発行日 :平成27年 1月
発行NO:No34
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【3】締結してしまった契約について〜
0,はじめに

  私達は,日常生活において数々の契約を締結しています。毎日の食品の購入・美容院の利用・宅配便の利用・子供の塾の通塾等々比較的契約であることを意識するものもあれば,友人との物の貸し借り・贈り物,街での試供品の受け取りといった、あまりどのような契約なのか意識しないものもあります。
  そういった契約について,色々な方と話していると、ふと思うことがあります。それは、一旦契約してしまった後にその契約を取り消したり,解除したりすることが可能なケースやそもそも当該契約が当事者を拘束しえない無効な契約であるといったケースがあることがあまり認識されていないということです。

  そこで,以下ではどのような契約の場合に上記のように,取り消したり・解除したり・そもそも無効であるといえるのか裁判例も参考に簡単に述べます。 なお、取り消し・解除・無効と区別して用いており、明確な違いがあるものではありますが、本稿で述べたい契約の拘束力からの解放との関係ではあまりその違いにこだわる必要はないため,いずれも契約から解放されることを指すと理解してもらえばいいかと思います。

1,比較的理解されているケース

  あくまで私見ですが,例えば購入した商品に欠陥があるとか,依頼した契約通りの状態に仕上がっていないといったような場合に,当該契約を解除したり,商品の交換依頼やもう一度契約通りにやり直してもらうということが可能なケースがあるということは比較的広く認識されているような印象を受けます。常識的感覚と整合するからだろうと思うのですが,このような感覚は法律上も正しいといえます。ただし,どの程度の欠陥であれば主張できるのかとか,依頼した契約通りにどの程度仕上がっていない場合に主張できるのかという問題は別に残っています。
  しかし,本稿で私が述べたい,契約の拘束力から解放されるケースの認識という意味では比較的認識されているといえるだろうと思います。

2,比較的広く認識されているとは言えないケース

    他方,あまり契約の拘束力から解放されうるとは考えられていないと思われるケース,すなわち,「もう契約してしまったんだから,諦めるしかないか」と済まされてしまっていることが多いと思われるケースについて裁判例等を参考に見てみます。

@購入したマンションの真下にあるポンプ室からの騒音によって,売買契約が無効とされた事例(大阪高判平12・12・15判時1758・58)
 :AさんはB社からマンションの2階の1室を購入した。購入に際し,Aさんは図面の1階部にある受水槽との記載に関し,Y社に対して「音はしないの。」と尋ねたのに対して,Y社は「昔はしましたけど,今はしません。」と答えたという事情が存した。購入後,Aさんが本件居室に居住を開始した直後から,本件居宅の下で騒音がするとして,Y社に対して対策を申し入れた。Y社が,設計・建築会社と共に騒音の原因を調査したところ,本件居宅の真下に設置された給水ポンプ室からの騒音が原因であることが判明し,数次にわたって防音・消音工事を行ったが,依然Aさんは防音工事が不十分であると主張して,売買代金の返還を求めた事例。
本件売買契約は無効であるとして,売買代金の返還を認めた
 
A期間の定めのある借家を途中解約する場合の違約金について一部が無効とされた事例(東京地判平8・8・22判タ933・155
  :BはAに対して,建物の4階と6階部分を月額賃料,期間4年間,保証金3700万円を3年9か月にわたり分割で支払う,Bが期間満了前に解約する場合には解約予告日から期間満了日までの賃料・共益費相当額を違約金として支払う旨の特約付きで貸し渡した。Aは10か月程度で,賃料・共益費の支払を遅滞したので,AとBは6階部分について合意解約し,Aは明け渡した。そこで,BはAに対し,違約金条項に基づいて約3年2か月相当の567万8875円の支払いを求めた。
  →賃借人であるAに著しく不利であり,賃借人の解約の自由を極端に制約する            ことになるから,1年分の賃料及び共益費相当額の限度で有効であり,その  余の部分は公序良俗に反して無効とした
 
B詐欺商法を行う事業者が販売する商品代金の支払いのために金銭を貸し付けることが詐欺の幇助として公序良俗に反し無効であるとされた事例(東京地判平16・8・27判時1886・60
 :Bは、AらがCから購入する商品代金の支払い資金として。Aらに対して、それぞれ50万円を貸し付けた。しかし、Cは偽ブランド品や効能のない無価値な健康食品等の商品を、ブランド品や特別な効能を有する商品であると偽って販売し、AらはCからそれらを購入した。Bは、Aらに貸付けた金銭が商品代金としてCに支払われることを認識しており、Aらに対して電話で口頭で信用調査を行っただけで50万円を貸し付けていた。BはAに対して貸付けた金銭の返還を求めた。
Bは、Cが商品購入希望者に借入債務を負担させることによって調達させた金銭を、偽物ブランド品等の商品代金名下に詐取していることを知りながら、Cから紹介された商品購入希望者に金銭を貸し付けることで、Cによる詐欺を幇助していたものと言わざるを得ず、かかる金銭消費貸借契約が公序良俗に反し、無効であるとして、AらはBに借入金の返済をする必要はないと判断された

3,結語

    上記で引用した裁判例は錯誤無効や公序良俗違反という判断がなされたもので あり、同種の判断がいくつもなされているものです。ですから、上記裁判例が特殊なものというわけではありません。ところが、いずれの事案のAさんについても、一見すると、気持ちはわかるけど、おそらく裁判ではAさんの言い分は認められないのではないかと考えられる方が多い事案ではないかと思います。しかし、実際の裁判においてその言い分が認められています。ここで、上記事案と似たような事案であれば必ず同様の判断が下されるのかというとそうではありません。 各事案において、法律上必要不可欠な事情が認められたからこそではあります。

  しかし、ここで私が言いたいのはそういうことではありません。上記裁判例のAさんについて、一つでも、これが認められるのかと意外に感じられたとすれば、自分の感覚は正しいが、法感覚は正しくない部分があるということになります。 法律というのは基本的に市民感覚と整合している必要があるものですから、法律が市民感覚に整合するように改正等が必要なケースももちろんあります。しかし、市民各人によってどの程度法律に理解があるかは当然違いがあり、法律の常識レベルというのはなかなか明確にできないところだと思います。特にニュース等で触れる機会が多い刑事法とは異なり、民事法にはなかなか日常的に触れることがないと思いますので、民事法については本当に理解の程度にばらつきがあるように思います。

  ですから、ご自身が何らかのトラブルを抱えられた際には、自身の法感覚で結論を出してしまうのではなく、早期に弁護士等に相談に行って、ご自身の言い分をしっかりとご相談され、何らかの法的主張が可能ではないか確認していただくのが良いかと思います。費用や時間が気になるのは当然ではありますが、相談段階では通常費用はかさみませんし、不安であれば事前に費用について尋ねられれば良いと思います。そういった経験を積まれる中で、ご自身の法律感覚もより正確なものになると共に、何より思いがけず自身の主張がそのまま通るということも十分にありうるところだろうと思います。


(H27.1作成: 弁護士 河原 秀樹)


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