発行日 :平成22年 1月
発行NO:No24
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【4】論説〜他人の氏名・名称を含む商標をめぐる裁判について〜
1 商標法4条1項8号
  商標法4条1項8号は、商標登録を受けることができない商標として、「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)」と定めています。すなわち、他人の「氏名」「名称」を含む商標は、当該他人の承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができない一方、これらの「略称」を含む商標は、当該略称が「著名」でなければ(本号との関係では)登録を受けることができます。
  今回は、この点に関する裁判例を見ていきたいと思います。

2 「氏名」「名称」と「略称」との関係
  「氏名」とは、自然人の姓及び名のフルネーム、「名称」とは、団体の名称のフルネームを意味します。法人の場合、「株式会社」「有限会社」「財団法人」等を除いた部分も「名称」であるとの考え方がありましたが、最高裁裁判所昭和57年11月12日第二小法廷判決はこの点について次のように判示し、これを否定しました。
  『株式会社の商号は商標法四条一項八号にいう「他人の名称」に該当し、株式会社の商号から株式会社なる文字を除いた部分は同号にいう「他人の名称の略称」に該当するものと解すべきであつて、登録を受けようとする商標が他人たる株式会社の商号から株式会社なる文字を除いた略称を含むものである場合には、その商標は、右略称が他人たる株式会社を表示するものとして「著名」であるときに限り登録を受けることができないものと解するのが相当である。』(なお、当該判例の事案では、株式会社月の友が登録商標「月の友の会」の無効を主張したものであり、「月の友」が略称にあたるとされたため、著名性の判断が主要な争点となっています。)
  すなわち、例えば、他人である株式会社Xについては、「株式会社X」が名称、「X」が略称ということになり、商標「X」は他人の名称の略称にあたるため、(本号との関係では)それが「著名」であるときに限り登録を受けることができない、「著名」でなければ登録を受けることができるということです。当該判例以降の裁判例においては、株式会社の商号から株式会社なる文字を除いた部分は略称であることが前提とされています。

3 商標法4条1項8号の立法趣旨
  商標法4条1項8号の趣旨については、他人の人格権の保護にあるとする人格権保護説、他人の名称等の使用がもたらす出所混同の防止にあるとする出所混同防止説があり、人格権保護説からは、フルネームが同一であるとしても人格権の毀損がないといえる場合は登録を認めてよいのではないか、出所混同防止説からは、フルネームが同一であるとしても需要者・取引者間に出所の誤認混同を生ぜしめない限りは登録を認めてよいのではないか、との考え方もあり得ます。
  上記最高裁判例(昭和57年11月12日第二小法廷判決)後も、他人の承諾がなくとも、その他人のフルネームを含む商標登録が認められる余地があると考えてもおかしくありませんでした。

  この点、最高裁判所平成16年6月8日第三小法廷判決は、アメリカ合衆国の彫金師レナード・カムホートの氏名から成る登録商標「LEONARD KAMHOUT」について、商標法4条1項8号該当性が争われた事案において、次のように判示しました。
  すなわち、『(商標法4条1項)8号は、その括弧書以外の部分に列挙された他人の肖像又は他人の氏名、名称、その著名な略称等を含む商標は、括弧書にいう当該他人の承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができないとする規定である。その趣旨は、肖像、氏名等に関する他人の人格的利益を保護することにあると解される。したがって、8号本文に該当する商標につき商標登録を受けようとする者は、他人の人格的利益を害することがないよう、自らの責任において当該他人の承諾を確保しておくべきものである。』として、人格権保護説に立つことを明らかにした上で、商標登録を受けることができないとしました。(なお、当該判例の事案では、出願時はレナード・カムホート氏の承諾があったものの、拒絶査定時には撤回されていたため、商標法4条3項「第一項第八号、第十号、第十五号、第十七号又は第十九号に該当する商標であつても、商標登録出願の時に当該各号に該当しないものについては、これらの規定は、適用しない」の文言どおり解すれば登録を受けられそうにも思えるところ、「3項にいう出願時に8号に該当しない商標とは、出願時に8号本文に該当しない商標をいうと解すべきものであって、出願時において8号本文に該当するが8号括弧書の承諾があることにより8号に該当しないとされる商標については、3項の規定の適用はない」と判示しており、この点が主な争点となっています。)

  さらに、最高裁判所平成17年7月22日第三小法廷判決も、「国際自由学園」なる登録商標が、他人の名称である「学校法人自由学園」の著名な略称を含む商標に当たるか否かが争われた事案において、次のように判示し、人格権保護説に立つことを明らかにしました。
  『商標法4条1項は、商標登録を受けることができない商標を各号で列記しているが、需要者の間に広く認識されている商標との関係で商品又は役務の出所の混同の防止を図ろうとする同項10号、15号等の規定とは別に、8号の規定が定められていることからみると、8号が、他人の肖像又は他人の氏名、名称、著名な略称等を含む商標は、その他人の承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができないと規定した趣旨は、人(法人等の団体を含む。以下同じ。)の肖像、氏名、名称等に対する人格的利益を保護することにあると解される。すなわち、人は、自らの承諾なしにその氏名、名称等を商標に使われることがない利益を保護されているのである。』

