発行日 :平成11年 1月
発行NO:No2
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【2】論説〜侵害警告事件と弁護士費用 〜

   −損害額の推定規定による請求とは別に請求できるか−

知的所有権をめぐる侵害警告事件においては、その専門的性格から訴訟に至った場合はもとより、警告や回答の段階から弁護士を代理人として委任して処理することが多く行われている。特許権や著作権をはじめとする知的所有権を侵害することは、一般規定である民法709条の不法行為として、侵害行為と相当因果関係のある損害につき侵害者が損害賠償責任を負うことになるが、侵害警告事件において、弁護士費用は、権利者側が権利行使のために実際に出捐を要する積極損害といえるから、「不法行為の被害者が、自己の権利擁護のため訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。」という最高裁判例(昭和44年2月27日判決/民集23巻2号441頁)の趣旨に沿って、裁判所は、交通事故被害事件での算定基準にならい、従来から判決認容額の一割程度を権利者側の損害と認める傾向にあった。訴訟に至らない警告事件でも、調査や専門的判断が必要なことには変わりはないから、同様に弁護士費用を請求することは可能であり、侵害の成否を争わないケースでは、その負担を覚悟することが必要である。

ところで、民法の一般規定に基づく請求の場合、訴訟においては、権利者側が侵害行為と損害の発生との間の因果関係を立証することが必要であり、実際上はこの因果関係の立証が困難であるため、十分な賠償を受けられないことが多い。そこで、このような因果関係の主張立証責任を軽減して、知的所有権の保護を強化するために、知的所有権に関する各法律には、「侵害者が侵害行為により利益を受けているときには、その利益の額は、権利者が受けた損害と推定する」旨の損害額の推定規定が設けられている(特許法102条2項、実用新案法29条2項、意匠法39条2項。商標法38条2項、不正競争防止法5条1項、著作権法114条1項)。ところが、これらの損害額の推定規定は、「得べかりし利益と推定する」とは規定しておらず、単に「損害と推定する」と規定されているため、この推定額に弁護士費用が入るのか、あるいはこの推定額と別に弁護士費用が請求できるかどうかについては、文言上必ずしも明らかではない。弁護士費用も損害の一部に変わりはないし、因果関係の立証が困難な部分だけに推定規定が適用されるというのは侵害者に酷であるから、推定規定による損害を請求した場合、別に弁護士費用を請求することはできないと解釈することも可能であろう(この点は、平成11年1月から施行された特許法102条1項の場合でも、同じような問題が生ずる。)。

しかし、上記のような損害額の推定規定が設けられている趣旨は、主として権利者側の消極損害たる得べかりし利益の立証を軽減し、適正妥当な逸失利益の回復を目的とするものであるし、知的所有権保護という時代の要請に鑑みると、これらの損害額の推定規定は、損害のうちの消極損害についての推定規定と解するべきであって、積極損害たる弁護士費用については、別途請求することができると考えるべきである(同旨、別冊NBL33号「知的所有権をめぐる損害賠償の実務」66頁)。最近の裁判例においても、大阪地方裁判所平成6年2月24日判決(判例時報1522号139頁)が、商標法38条について侵害者が得た利益額91万6000円以外に信用毀損による損害金60万円および弁護士費用30万円の、東京地方裁判所平成7年10月30日判決(判例時報1560号24頁)が、著作権法114条について侵害者が得た利益額3665万7000円以外に弁護士費用400万円の、各支払を認めているので、今後、侵害警告事件においては、法律に定める方法により算定された損害以外に弁護士費用を加えた額の損害賠償請求がなされ、これが認められるケースが増加すると予想される。したがって、新しい商品の開発や企画に際しては、知的所有権一般について、より慎重な事前調査を行って、このようなリスクを回避することが必要と考えられる。

(H11.1作成: 弁護士 溝上哲也)


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