発行日 :平成22年 8月
発行NO:No25
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【3】論説〜原告商品を模倣した商品を譲り受けたときの被告の善意無重過失について争われた事例〜
第1.事案の概要
  本件( 東京地裁平成20年7月4日判決(平成19年(ワ)19275号・損害賠償等請求事件))は,被告が販売した被告商品は,原告Aが製造し,原告Bが販売する原告商品の形態を模倣したものであり,不正競争防止法2条1項3号に該当すると主張して,原告らが,被告に対し,不正競争行為に基づく損害賠償及び謝罪広告を請求するとともに,被告が原告Aが著作権を有する原告商品の形態を模倣した被告商品を無断で販売,譲渡する行為は,原告Aの著作権及び原告商品の日本国内における販売等につき独占的な権利を有している原告Bの利用許諾権を侵害する不法行為に当たると主張して,原告らが,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

1 当事者
  (1) 原告Aは,動物,人形,ぬいぐるみ,キャラクター商品等の製造,販売及び輸出等を目的として大韓民国で設立された法人である。
  (2) 原告Bは,動物,人形等のぬいぐるみの販売及び輸入等を目的とする株式会社であり,原告商品の日本国内における独占的販売業者である。
  (3) 被告は,百貨店及びチェーンストアの経営等を目的とする株式会社であり,「ファッションセンターしまむら」,「シャンブル」等,複数の店舗を運営している。

2 原告商品
  原告商品は,動物のぬいぐるみと小物入れを組み合わせた「プチホルダー」という名称のシリーズ商品の一つであり,後記写真に示すとおり,小物入れにプードルのぬいぐるみを組み合わせたものである。

3 争点
  判決で争点として挙げられているのは,以下の7点である。本稿では,争点1,3についてのみ触れることとする。
 (1) 被告商品は原告商品の形態を模倣したものか(争点1)
 (2) 原告商品の形態は商品の機能を確保するために不可欠な形態であるか(争点2)
 (3) 被告は被告商品が原告商品を模倣したものであることにつき善意かつ無重過失であったか(争点3)
 (4) 原告商品は著作権法により保護される著作物に当たるか(争点4)
 (5) 被告による著作権侵害の成否(争点5)
 (6) 原告らの損害(争点6)
 (7) 謝罪広告の必要性(争点7)


第2.判示事項
1 主文
   (1) 原告らの請求をいずれも棄却する。
   (2) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2 事実及び理由
  (1) 争点1(被告商品は原告商品の形態を模倣したものか)に対する判断
    ア 商品形態が実質的に同一であるかについて
  裁判所ホームページに掲載されている本判決の末尾には,原告商品目録と被告商品目録が掲載されているので,以下に転載する。
  裁判所は,「原告商品と被告商品は,個々の特徴的形状の多くが共通しており,全体の形態もほぼ同一であるということができるので,両者の形態は実質的に同一であるというべきである。」と認定した。判決では,具体的には下記(ア)〜(オ)の点が,共通点として挙げられている。
   (ア) 頭顔部が縦に長い楕円形,胴体部が円筒状をしており,胴体部の背面側の上端で頭顔部が連結されていること
   (イ) 胴体部の上端に円を囲む形で腕があり,上端の正面で腕の先端を合わせていること
   (ウ) 頭部や耳を覆う毛の材質と顔面部を覆う毛の材質が異なっていること
   (エ) 黒い糸で手足の指を形成していること
   (オ) 目,鼻,耳,足及び尾の形状や取付位置

