発行日 :平成25年 1月
発行NO:No30
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【4】営業秘密の保護と競業禁止特約について〜
1 不正競争防止法による営業秘密の保護
  上場・非上場を問わず、企業には秘密にしたい情報が多数存在している。
もっとも、財務情報は特に上場企業においてはもはや秘密ではなく、会社法、金融商品取引法等で開示が求められ、むしろ、正確な開示が市場での信頼につながる。
    一方、そうではない事業活動に有用な技術上又は営業上の情報としての営業秘密は「知的財産」であり(知的財産基本法第2条)、法律上保護される。
その法律上の保護を具体的に定めたのが不正競争防止法である。
    なお、営業秘密としてのコンピュータ・プログラムは著作権法によっても保護されるし(著作権法第10条1項9号)、広い意味では、窃盗罪、業務上横領罪、背任罪等を定めている刑法によっても保護されているといえるが、営業秘密の保護について直接具体的に定めているのは不正競争防止法である。

    不正競争防止法には、営業秘密の定義が規定されている。
『この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。』(不正競争防止法第2条6項)というもので ある。

すなわち、

      @  秘密として管理されていること(秘密管理性)
     A  生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報で
          あること(有用性)
     B  公然と知られていないものであること(非公知性)


の3つが要求されており、これら全てを満たさなければ、不正競争防止法上の営業秘密としては保護されない。
    しかも、裁判例では特に秘密管理性の要件は厳格に解される。不正競争防止法違反は刑事罰も伴うものであり、当該情報が秘密として管理されているか否かが不明確では、情報の保持者が極めて不安定な立場に立たされるからである。
    そこで、当事者間において、不正競争防止法上の営業秘密よりも広い範囲の情報について、秘密保持契約を結ぶことも可能であるが、その場合でも、紛争予防のためには、結局のところ、できるだけ対象となる情報の範囲を特定することが必要であることには変わりはない。「職務上知り得た秘密」程度では不十分であるといえる。

本論では深入りしないが、裁判例では、秘密管理性が認められるためには、

      @  当該情報にアクセスできる者が制限されており(アクセス制限)
     A  同情報がアクセスした者にそれが秘密であることが認識できること
         (客観的認識可能性)


が必要であるとされている(東京地裁平成12年9月28日判決参照)。

書類であればマル秘のスタンプの押印等秘密であることの明示、コンピュータ・プログラムであればパスワードの設定が必須であろうが、徒にマル秘のスタンプを押しているとか、パスワードが事実上有名無実化しているような場合は秘密管理性は否定されるであろう。

    営業秘密の侵害行為に対する不正競争防止法上の効果は、民事上の使用差止め請求、損害賠償請求、信用回復措置請求、民事訴訟上の保護規定(損害額の推定、具体的態様明示義務、文書提出命令、インカメラ手続、損害計算のための鑑定、秘密保持命令、公開停止等)、営業秘密侵害罪による刑事的保護等である。
    重要な意義としては、悪意又は重大な過失により取得した第三者に対する差止請求が認められること、それら第三者についても、図利加害目的で営業秘密を取得、使用した場合等には刑事罰の対象になり、法人処罰もあるということである。
    これら不正競争防止法による保護が定められる前は、秘密保持契約等の契約相手に対する差止請求は理論的に可能であったが(競業禁止に関する奈良地裁昭和45年10月23日仮処分判決参照)、その者からさらに営業秘密を取得した第三者に対する差止請求ができなかったのである。
    一方、第三者側からすれば、転職者を受け入れ雇用する際には、元の会社からどのような義務を課されているか、秘密保持義務や競業禁止義務等を負っていないかを確認することが重要となる。
    さもなければ、元の会社から差止請求や損害賠償請求を受けるリスクがあるからである。
実際には、義務の内容が不明確な場合も多いと考えられるが、転職者からはこれら義務に違反しない旨の誓約書は取っておくべきであろう。

