発行日 :平成20年 1月
発行NO:No20
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【4】論説〜プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈について〜
1.問題の所在

  プロダクト・バイ・プロセス・クレームとは、物の発明を特定したクレームであるが、その物を製造するためのプロセス(製法)が記載されているクレームをいう。プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈では、その製法を記載した部分を、物の発明を特定するための構成要件と解釈すべきか否かの点がよく問題になる。構成要件と捉えるべきではないとする原則論を採用すると、結果として得られる物の同一性が立証される限り、クレームに記載された製法とは異なる製法によって生産されたイ号製品も、権利侵害を構成することになる。一方、構成要件と捉えるべきとする説(以下、限定説という。)を採用すると、その製法を使用していないイ号製品は、結果として得られる物が仮に同一であるとしても、権利侵害を構成しないことになる。

  判例を確認すると、多くの判例が、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲の解釈においては、製法を記載した部分は、その物を特定するための構成要件と解釈すべきではない旨を原則論として述べている。しかし、その一方で、@特許庁における審査の過程で出願人が製法を記載した部分により進歩性が認められると積極的に意見している場合や、A本来、プロダクト・バイ・プロセス・クレームで記載する必然性がないと思われるような物の発明について、敢えて、プロダクト・バイ・プロセス・クレームで記載された場合には、製法を記載した部分も構成要件として捉えるべきと判示しているものもある。プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈が問題となった事件としては、以下に引用する「止め具及び紐止め装置事件」、「光ディスク用ポリカーボネート成形材料事件」などがある。

2.裁判例の概観

(1) 止め具及び紐止め装置事件
 この事件では、
  「A 外殻体と弾性体とを含む止め具であって、
   B 前記外殻体は、孔と中空部とを有し、前記中空部の内壁面が球面状の連続体であり、
   C 前記孔は、前記外殻体の外部から前記中空部へ通じており、
   D 前記弾性体は、通孔部を有するOリング状部材であって、前記中空部の内部に内蔵され、その外周が前記中空部の前記内壁面に圧接しており、
   E 前記通孔部は、前記孔に通じており、
   F 前記弾性体は、前記外殻体の前記孔を通って、前記外殻体の内部に導入される止め具」

の発明について、構成要件Fは、弾性体を外殻体の内部に設けるためのプロセス(外殻体に設けた孔を通じて外殻体の内部に導入するという製法)を規定しており、かつ、特許庁より受けた拒絶理由通知に対して提出した手続補正書により追加されたものであったため、その解釈が問題となった。
  第一審の東京地裁判決(東京地判平成14年1月28日、平成12年(ワ)27714号)では、以下に引用するように、本件発明の技術的範囲は、構成要件Fに記載された方法によって製造された物に限定されるとする限定説に基づいた判断がなされた。

『 特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて解釈すべきであるから、その解釈に当たって、特段の事情がない限り、明細書の特許請求の範囲の記載を意味のないものとして解釈することはできない。確かに、物の発明において、物の構造及び性質によって、発明の目的となる物を特定することができないため、物の製造方法を付加することによって特定する場合もあり得る。そして、このように、特許請求の範囲に、発明の目的を特定する付加要素として、製造方法が記載されたというような特段の事情が存在する場合には、当該発明の技術的範囲の解釈に当たり、特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定することが、必ずしも相当でない場合もあり得よう。本件についてこれをみると、@本件発明の目的物である止め具は、その製造方法を記載することによらなくとも物として特定することができ、構成要件Fは、本件発明の目的物を特定するために付加されたものとはいえないこと、A本件特許出願に対して、平成12年8月4日付けで、拒絶理由通知が発せられ、原告は、これを受けて、平成12年8月28日、特許庁に対して手続補正書を提出し、同補正により、構成要件Fを追加したこと(乙25、26、弁論の全趣旨)等の経緯に照らすならば、構成要件Fは、本件発明の技術的範囲につき、正に限定を加えるために記載されたものであることは明らかである。
  したがって、本件発明の技術的範囲は、構成要件Fに記載された方法によって製造された物に限定されるというべきである。 』


