発行日 :平成21年 7月
発行NO:No23
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【4】論説〜無効な登録商標の使用と権利濫用法理
        (モズライト商標をめぐる2つの裁判)〜
1 事案の概要(一部事案を簡略化)
(1)   昭和40年ころから、米国のモズライト社を通じて、「MOSRITE」商標等(以下「本件商標」)が付されたモズライト・ギターが日本に輸入・販売されていた。本件商標は、モズライト社により、日本においても商標登録されていたが、モズライト社は昭和44年に倒産、再建を経て昭和48年に再度倒産した。本件商標は、昭和52年に期間満了により消滅し、昭和54年にその登録が抹消された。

  なお、本件商標はモズライト・ギターを使用していたザ・ベンチャーズ、寺内タケシ、加山雄三等の影響で、モズライト・ギターの標章として、エレキギターを取り扱う業者やエレキギターの愛好家の間では、よく知られるようになっていた。
  Aは、モズライト・ギターの製造に下請けとして関与していたが、昭和43年ころから、モズライト・ギターの複製品であるエレキギターを本件商標を付して製造販売するようになり、また、昭和47年にモズライト社とは無関係に本件商標の登録を出願したAから商標登録出願権譲り受け、昭和55年に登録された。

  一方、モズライト社の設立者であるセミー・モズレーは、モズライト社倒産後もモズライト・ギターの生産を続けていたところ、Bは、平成4年、セミー・モズレーが設立したユニファイド社からモズライト・ギターの輸入・販売を受ける契約を締結し、同年にセミー・モズレーが死亡し平成6年にユニファイド社が倒産後も、セミー・モズレーと無関係に本件商標を付したエレキギターを製造させ、輸入・販売するようになった。

(2) 第1事件
  このような状況のもとで、まず、平成10年、AがBに対し、Bが本件商標を付したエレキギターを輸入・販売する行為は、Aが商標権を有する本件商標を侵害すると主張して、輸入販売等の差止め並びに侵害による損害の賠償を求めた。
  しかし、裁判所は、Aの登録商標には商標法4条1項10号が定める無効事由が存することが明らかであり、このような商標権に基づく請求は、権利の濫用であるとしてAの請求を全て棄却した(東京地裁平成13年9月28日)。なお、控訴も棄却され、確定した(東京高裁平成14年4月25日)。
  さらに、Bは、Aに対して商標登録の無効審判請求がなされ、審決取消訴訟を経て、指定商品中の楽器等についての登録を無効とする審決が確定している。

(3) 第2事件
  一方、Bも、平成10年以降、本件商標の出願を行い、平成15年、平成18年に順次登録を受けた。そして、なお本件商標を付したエレキギターを製造・販売するAに対し、本件商標の使用差止め等を求めた。
  しかし、裁判所は、Bの登録商標は、商標法4条1項10号に該当し無効とされるべきものであるから、商標法39条、特許法104条の3第1項に基づき、Bの登録商標に基づく権利行使は許されないとしてBの請求を全て棄却した(東京地裁平成19年10月25日)。なお、控訴も棄却され、確定した(知財高裁平成20年8月28日)。

2 考察
(1)   商標法4条1項10号は「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」は商標登録を受けることができないと定めている。
  しかるに、第1事件では、本件商標は、出願時及び登録時において、セミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギターであるモズライト・ギターを表示するものとして需要者に広く認識されていたものであるとして、登録商標に商標法4条1項10号の定める無効事由があり、このような商標権に基づく差止め等の請求は権利濫用に当たると判示したものである。

  かかる権利濫用の抗弁は、「特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用にあたり許されない」旨判したキルビー事件最高裁判決(最高裁判所平成12年4月11日)を受けた、いわゆるキルビー抗弁と呼ばれるものである。
  そして、キルビー事件の判例法理を推し進めるものとして、平成16年に、「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。」旨定める特許法104条の3が新設され、商標法39条がこれを準用するとされた。