2 特約による営業秘密の保護
  営業秘密の漏洩は、現職の役員、従業員による場合もあるが、多くは退職者によるものである。現職の役員、従業員は、一般的に、委任契約や雇用契約に基づいて信義則上秘密保持義務や競業禁止義務を負っていると解されるが(取締役につき会社法356条参照)、退職者には一般的に秘密保持義務があるとまではいえず、むしろ職業選択の自由の観点から競業についてはむしろ自由である。
    そこで、営業秘密保持のために、退職者との間で、秘密保持契約を締結し、あるいは競業禁止契約を締結することが行われている。

    もっとも、秘密保持契約は、その内容によっては職業選択の自由の制限となるから、公序良俗違反により無効(民法90条)と判断される可能性がある。
    よって、無効と判断されないために、秘密保持の対象を明確化し、秘密保持の期間、秘密保持義務に対する代償措置の有無等の観点から、その必要性、合理性を慎重に検討することが重要である。

    さらに、企業にとっては、秘密保持契約よりも、競業禁止契約のほうが、営業秘密を特定する必要がないため、実務上便宜であると言えるが、職業選択の自由を直接制限するものであるから、より一層公序良俗違反と判断される可能性が高い。
    秘密保持契約とは異なり、期間が短期間に限定される必要があることはもちろん、代償措置についても、秘密保持に対する代償措置に止まらず、競業禁止による収入減を補うものであると認識すべきである。

    また、競業禁止義務違反の場合に退職金の全部又は一部を返還すると定めることも行われているが、労働契約違反の場合の違約金や損害賠償の予定条項を禁止する労働基準法16条との抵触にも留意する必要がある(なお、同業他社に就職した退職社員に支給すべき退職金につき「一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることも、本件退職金が功労報償的な性格を併せ有することにかんがみれば、合理性のない措置であるとすることはできない」とした判例として、最判昭和52年8月9日)。

3 競業禁止特約の有効性について
    競業禁止特約に関する最高裁判例としては、賃貸人が賃借人と競業するパチンコ店営業を2年間同町内で行なわないことを約し、その補償として賃借人は賃貸人に七五万円を交付し、賃貸人がこれに違反したときは右金額を返還することとし、さらに、第三者が右期間内に同町内で同一営業をした場合にも賃貸人自身が営業をした場合と同一に取り扱うことを約したという賃貸借契約と一体となった競業禁止特約について、「期間及び区域を限定しかつ営業の種類を特定して競業を禁止する特約は、特段の事情の認められない本件においては営業の自由を不当に制限するものではなく、公序良俗に違反するものではない」と判示したものがある(最判昭和44年10月7日)。
    しかし、これは、いわゆる退職者に対する競業禁止特約とは事案を異にする。

    退職者に対する競業禁止特約について、先例とされているのは、前記奈良地裁昭和45年10月23日仮処分判決である。同判決は、退職後における競業避止義務をも含む特約が公序良俗に違反し無効となるかどうかについて、

    『競業の制限が合理的範囲を超え、債務者らの職業選択の自由等を不当に拘束し、同人の生存を脅かす場合には、その制限は、公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが、この合理的範囲を確定するにあたつては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立つて慎重に検討していくことを要するところ、本件契約は制限期間は二年間という比較的短期間であり、制限の対象職種は債権者の営業目的である金属鋳造用副資材の製造販売と競業関係にある企業というのであつて、債権者の営業が化学金属工業の特殊な分野であることを考えると制限の対象は比較的狭いこと、場所的には無制限であるが、これは債権者の営業の秘密が技術的秘密である以上やむをえないと考えられ、退職後の制限に対する代償は支給されていないが、在職中、機密保持手当が債務者両名に支給されていたこと既に判示したとおりであり、これらの事情を総合するときは、本件契約の競業の制限は合理的な範囲を超えているとは言い難く、他に債務者らの主張事実を認めるに足りる疎明はない。従つて本件契約はいまだ無効と言うことはできない。』と判示した。