  しかし、控訴審の東京高裁判決(東京高判平成14年9月26日、平成14年(ネ)1089号)では、以下に引用するように、被告製品の侵害の有無を判断するに当たっては、構成要件Fの充足の有無を除外して考えるべきものとする原則論に基づいた判断がなされた。なお、本件控訴は棄却されており、構成要件Fについての解釈の変更は、判決の結論に影響を与えるものではなかった。

  『 本件発明1の構成要件Fは、「前記弾性体は、前記外殻体の前記孔を通って、前記外殻体の内部に導入される」というものであるから、「弾性体は外殻体の孔を通って外殻体の内部に導入されるものであって、外殻体の形成前には外殻体の孔も存在せず、弾性体を、外殻体の形成前に、外殻体の孔を通して外殻体の 内部に導入させることはあり得ない」との前提解釈に立てば、被告製品は本件発明1の構成要件Fを充足しないことになる。すなわち、構成要件Fが製造方法を特定したかのような限定となっているので、弾性体が、「孔と中空部とを有し、前記中空部の内壁面が球面状の連続体であ」る外殻体(構成要件B)の孔(構成要件C)を通って、当該外殻体の内部に挿入されるものでなければ、本件発明1の構成を充足しないかのように解釈すべきものとも考えられる。

  しかしながら、構成要件Fを除外して物の発明である本件発明1を特定することができないというのであればともかく、構成要件Fを除外しても本件発明1の物としての構成は特定可能であり、また上記のような前提解釈を採用すべき特段の事情を認めるべき証拠はないので、構成要件Fに係る方法以外の製造方法によらないで製造された物も、他の構成要件のすべてに該当する物であれば、本件発明1に含まれ得るものというべきである。したがって、被告製品の侵害の有無を判断するに当たっては、構成要件Fの充足の有無を除外して考えるべきものである。 』


(2) 光ディスク用ポリカーボネート成形材料事件
 この事件では、
  「A ジクロロメタンを溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ、
   B 低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に、ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒として、n−ヘプタン、シクロヘキサン、ベンゼン又はトルエンを沈殿が生じない程度の量を加え、
   C 得られた均一溶液を45〜100℃に保った攪拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し、溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後、
   D 水を分離し、乾燥し、押出して得られるポリカーボネート樹脂成形材料であって、
   E 該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」

の訂正発明(下線部が訂正箇所)について、このクレームは、構成要件Eでポリカーボネート成形材料の用途及び含有量を規定しつつ、構成要件AないしDではポリカーボネート成形材料の製法も規定されているため、そのクレームの要旨の認定及び独立特許要件が争点となった。  特許庁は、構成要件AないしDの製法を従来の製法と比較した上で、製法としての進歩性も判断して独立特許要件を欠くとして訂正を認めなかったのに対し、東京高裁は、独立特許要件を欠くという結論は同じであるが、以下に引用するように、製法としての進歩性については全く判断せず、原則論に基づいて原告の請求を棄却した。(東京高判平成14年6月11日、平成13年(行ケ)84号

『 本件訂正発明が、製造方法の発明ではなく、物の発明であることは、上記特許請求の範囲の記載から明らかであるから、本件訂正発明の上記特許請求の範囲は、物(プロダクト)に係るものでありながら、その中に当該物に関する製法(プロセス)を包含するという意味で、広い意味でのいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するものである。そして、本件訂正発明が物の発明である以上、本件製法要件は、物の製造方法の特許発明の要件として規定されたものではなく、光ディスク用ポリカーボネート成形材料という物の構成を特定するために規定されたものという以上の意味は有し得ない。そうである以上、本件訂正発明の特許要件を考えるに当たっては、本件製法要件についても、果たしてそれが本件訂正発明の対象である物の構成を特定した要件としてどのような意味を有するかを検討する必要はあるものの、物の製造方法自体としてその特許性を検討する必要はない。発明の対象を、物を製造する方法としないで物自体として特許を得ようとする者は、本来なら、発明の対象となる物の構成を直接的に特定するべきなのであり、それにもかかわらず、プロダクト・バイ・プロセス・クレームという形による特定が認められるのは、発明の対象となる物の構成を、製造方法と無関係に、直接的に特定することが、不可能、困難、あるいは何らかの意味で不適切(例えば、不可能でも困難でもないものの、理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるときは、その物の製造方法によって物自体を特定することに、例外的に合理性が認められるがゆえである、というべきであるから、このような発明についてその特許要件となる新規性あるいは進歩性を判断する場合においては、当該製法要件については、発明の対象となる物の構成を特定するための要件として、どのような意味を有するかという観点から検討して、これを判断する必要はあるものの、それ以上に、その製造方法自体としての新規性あるいは進歩性等を検討する必要はないのである。

