用につき,その行為の幇助者として共同不法行為責任に基づき,損害賠償責任を負う旨主張する。
  しかし,一審原告の上記主張は,幇助の対象となる使用行為を具体的に特定して主張するものではないから,失当である上,一審被告が,被告製品について具体的に保守行為を行ったことを認めるに足りる証拠はない。また,被告製品の使用により一審原告が被った損害(逸失利益)は,前記(1)の譲渡による損害において評価され尽くしているものといえ,これとは別に,その後被告製品が使用されたことにより,一審原告に新たな損害が生じたとの事実については,これを具体的に認めるに足りる証拠はない。さらに,保守行為によって特許製品を新たに作り出すものと認められる場合や間接侵害の規定(特許法101条)に該当する場合は格別として,そのような場合でない限り,保守行為自体は特許権侵害行為に該当しないのであるから,特許権者である一審原告のみが,保守行為を行うことができるという性質のものではない。
  以上によれば,一審原告の上記主張は理由がない。』

エ 考察
  本判決は、「被告製品の使用により一審原告が被った損害(逸失利益)は,…譲渡による損害において評価され尽くしている」と判示している。この判示からすれば、特許権者は、侵害訴訟において、特許法102条1項に基づき、特許権者の製品の販売価格から製造原価及び製品の販売数量に応じて増加する変動経費を控除した限界利益の額を「単位数量当たりの利益額」として損害額を算定することは認められるが、それ以上に、売れるはずであった特許権者の製品の保守費用によって得られたであろう利益額まで当然に請求できる訳ではないことが理解できる。
  また、侵害品の譲受人が侵害品を使用する行為は特許発明の実施に該当するとしても、本判決が述べているとおり、侵害品の譲渡人が行う保守行為自体は、特許製品を新たに作り出すものと認められる場合や間接侵害の規定に該当しない限り、特許権侵害となるものではなく、特許権者のみが行えるという性質のものでもない。
  よって、譲渡人の保守行為を捉えて直ちに共同不法行為を構成するということは困難である。そして、本件においては、「幇助」について十分な主張立証がなされていないというのであるから、裁判所の判断は妥当である。

(H28. 7作成: 弁理士 山本 進)


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