原告商品 被告商品
 正 面  
 右側面  
 左側面  
 平 面  
 背 面  
 底 面  

 被告は,原告商品と被告商品は,(ア)被告商品では口や手足の指を表現するものとして黒い糸が縫い付けられ,また,耳元にリボンが付けられているのに対し,原告商品ではこれらが存在しない点,(イ)頭と顔全体のバランスが異なる点,(ウ)原告商品の底面のマジックテープが被告商品には付けられていない点において,形状が相違すると主張した。しかし,裁判所は,「手足の指を表現するものとして黒い糸が縫い付けられている点は,…両商品に共通している形状であると認められる。…その余の点は,両商品の相違点であるということができるものの,いずれも些細なものであって,商品の全体的形態に影響を与えるものではないということができ,両者の形態が実質的に同一であると判断することの妨げとなるものではない。」として,被告の主張は採用することができないと判断した。

  イ 模倣について
  裁判所は,「…原告商品及び被告商品の個々の特徴的形状の多くが共通しており,両者の形態は実質的に同一であるということができること,原告商品,被告商品ともに動物のぬいぐるみに小物入れを組み合わせた商品である点で共通していること,…被告商品の販売が開始されたのは平成18年4月ころであり,原告ベストエバージャパンが自社のウェブページに原告商品の写真を掲載した平成18年1月22日と近接した時期であること等の事情を考慮すると,被告商品は,原告商品を模倣して製造されたものと推認することができる。」と判断した。

  
 (2) 争点3(被告は被告商品が原告商品を模倣したものであることにつき善意かつ無重過失であったか)に対する判断

 ア 事実
  判決によると,以下の事実が認定されている。

   (ア) 平成14年2月28日 原告Bの担当者は,被告のシャンブル事業部に所属するバイヤーXと名刺交換を行い,同人に対し,原告Bの商品が掲載されたカタログ等を交付した。

   (イ) 原告Bは,平成15年以降,毎年,被告に対し,原告Bの商品が掲載されたカタログを送付した。平成15年,平成17年及び平成18年に送付された各カタログには,プチホルダーが掲載され,このうち,平成17年及び平成18年の各カタログには,原告商品が掲載されていた。

   (ウ) 平成15年9月2日から5日まで,東京ギフトショーが開催され,原告Bもこれに参加し,プチホルダーを含む生活雑貨等を出展した。原告Bは,同月4日,東京ギフトショー開催中に行われたホームファッショングッズコンテストにおいて,プチホルダーにつき,審査員特別賞を受賞した。

   (エ) 平成15年10月,業界紙に東京ギフトショーの開催中の状況が紹介され,原告Bがプチホルダーについて審査員特別賞を受賞したことが掲載された。また,同誌には,原告Bの広告が掲載された。

   (オ) 原告Bは,平成16年8月ころ,原告商品の販売を開始し,現在までに合計330個の原告商品を販売した。その売上高は合計19万0487円である。

   (カ) 原告Bは,平成18年1月22日,原告商品の写真を自社のウェブページに掲載した。

   (キ) 平成18年4月,被告は,被告商品の販売を開始した。

   (ク) 平成19年1月,原告が被告商品を発見し,被告に問い合わせをした。

   (ケ) 平成19年8月,本訴提起。

 イ 模倣についての善意無重過失について
  裁判所は,上記事実を認定の上,「被告は,被告商品の購入時にそれが原告商品の形態を模倣したものであることを知らず,かつ,知らなかったことにつき重大な過失はなかったものと認められる。」と判断した。そのため,不正競争防止法19条1項5号ロの規定が適用され,原告らの不正競争防止法2条1項3号に基づく請求は棄却された。
  判決では,被告の善意無重過失を認めた理由として,下記(ア),(イ)の2点が挙げられている。
  また,原告らが,上記ア(ア)〜(エ)の事実を挙げ,被告は被告商品が原告商品の形態を模倣した商品であることを知り,少なくとも,知らなかったことにつき重大な過失がある,と主張した点については,裁判所は,下記(ウ),(エ)のように判断して,原告らの主張を採用しなかった。

