発行日 :平成19年 7月
発行NO:No19
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【3】論説〜特許権侵害訴訟における機能的クレームの解釈について〜
1.問題の所在

  平成6年改正前の旧特許法36条5項2号は、特許請求の範囲は「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみ」を記載した項に区分してあること、すなわち、クレームは発明の構成に即して記載することを求めていた。しかし、情報関連技術(電子、通信、情報技術)などの発展に伴い技術のソフト化が進んだ結果、こうした分野における装置の発明については、構成に欠くことができない事項として装置の物理的な構造等を記載するよりも、その装置の作用や動作方法などによって装置を定義する方が発明を適切に表現できる場合が多くなってきた。そこで、平成6年の改正では、旧特許法36条5項2号は、特許請求の範囲には「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と改正され、拒絶・無効理由から除外するとともに、特許を受けようとする発明が明確であることを求める特許法第36条第6項第2号が新設され、拒絶・無効理由として追加された。この改正により、特許を受けようとする発明が明確である限り、多様なクレーム表現が許容されることになった。例えば、ある課題を解決するための手段を、装置の構成にまで具現化せずに機能的に表現したクレームも、発明の外延が明確と認められる限り、許容されるようになったものである。
  このような機能的クレームの一例としては、特定の機能を得るための「〜手段」という表現を用いることが挙げられる。特定の機能を得るための手段は、通常、その機能を達成できる具体的な構成を幾つか包含すると考えられるため、機能的クレームは、ある特定の構成だけを念頭にしたクレームよりも権利範囲が広くなる場合が多い。
  しかし、特許権侵害訴訟において、被告が実施しているイ号製品が、明細書に開示されている構成とは異なる構成によってその機能を実現している場合、機能的クレームで記載された特許発明の技術的範囲の解釈が問題となることがよくある。機能的クレームの技術的範囲が問題となった事件としては、以下に引用する「コインロッカー事件」、「地震時ロック装置事件」、「アイスクリーム充填苺事件」などがある。

2.裁判例の概観

(1) コインロッカー事件(東京地判昭和52年7月22日、昭和50年(ワ)第2564号)

 実用新案登録請求の範囲が
  「(a) 鍵2の挿入または抜き取りにより
   (b) 硬貨投入口8を開閉する遮蔽板9を設けたこと
   (c) を特徴とする貸しロッカーの硬貨投入口開閉装置。」


であるケースにおいて、裁判所は、『本件考案においては、右課題の解決のために鍵の挿入又は抜取りという手段及び遮蔽板という手段を具体的に挙げているので、右課題の解決を示しているかのように見られるが、右各手段についての表現は、抽象的であり、右各手段が具体的にいかなる中間的機構を有すれば、鍵の挿入又は抜取りという動作と遮蔽板の作動という動作とを連動させることができるかについては、実用新案登録請求の範囲の記載のみによっては知ることができないから、右のような抽象的な記載をもつて、何ら右課題の解決を示したものということはできない。・・・中略・・・そこで、本件考案の技術的範囲を定めるためには、右明細書の考案の詳細な説明の項及び図面の記載に従い、その記載のとおりの内容のものとして、限定して解さなければならない。したがつて、本件考案の構成要件を具備した装置がすべて本件考案の技術的範囲内にあるものということはできない。』と判示した。機能的クレームの技術的範囲を実施例に限定して解釈した上で、実施例とは異なる構成で硬貨投入口の開閉を行っていた被告のイ号物件は技術的範囲に属さないと判断した事例である。

(2) 地震時ロック装置事件(大阪地判平成13年5月31日、平成11年(ワ)第10596号)
 特許請求の範囲が
  「(a) 家具、吊り戸棚等の本体内に固定された装置本体に
   (b) 動き可能に係止手段を設け
   (c) 該係止手段が開き戸の係止具に
   (d) 地震時のゆれが原因で振動を伴わず係止するロック方法において
   (e) 開き戸を閉止状態からわずかに開かれた位置で開き停止させ
   (f) 開き戸の解除を伴って戻る際に弾性手段の抵抗が作用する
   (g) 開き戸の地震時ロック方法」