    同時案では、制限期間が2年間と比較的短いこと、制限対象が特殊分野で比較的狭いこと、在職中機密保持手当が支給されてきたことが無効を免れた積極的理由とされている。
    同判決以降、競業禁止特約の有効性の判断において、同判決の基準が踏襲されるようになった。

    より踏み込んだ分析的な基準を用いているのが東京リーガルマインド事件(東京地裁平成7年10月16日判決)である。
    同事案は、司法法試験受験予備校の大手である債権者において、その専任講師を務め監査役にも就任していたA氏と、その代表取締役を務めその後監査役であったB氏とが、債権者を退職後、株式会社法学館を設立し、同社が営業主体となって司法試験受験指導を行う司法試験予備校を開業したため、債権者がA氏に対し競業避止義務を定める従業員就業規則、役員就業規則及び個別の特約に基づき、B氏に対し役員就業規則及び従業員就業規則に基づき、司法試験受験予備校の営業等の差止めを求めて申し立てた仮処分命令申立事件である。

    同判決は、競業避止特約の有効性につき、
『競業避止義務を定める特約が約定されたのが、もともと当事者間の契約なくして実定法上労働契約終了後の競業避止義務を肯定し得る場合についてであり、競業禁止期間、禁止される競業行為の範囲、場所につき約定し、競業避止義務の内容を具体化したという意味を有するときには、当該約定は、競業行為の禁止の内容が不当なものでない限り原則として有効と考えられる。これに対し、そのような場合ではなく競業避止義務を合意により創出する場合には、労働者は、もともとそのような義務がないにもかかわらず、専ら使用者の利益確保のために特約により退職後の競業避止義務を負担するのであるから、使用者が確保しようとする利益に照らし、競業行為の禁止の内容が必要最小限度にとどまっており、かつ、十分な代償措置を執っていることを要するものと考えられる。』と類型化した。
    (なお、同判決では、「当事者間の契約なくして実定法上労働契約終了後の競業避止義務を肯定し得る場合」とは、不正競争防止法により、営業秘密の使用又は開示行為が、不正競争行為として、損害賠償請求及び差止請求となる場合に限定している。)

    そして、A氏については、「もともと当事者間の契約なくして実定法上委任契約終了後の競業避止義務を肯定し得る場合についてのものではなく、競業避止義務を合意により創出するものである」とし、監査役についてまで競業行為を禁止することの合理的な理由が疎明されていない、競業行為の禁止される場所の制限がない、退職金がその金額が1000万円にとどまる、A氏の専任講師としての貢献が大きかった、等の理由で、「競業禁止期間が退職後2年間だけ存するという比較的短期間に限られたものであることを考えても、目的達成のために執られている競業行為の禁止措置の内容が必要最小限度にとどまっており、かつ、右競業行為禁止により労働者の受ける不利益に対する十分な代償措置を執っているということはできない」として、退職後の競業避止義務特約につき、公序良俗に反して無効であるとした。

    一方、B氏については、代表取締役として債権者の営業秘密を取り扱い得る地位にあったことから、「委任契約終了後の競業避止義務を肯定し得る場合に当たり得る」とし、競業禁止期間が退職後2年間だけ存するという比較的短期間に限られたものであることなどから、競業避止義務特約が公序良俗に反して無効であるということはいえないとした。

    つまり、同じ2年の競業禁止期間であっても、個別事情を判断して異なる結論としたのである。このように、競業禁止の制限期間は重要な要素ではあるが、それだけでは決まらないということに注意しなければならない。


(H25.1作成: 弁護士・弁理士 江村 一宏)
→【1】論説:新しいタイプの商標制度導入をめぐる商標法改正の動きについて
→【2】論説:「知財事件」と「一般事件」とは、こんなところが違う
→【3】論説:出願後に提出された実験結果の参酌について
→【5】記事のコーナー:エネルギーと日本の技術について思うこと
→【6】記事のコーナー:台湾への特許出願について
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