   (ア) 被告側の事情からの理由
   「被告における商品の仕入れは,商品の仕入れを担当する部門に所属するバイヤーが,仕入先が行う多数の企画提案の中から,特定の商品の企画提案を採用し,その販売数量や価格等を決定して行うというものであり,また,被告商品の仕入れを担当する部門が1年間に取り扱う商品数だけでも約12万点に及び,仕入先が被告に対して行う企画提案の数も極めて多数に及ぶものと推測されることからすると,被告は,被告商品の仕入れを行うに当たり,被告商品の企画や生産の過程に関与することはなく,被告商品の選定やその販売数量及び価格等の決定のみを行っていたものと認められる。」
   「また,上記の膨大な数量の商品すべてについて,その開発過程を確認するとともに,形態が実質的に同一である同種商品がないかどうかを調査することは,著しく困難であるということができる。」

   (イ) 原告側の事情からの理由
   「一方,原告商品は,これまでの販売金額が合計19万0487円,販売数量も合計330個にとどまり,その宣伝,広告も,原告ベストエバージャパンのウェブページや商品カタログに写真が掲載されている程度であって,一般に広く認知された商品とは認められないことからすると,被告は,被告商品を平成化成から購入するに当たり,取引上要求される通常の注意を払ったとしても,原告商品の存在を知り,被告商品が原告商品の形態を模倣した事実を認識することはできなかったものというべきである。」

   (ウ) 被告のバイヤーXと名刺交換をしていた点,原告Bの商品が掲載されたカタログを毎年,被告に送付していた点に対する裁判所の判断
   「Xは,被告商品の仕入れを担当する部門のバイヤーではないことが認められ,また,Xとの名刺交換から被告商品の販売が開始される平成18年4月ころまで約4年が経過しており,その間,被告において原告商品の購入が具体的に検討された形跡は認められないから,被告の一従業員であるXとの名刺交換及び同人へのカタログ等の交付という事情のみでは,被告が原告商品の存在を認識し,又は認識することができたということはできない。」

   (エ) 東京ギフトショーにおいて出展したプチホルダーが審査員特別賞を受賞した点,そのことが業界誌に掲載された点に対する裁判所の判断
   「東京ギフトショーにおいてプチホルダーが審査員特別賞を受賞した際,原告商品は一般に販売されていなかったこと,原告商品は平成16年8月から販売が開始されたものの,…その販売金額及び数量等によれば,一般に広く認知された商品とは認められないことからすれば,…東京ギフトショーにおいてプチホルダーが審査員特別賞を受賞し,その事実が業界誌に掲載されたとしても,これらの事情をもって被告の悪意,重過失を基礎付けることはできないというべきである。」

第3.考察
   本判決は,不正競争防止法19条1項5号ロの善意無重過失について,具体的な判断が示された事例として,同様の事案があったときに参考になる判例と考えられる。特に,上記「第2」「2」「(2)」「イ」の「(ア)」〜「(エ)」において,裁判所が,被告の業態や原告商品の認知度に関する事実を引用しながら理由を構成している点に注意を要する。不正競争防止法2条1項3号に基づく請求では,原告商品の商品形態が周知であることは要件事実とされないが,被告側から模倣について善意無重過失の抗弁が主張されたときは,その判断の中では,本件のように,原告商品の市場における認知度も考慮される可能性がある。一般論として,メーカーではなく販売のみを行っている業者への不正競争防止法2条1項3号に基づく請求は,請求棄却となるケースが多い。請求を検討する場合は,商品形態が実質的に同一といえるか,模倣の事実が認められるかの点のみならず,相手方から模倣について善意無重過失の抗弁の主張がされたときに有効な反論ができるかについても,事実関係を十分に確認の上,慎重に検討する必要がある。

(H22.08作成: 弁理士 山本 進)


→【1】論説:歴史上の人物名からなる商標出願について
→【2】論説:自炊の後始末:電子書籍化と著作権
→【4】論説:賃借人死亡の場合の法律関係と賃貸人の対応
→【5】記事のコーナー :「明細書、特許請求の範囲又は図面の補正(新規事項)の審査基準の改訂について
→【6】記事のコーナー :外国への特許出願について〜中国〜
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