  第2事件においては、第1事件と同様に、本件商標は、Bの登録出願時、登録査定時及び現在に至るまでも、なお、セミー・モズレー及びその関連会社が製造販売したモズライト・ギターに関する商標として、その取引者及び需要者間において、周知著名であったとの事実を認定し、法律構成としては、商標法4条1項10号に該当し、商標法39条の準用する特許法104条の3第1項により、Bの権利行使が許されないとしている。
  すなわち、実質的には第1事件と第2事件は同一の理由により、A、Bいずれの権利行使も許されないということになった。 (なお、一定の無効理由に基づく商標登録の無効審判請求について、商標法47条1項は「商標権の設定の登録の日から5年を経過した後は、請求することはできない」と規定しており、上記第1事件、第2事件でも、設定登録から5年経過している点が問題となったものの、同項に定める除外規定である「不正の目的で商標登録を受けた場合を除く」にいう不正競争の目的を認定して商標権者側の主張を退けている。)

(2)   では、新たに、無関係なCが、本件商標を付して、エレキギターを自由に製造・販売できるのであろうか。
  上記結論からすると、本来の権利者の権利行使がなされない状況であり、かつ、AやBも権利行使できない以上、Cは自由に本件商標を使用できそうである。第1事件の控訴審である東京高裁平成14年4月25日判決も、「その登録に無効事由が存在することが明らかな本件商標に基づき、Aが、他人に対し、本件商標権の侵害を理由に、差止め請求権や損害賠償請求権を行使することは、いかなる場合であっても、権利の濫用に当たり許されないというべきである。仮に、Bが、Aの主張どおり、モズライト・ギターの複製品を本物と偽って販売していることが真実であったとしても、そのことをもって、無効事由が存在することが明らかな本件商標権に基づく請求を許すべき根拠とはなり得ないというべきである。」と判示しており、かかる結論を示唆するものとも思える。

  しかし、「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護する」(商標法1条)という商標法の目的に照らして、何人も自由に商標を使えるという状況に問題がないとも思えない。
  この点、知財高裁平成20年8月28日判決が、「殊に」「Bと同じように長年にわたってモズライト・ギターに類似するギター等を製造販売等してきた」Aに対し、商標法39条、特許法104条の3第1項に基づき、登録商標に基づく権利行使は許されないと判示していることが注目される。
  すなわち、Cが「長年にわたってモズライト・ギターに類似するギター等を製造販売等してきた」者でない場合、登録商標に無効事由があったとしても、Cに対する権利行使が許されると解することもできる。これは、いわば、キルビー抗弁ないしは商標法39条の準用する特許法104条の3第1項の抗弁に対する、特段の事情ないし権利濫用の再抗弁と言いうるものである。

  そうすると、紛いなりにも商標登録を受けて使用し続けていれば、登録に上記のような無効事由があっても、新たに当該商標の使用を始めたような者に対しては権利行使が許されることになる。しかし、需要者の認識として、依然、当該商標が他人(本来の権利者)の信用に向けられているのであれば、やはり、それ以外の者による権利行使が許されるというのは違和感がある。商標の使用をする者の業務上の信用の維持や需要者の利益の保護を目的とする商標法の目的に照らせば、需要者の認識において当該商標がAないしBの商品等の信用に向けられているのか否かの観点から権利行使の可否を検討すべきであり、C側の事情は無関係というべきである。もし、商標登録に無効事由があっても、時間の経過により当該商標がAないしBの商品等の信用に向けられるに至ったような場合に、上記特段の事情ないし権利濫用の再抗弁が許されると考えられるのではないか。(なお、このような場合、商標登録の無効理由の治癒ともいえるが、商標法4条1項10号の無効理由については治癒を否定する高裁判例がある(東京高裁平成17年2月24日)。)Cに対しては、本件商標の信用が向けられている者が、不正競争防止法等に基づいて差止請求等をなすべきであり、それはセミー・モズレーの相続人かも知れないし、場合によってはAやBかも知れないが、それらの者がCの使用を容認するかどうかの問題のはずである。

(H21.7作成: 弁護士・弁理士 江村 一宏)

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→【6】記事のコーナー :挑戦してみたいスポーツについて
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