発行日 :平成23年 7月
発行NO:No27
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【1】論説〜2011年特許法改正について〜
1 2011年改正特許法
  ライセンス契約の保護強化や共同研究等における発明者保護を図ると共に、知的財産を巡る紛争を迅速・効率的に解決するために、特許法等の改正が検討され、平成23年3月11日に、「特許法等の一部を改正する法律案」が閣議決定されました。この改正法案は、国会での審議の結果、同年5月31日に可決・成立し、6月8日に平成13年法律第63号として公布されています。この改正法は、公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日から施行するとされており、来年(2012年)4月から施行されることが予想されています。
2 改正の概要
  改正法は、知的財産制度を取り巻く環境変化への対応と、ユーザーの利便性向上等の観点から、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、国際出願法及び産業技術力強化法等を改正するものであり、その概要は、以下のとおりです。

(1) 通常実施権の当然対抗制度の導入
  これまで、特許権の通常実施権の設定を受けた者は、その設定を特許原簿に登録しないと第三者に通常実施権を対抗することができず、設定登録をしないまま特許権等を譲り受けた者から差止請求等を受けると、事業継続が不可能になるおそれがありました。他方、通常実施権の設定登録を行うには費用がかかり、特許権者の同意得る必要があるため、その登録率が1%未満の企業の割合は約9割に上るのが実情となっていました。そこで、ライセンス契約の保護強化の観点から、通常実施権の設定を受けた者は、特許権者が特許を譲渡した場合でも、特許の譲受人に対して、特許原簿への設定登録がなくても、当然に自己の通常実施権を主張できることになりました(特許法99条1項)。

(2) 冒認出願に対する登録後の移転登録請求権の法定
  共同研究・共同開発が一般化する中で、共同発明者の一部によって特許権が取得されてしまうケースがあり、共同研究・共同開発をした経験のある企業・大学の約4割が単独で出願されてしまった経験があるとの調査結果のある状況でした。他方、共同出願違反や出願前の技術を盗んでなされた出願についての、真の発明者保護の手段は、これまで特許の出願中は、特許を受ける権利の確認訴訟に勝訴することによって出願人名義変更をすることが可能でしたが、特許の登録後は、冒認出願の公開後6か月以内に出願をしておかないと、無効審判請求によって冒認出願の特許を無効とすることはできても、真の発明者が特許権の返還を受ける道はありませんでした。そこで、共同研究等の成果に関する発明者の適切な保護の観点から、発明を横取りされて出願された特許が登録された場合に、真の発明者又はそれから特許を受ける権利を譲り受けた者は、特許を自己に移転することを訴訟で請求できることとなりました(特許法74条1項)。また、同様に共同出願違反の場合は、権利者とされなかった発明者又はそれから特許を受ける権利を譲り受けた者は、他の権利者に対して共有持分の移転を請求できることになりました。
  なお、この場合の「抜け駆け防止の仕組み」は、朝日新聞のサイト「asahi com」のビジネス「写真・図版」にアップされています。

(3) 料金の引き下げ及び減免制度の拡充
  日本の研究開発を促進し、経済のグローバル化に対応するためには、中小企業や大学の出願や海外での権利取得を増やすことが必要とされていますが、中小企業は現在の出願シェアが約1割とされており、日本企業の海外出願比率は、欧米にくらべて半分以下であるのが実情です。そこで、料金面で、中小企業や大学の負担軽減を図り、海外における権利取得を支援するため、意匠登録の第11〜20年分の維持年金が第4〜10年分の年金と同額の年16,900円に減額されるとともに(意匠法42条)、PCT出願における国際出願手数料のうち、調査手数料等について、法律で上限額を設け、具体的な額を政令で定める手数料とすることが定められました。また、減免制度の利便性を向上させるため、赤字の中小企業又は収入の3%以上を研究開発費に充てている研究開発型の中小企業や大学に対して特許料を半額に軽減している期間が3年から10年へ延長されることになりました。
  なお、特許出願の審査請求料については、今回の法改正と連動して、平成23年8月1日から、従来の1請求項172,600円から122,000円に減額されています。

(4)権利排除規定の見直し
  産業財産権の権利取得を制限する規定や期間徒過に対する救済要件が厳しいことを緩和し、出願の維持や権利の取得を容易にするため、手続の見直しが図られます。

@ 新規性喪失の例外規定の緩和
  特許は新規な発明に付与されるため、特許出願をする前に発明が公開された場合には、そのことを理由として出願が拒絶されますが、特定の条件の下で発明を公開し、かつ発明の公開から6ヶ月以内に特許出願をした場合には、例外的に、新規性を喪失しないものと扱われ、拒絶されなくなります。これまで、新規性喪失の例外に該る場合は、「刊行物での発表」や「特許庁長官指定の学会での文書を用いた発表」などの特定の発表形態で発表した場合に限るとされていましたので、発明者自身が発明を公にした場合でも、特許権等の取得が認められなくなる場合がありました。そこで、ユーザーの利便性向上の観点から、改正法ではこの要件が緩和され、発明者の行為に起因して公知になった発明については、その公表の態様を問わず、内外国の特許庁の公報に掲載されたことにより公知になったのでない限り、その公知になった日から6ヶ月内に出願すれば新規性・進歩性を失わないとされました(特許法30条2項)。実用新案法でも同様に改正がなされています。