 では、他人のフルネームを含む商標登録は、その他人の承諾が得られなければ、必ず登録が認められないのでしょうか。前記のとおり、人格権保護説に立つとしても、人格権の毀損がないといえる場合、すなわち、氏名・名称につき承諾を得ないことによる人格権の毀損が客観的に認められない場合は登録を認めてよいとも考えられます。

  この点、知財高裁平成21年2月26日判決は、少なくとも6社実在する株式会社オプトと同一の「株式会社オプト」なる商標について、商標法4条1項8号該当性が争われた事案において、次のとおり判示し、著名性や周知性を考慮することなく、商標法4条1項8号該当性を肯定し、商標登録を受けることはできないとしました。

  『商標法4条1項8号は、「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)」については、商標登録を受けることができない旨を規定する。このように、商標法4条1項8号は、他人の名称を含む商標については、他人の承諾を得ているものを除いては、商標登録を受けることができないと規定しており、それ以上に何らの要件も規定していない。 (中略) したがって、ある名称を有する他人にとって、その名称を同人の承諾なく商標登録されることは、同人の人格的利益を害されることになるものと考えられるのであり、この場合、出願人と他人との間で事業内容が競合するかとか、いずれが著名あるいは周知であるといったことは、考慮する必要がないことになる。』

  また、同判決は、『具体的な株式会社の商号(例えば「株式会社オプト」)から株式会社の文字を除いた部分(例えば「オプト」)は、商標法4条1項8号にいう「他人の名称の略称」に当たる)。したがって、それが著名なものでない限り、他人の株式会社なる文字を除いた部分と同一の名称の商標登録を受けることは、商標法4条1項8号によって妨げられることはない。』とも述べています。要するに「オプト」であれば商標登録を受ける余地があるのだからよいでしょうということです。

  さらに、知財高裁平成21年5月26日判決は、実在する株式会社末廣精工と同一の「株式会社末廣精工」なる商標について、商標法4条1項8号該当性が争われた事案において、次のとおり判示し、著名性や周知性を考慮することなく、商標法4条1項8号該当性を肯定し、商標登録を受けることはできないとしました。

  『要するに、同号は、出願人と他人との間での商品又は役務の出所の混同のおそれの有無、いずれかが周知著名であるということなどは考慮せず、「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称」を含む商標をもって商標登録を受けることは、そのこと自体によって、その氏名、名称等を有する他人の人格的利益の保護を害するおそれがあるものとみなし、その他人の承諾を得ている場合を除き、商標登録を受けることができないする趣旨に解されるべきものなのである。』

  すなわち、他人の氏名・名称を含む商標をもって商標登録を受けること自体により、人格権の毀損のおそれがあるというわけです。
  一般に、法律解釈において、形式的には条文の文言に反する場合でも、実質的に条文の趣旨に反しないという論法がよく用いられますが、これら2つの知財高裁判例は、当該個別事案における人格権侵害のおそれの有無といった実質的理由は考慮されず、形式的判断で不登録事由としている点が特徴的です。

 以上からすると、他人の氏名・名称を含む商標の登録は、その他人の承諾がない限り、認められないという結論になりそうです。しかし、現実には、他人の氏名・名称を含む登録商標は多数存在し、無効審判請求されることもなく存続しています(なお、商標法47条1項、46条1項により無効審判は登録後5年以内に請求する必要があります)。

  この点、前記知財高裁平成21年5月26日判決は、次のようにも述べています。
  『仮に、これまでに他人の名称を含む商標の出願登録が認められた例があったとしても、被告の主張するとおり、当該他人の名称の存在を特許庁が把握していなかったために、本来であれば拒絶されるべき出願に係る商標が登録されてしまったか、あるいは、その出願に係る商標が誤って登録されてしまったというにすぎず、本願商標が同号に該当するか否かの判断に際して、そのような登録例に拘束されるべき理由はなく、原告の主張は採用の限りでない。』
  すなわち、過誤登録にすぎないというわけです。

  株式会社については、株式会社を除いた略称部分を登録することにより実質的な判断・解決が可能かもしれませんが、自然人の氏名の場合には、同姓同名人がほぼ必ず存在するという事実からすると、前記裁判例を前提とすれば、およそ登録できないということになりそうです。実際の特許庁の運用では、特に著名人と同一でない限り、自己の氏名を登録申請すれば登録されているようですので、前記裁判例とは温度差があるようです。

  そもそも、自然人の氏名について商標法4条1項8号該当性が争われたこと自体が少なく、前記最高裁判所平成16年6月8日第三小法廷判決は、自然人のフルネームについて問題となった事例ではありますが、一旦承諾があったという特殊事例ゆえに裁判となったものであり、氏名も外国人のものです。単純な日本人の氏名についての裁判例は見あたらず、もし、争われた場合にどのような判断となるのか興味深いところです。

  ちなみに、「土井勝」は平成9年に、「マツモトキヨシ」は平成11年に登録されています。

(H22.1作成: 弁護士・弁理士 江村 一宏)

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→【5】記事のコーナー :本当は使える「実用的」な実用新案
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