  本件訂正発明は、光ディスク用ポリカーボネート成形材料において、含有される重合溶媒であるジクロロメタンが記録膜を腐食させる原因となっていることを見いだし、同成形材料中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンを1ppm以下とするとの構成により、記録膜の腐食による劣化、破壊が生じにくいように改善したものであって、本件製法要件は、含有されるジクロロメタンが1ppm以下であるとのポリカーボネート成形材料を製造するための製造方法であるものの、このこと以外に、本件訂正発明の対象であるポリカーボネート成形材料の構造ないし性質、性状その他の構成自体を特定するための要件としての特段の意味を有するものであると解することはできない。 』

3.考  察

    「特許・実用新案審査基準」によると、特許庁の審査実務は、『発明の対象となる物の構成を、製造方法と無関係に、物性等により直接的に特定することが、不可能、困難、あるいは何らかの意味で不適切(例えば、不可能でも困難でもないものの、理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるときは、その物の製造方法によって物自体を特定することができる。』(第T部第1章明細書及び特許請求の範囲の記載要件、「2.2.2.1 第36条第6項第2号違反の類型」の(7))と、プロダクト・バイ・プロセス・クレームを許容した上で、異なる生産方法によって生産された物であっても、物としての同一性を有する限り、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの新規性を否定できるという解釈をとっている(第U部第2章新規性・進歩性、「1.5.2 特定の表現を有する請求項における発明の認定の具体的手法」の(3))。すなわち、特許庁の審査においては、請求項中に製法によって物を特定しようとする記載があるときは、用途発明の意味内容と解すべき場合を除き、請求項に記載された製法とは異なる方法によっても同一の生産物が製造可能で、その生産物が公知である場合は、当該請求項に係る発明は新規性が否定される。

  上記(2)の光ディスク用ポリカーボネート成形材料事件の判例は、特許庁の審決では一応、製法としての新規性も判断されたのに対し、東京高裁は、製法自体の新規性については判断されなかった点で、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈についての考え方をより明確に示したものとして実務上、参考になると考えられる。
  また、上記(1)の止め具及び紐止め装置事件の東京地裁判決では、原則論を修正して限定説が採用された。その理由の1つは、禁反言の法理であり、出願人が審査の過程で当該製法を採用することによる効果を強調して特許になった場合は、限定説が適用されるとしたものである。しかしながら、出願人がクレームに記載の製法の優位性を意見書で主張していたとしても、直ちに限定説を適用すべきとすることは困難と考えられる。なぜなら、それは当該製法の優れた点の主張であったとしても、だからと言って、異なる製法によって生産された同一性を有する物については物としての新規性が無いと解することとは論理的に繋がらないからである。

  また、同判決で限定説が採用されたもう1つの理由は、バイオテクノロジーや化学の発明と異なり、本来、製法の記載を加えなくても物として特定できたにもかかわらず、敢えて製法の記載が加えられているような場合は、限定説が適用されるとしたものである。しかしながら、確かに、平成6年改正前の旧特許法36条5項2号は、特許請求の範囲は「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみ」を記載した項に区分してあること、すなわち、クレームは発明の構成に即して記載することを求めていたが、平成6年の改正では、旧特許法36条5項2号は、特許請求の範囲には「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と改正され、拒絶・無効理由から除外するとともに、特許を受けようとする発明が明確であることを求める特許法第36条第6項第2号が新設され、特許を受けようとする発明が明確である限り、多様なクレーム表現が許容されることになった。したがって、多様なクレーム表現が許容されている現在の実務からすると、製法の記載を加えなくても物として特定できたか否かによって限定説の適否を決めることは、クレーム解釈に不確実性を持ち込むことになり、相当ではないと思われる。

  よって、上記(1)の止め具及び紐止め装置事件に関しては、東京高裁判決において構成要件Fについての解釈が変更されたことは、妥当であると考える。

(H20.1作成: 弁理士 山本  進)

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