であるケースにおいて、裁判所は、構成要件(f)の「弾性手段」は、『明細書の発明の詳細な説明中にその技術的な意義について明確な記載がなく、出願当初の明細書の特許請求の範囲には記載がなかったところ、当初明細書の実施例の記載に基づいて、補正によって、開き戸の解除の際に「弾性手段の抵抗」が作用するという構成が加えられたものであって、実施例においては、「弾性手段」が、ドア側ではなく吊り戸棚等の本体側に係止手段や解除具と共に設けられ、係止手段ないし解除具が初期状態に戻る経路に位置したものになっている構成しか開示されていない。加えて、弾性手段を有する開き戸の地震ロック装置に関する公知技術が存すること等をも考慮すると、A発明の「弾性手段」とは、A明細書の実施例に示されているように、装置本体に係止手段や解除具と共に設置され、係止手段ないし解除具が初期状態に戻る経路に位置して、係止手段ないし解除具が戻るのを抑える機能を持つものに限られるものと解釈するのが相当である。』と判示した。コインロッカー事件と同様、機能的クレームの技術的範囲を実施例に限定して解釈した上で、その構成を使用していない被告のイ号製品は技術的範囲に属さないと判断した事例である。

(3) アイスクリーム充填苺事件(東京地判平成16年12月28日、平成15年(ワ)第19733号等
 特許請求の範囲が
  「(a) 芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され、
   (b) 全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺であって、
   (c) 該アイスクリームは、外側の苺が解凍された時点で、
   (d) 柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること
   (e) を特徴とするアイスクリーム充填苺」


であるケースにおいて、裁判所は、『本件特許発明の目的は、アイスクリーム充填苺について糖度の低い苺が解凍された時にも、苺の中に充填された糖度の高いアイスクリームが柔軟性と形態保持性を有することにあるところ、本件明細書においては、これを実施するために、通常のアイスクリームの成分以外に「寒天及びムース用安定剤」を添加することを明示し、それ以外の成分について何ら言及していない。』と指摘した上で、構成要件(c)〜(d)の「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性」を有するアイスクリームに該当するためには、『通常のアイスクリームの成分のほか、少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することが必要であると解するのが相当である。』と判示した。機能的クレームの技術的範囲を実施例に限定して解釈した上で、「寒天及びムース用安定剤」を使用していない被告のイ号製品は技術的範囲に属さないと判断した事例である。

3.明細書の作成において注意すべきこと

  クレームを具体的な物や部品の構成で記載するのではなく、その物や部品が果たす機能で記載すると、一見、権利範囲が広く書けたように錯覚する。しかし、発明の構成が機能的な表現で記載されている場合において、当該機能を果たし得る実施例の開示が著しく不足していると、上記判例に見るとおり、侵害訴訟では、クレームの文言通りその機能が得られる構成すべてに権利行使が認められる訳ではなく、明細書中に具体的に記載した実施例とその実施例から当業者が容易に実施し得る範囲にしか権利行使が認められない場合がある。
  引用した判例は、何れも、機能的な表現でクレームされているにもかかわらず、発明の詳細な説明に、クレームにおける技術的思想の広がりを十分にサポートできるだけの実施例が不足していた事例である。クレームが機能的で抽象的な広がりを持つように記載されているのであれば、それを裏付けし、権利範囲の外延を明確にする実施例が必要である。技術的思想の広がりを十分にサポートできるだけの実施例が不足している場合についてまで、機能的クレームを文言通りに解釈すると、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれていることとなり、出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となりかねない。このような結果が生ずることは、特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に悖ることになる。

  但し、上記解釈は、機能的クレームであれば必ず技術的範囲を実施例に限定するというものではなく(必ずそう解釈するのであれば、前述した平成6年改正の趣旨は没却されてしまう。)、実施例として記載されていなくても、明細書に開示された記述の内容から当業者であれば容易に実施し得る構成であれば、その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。
  明細書を作成する立場からすると、機能的クレームを生かすためには、発明の詳細な説明中に出来るだけ多くの実施例を記載するとともに、具体的に開示した実施例の構成から導き出すことが可能な技術的思想や着想を明らかにしておいて、クレームにおける機能的な表現との隙間を出来るだけ埋めておくことが大切である。機能的クレームをサポートするためには、少し見方を変えた異なるパターンの実施例や、技術的思想についての論理的な説明についても加えておくことが望ましい。

(H19.8作成: 弁理士 山本 進)


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