A 商標権消滅後の登録排除規定の廃止
  商標権を早期に取得できるようにするため、商標権が消滅した日から1年を経過していない他人の商標又はこれに類似する商標の登録を認めないとする規定(改正前の4条1項13号)が削除されました。 

B 期間徒過に対する救済手続の新設
  外国語書面出願及び外国語特許出願の翻訳文の提出について、提出期間の徒過に正当な理由があるときは、一定の期間は翻訳文を提出することができるものとされ、特許料等の追納について、追納期間の徒過に正当な理由があるときは、一定の期間は特許料等の追納をすることができるものとされました。

(5) 紛争の迅速・効率的な解決のための審判制度の見直し
  特許紛争が生じたときの解決処理を迅速化・適正化し、紛争のコストを低減するとともに、特許権の機動的な行使を可能とするため、広汎な審判制度の見直しが行われました。

@ 審決取消請求訴訟提起後の訂正審判請求の禁止
  改正前は、無効審判の審決に対する取消訴訟の提起から90日内は争いの対象となった特許権の内容を訂正する審判の請求ができましたが(改正前の特許法126条2項)、そのために、出訴後に特許権が訂正されると裁判所の決定により事件が特許庁に差し戻されてしまうという弊害がありました。そこで、紛争の迅速・効率的な解決の観点から、無効審判の段階で訂正の機会を確保することにより、訴訟提起後は訂正審判の請求を禁止することとなりました。
  改正法においては、無効審判において「請求に理由がある」とする無効審決を出すときは、その前に「審決の予告」をして特許権者に訂正請求の機会を与えることとし(特許法164条の2)、その代わりに、無効審判が特許庁に係属した時からその審決が確定するまでの間は、訂正審判の請求が禁止されました(特許法126条2項)。また、この関係で、裁判所による取消決定の規定(改正前の特許法181条2項)が削除されました。

A 再審の訴えにおける主張の制限
  侵害訴訟の原告勝訴判決が確定した後に特許無効の審決が確定した場合でも、又は原告敗訴判決が確定した後に特許訂正審決が確定した場合でも、その審決の確定を再審事由として主張できないこととしました(特許法104条の4)。
  なお、商標法の不使用取消審判の審決については、この規定の適用はありません。

B 審決の確定の範囲に関する規定の整備
  改正前は、訂正審判請求について、全請求項を一体として請求しなければなりませんでしたが、請求項ごとに訂正が認められていた訂正請求と同様に、訂正審判請求も、請求項ごとに又は引用関係など政令で定める関係を有する「一群の請求項」ごとに行うことに改正されました(特許法126条3項、同134条の2第2項及び3項)。また、無効審判や訂正審判の審決の確定範囲も請求項ごと又は一群の請求項ごととなりました(特許法167条の2)。
  なお、訂正審判請求または訂正請求ができる場合として、改正前の特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明瞭でない記載の釈明に加えて、「請求項の記載を従属形式から独立形式に変更すること」が追加されました(特許法126条1項4号、同134条の2第1項4号)。

C 無効審判の確定審決の第三者効の廃止
  これまでは、無効審判の確定審決については審判請求人以外の者でも同一の事実及び証拠に基づいて争うことが認められないとされていましたが、紛争処理の適正化のため、無効審判の確定審決の第三者効を廃止し、無効審判の確定審決について、同一の事実及び証拠に基づいて争えない者の範囲を、改正前の「何人も」から「当事者及び参加人」に狭められました(特許法167条)。無効審判の審決が確定しても当事者等以外の第三者は同一の事実及び同一の証拠に基づいて無効審判を請求することができるとされました。

3 改正に対する今後の対応について
  今回の特許法改正は、上述したとおり多岐に及ぶものであり、政令の制定により内容が確定するものも多く、今後、どのような解釈・運用がなされるのか注目していく必要があります。料金の引き下げ及び減免制度の拡充や新規性喪失の例外規定の緩和など、今後の積極的な特許出願に追い風となる改正については、これを活かした積極的な企業活動が望まれます。
  他方、通常実施権の当然対抗制度の導入は、現在進行形の研究開発に際しても問題となり、これまでの実態と異なる改正がなされたのですから、ライセンス契約の条項の見直しなど、将来の紛争防止のためどのような配慮が必要かの検討が不可欠です。また、審判制度の見直しは、係属中の訴訟はもとより、侵害警告案件での紛争対応の戦略にも影響するものであり、これを視野に入れて対応しなければなりません。

(H23.08作成: 弁護士・弁理士 溝上 哲也)



→【2】論説〜知的財産刑事事件における「故意」〜
→【3】論説〜商標権消滅後1年間の他人の商標登録排除規定の廃止について〜
→【4】論説〜システム監査と個人情報保護〜
→【5】記事のコーナー:〜平成23年3月11日発生の東北地方太平洋沖地震に対する特別措置について〜
→【6】記事のコーナー:アンケート:最近はまっていること、休日の過ごし方や趣味など
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