発行日 :平成23年 7月
発行NO:No27
発行    :溝上法律特許事務所
            弁護士・弁理士 溝上哲也
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   【2】論説〜知的財産刑事事件における「故意」〜
1 知的財産法と刑事事件
  広く知的財産法,特許法,実用新案法,意匠法,商標法,不正競争防止法,著作権法などにも,刑事罰があります。

  たとえば,商標法には,

   第九章 罰則

(侵害の罪)

第七十八条 商標権又は専用使用権を侵害した者(第三十七条又は第六十七条 の規定により商標権又は専用使用権を侵害する行為とみなされる行為を行つた 者を除く。)は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれ を併科する。

第七十八条の二 第三十七条又は第六十七条の規定により商標権又は専用使用 権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者は、五年以下の懲役若しくは五 百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

(詐欺の行為の罪)

第七十九条 詐欺の行為により商標登録、防護標章登録、商標権若しくは防護 標章登録に基づく権利の存続期間の更新登録、登録異議の申立てについての決 定又は審決を受けた者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。

(虚偽表示の罪)

第八十条 第七十四条の規定に違反した者は、三年以下の懲役又は三百万円以 下の罰金に処する。

(偽証等の罪)

第八十一条 この法律の規定により宣誓した証人、鑑定人又は通訳人が特許庁 又はその嘱託を受けた裁判所に対し虚偽の陳述、鑑定又は通訳をしたときは、 三月以上十年以下の懲役に処する。

2 前項の罪を犯した者が事件の判定の謄本が送達され、又は登録異議の申立 てについての決定若しくは審決が確定する前に自白したときは、その刑を減軽 し、又は免除することができる。

(秘密保持命令違反の罪)

第八十一条の二 第三十九条において準用する特許法第百五条の四第一項 の規 定(第十三条の二第五項において準用する場合を含む。)による命令に違反し た者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科 する。

2 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

3 第一項の罪は、日本国外において同項の罪を犯した者にも適用する。

(両罰規定)

第八十二条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業 者が、その法人又は人の業務に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をした ときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号で定める罰金刑を、 その人に対して各本条の罰金刑を科する。

一 第七十八条、第七十八条の二又は前条第一項 三億円以下の罰金刑

二 第七十九条又は第八十条 一億円以下の罰金刑

2 前項の場合において、当該行為者に対してした前条第二項の告訴は、その 法人又は人に対しても効力を生じ、その法人又は人に対してした告訴は、当該 行為者に対しても効力を生ずるものとする。

3 第一項の規定により第七十八条、第七十八条の二又は前条第一項の違反行 為につき法人又は人に罰金刑を科する場合における時効の期間は、これらの規 定の罪についての時効の期間による。

(過料)

第八十三条 第二十八条第三項(第六十八条第三項において準用する場合を含 む。)において準用する特許法第七十一条第三項 において、第四十三条の八 (第六十条の二第一項及 び第六十八条第四項において準用する場合を含む。) 若しくは第五十六条第一項(第六十八条第四項において準用する場合を含 む。)において、第六十一条(第六十八条第五項において準用する場合を含 む。)において準用する同法第百七十四条第二項 において、第六十二条第一項 (第六十八条第五項において準用する場合を含む。)において準用する意匠法 第五十八条第二項 において、又は第六十二条第二項(第六十八条第五項におい て準用する場合を含む。)において準用する同法第五十八条第三項 において、 それぞれ準用する特許法第百五十一条 において準用する民事訴訟法第二百七条 第一項 の規定により宣誓した者が特許庁又はその嘱託を受けた裁判所に対し虚 偽の陳述をしたときは、十万円以下の過料に処する。

第八十四条 この法律の規定により特許庁又はその嘱託を受けた裁判所から呼 出しを受けた者が正当な理由がないのに出頭せず、又は宣誓、陳述、証言、鑑 定若しくは通訳を拒んだときは、十万円以下の過料に処する。

第八十五条 証拠調又は証拠保全に関し、この法律の規定により特許庁又はそ の嘱託を受けた裁判所から書類その他の物件の提出又は提示を命じられた者が 正当な理由がないのにその命令に従わなかつたときは、十万円以下の過料に処 する。

  あまり目立たないですが,たとえば,商標権侵害罪(商標法78条前段)は,10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金,または,それらの併科刑(懲役も罰金もという意味)で,実は,かなり重い犯罪です。

2 知的財産刑法の特徴,故意犯の意味
  知的財産刑法といえども,警察官が捜査をし,検察官が処分し(起訴か不起訴かという意味),裁判所が判決をするという刑事事件の基本的な構造は何もかわりません。
  民事のように知財の特別部というものもありません。
  ただ,知的財産刑法は,基本は,通常の刑事事件とは変わらないのですが,やはり,専門的領域ゆえの特殊性があります。
  まず,知財刑法についての大きな特徴点は,そのほとんどが故意犯であることです。商標法違反は,すべて故意犯です。

  「故意」とは,簡単にいえば,わざと分かっててということです。これを確定的故意といいます。また,これと同じく,(商標権侵害などを)知らなかったが,たとえば,偽物であっても構わないと認容して行為を行うこと,これを未必の故意といい,故意が認められることになります。

3 「ニセモノ」と故意

知財・刑事分野は,興味深い分野で,
知財に詳しい弁護士は,刑事をやらない人が多い
知財に詳しい弁理士は,刑事を知らない人が多い
刑事に詳しい弁護士は,知財をやらない人が多い
警察も,本当に分かっているのか怪しい人も多い
というナイナイづくしの分野です。

まず,条文(商標法で例を考えます)

(侵害の罪)

第七十八条 商標権又は専用使用権を侵害した者(第三十七条又は第六十七条 の規定により商標権又は専用使用権を侵害する行為とみなされる行為を行つた 者を除く。)は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれ を併科する。

第七十八条の二 第三十七条又は第六十七条の規定により商標権又は専用使用 権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者は、五年以下の懲役若しくは五 百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

(侵害とみなす行為)

第三十七条 次に掲げる行為は、当該商標権又は専用使用権を侵害するものと みなす。

一 指定商品若しくは指定役務についての登録商標に類似する商標の使用又は 指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務についての登録商標若 しくはこれに類似する商標の使用

二 指定商品又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品であつて、その商 品又はその商品の包装に登録商標又はこれに類似する商標を付したものを譲渡、 引渡し又は輸出のために所持する行為

三 指定役務又は指定役務若しくは指定商品に類似する役務の提供に当たりそ の提供を受ける者の利用に供する物に登録商標又はこれに類似する商標を付し たものを、これを用いて当該役務を提供するために所持し、又は輸入する行為

四 指定役務又は指定役務若しくは指定商品に類似する役務の提供に当たりそ の提供を受ける者の利用に供する物に登録商標又はこれに類似する商標を付し たものを、これを用いて当該役務を提供させるために譲渡し、引き渡し、又は 渡若しくは引渡しのために所持し、若しくは輸入する行為

五 指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務につい て登録商標又はこれに類似する商標の使用をするために登録商標又はこれに類 似する商標を表示する物を所持する行為

六 指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務につい て登録商標又はこれに類似する商標の使用をさせるために登録商標又はこれに 類似する商標を表示する物を譲渡し、引き渡し、又は譲渡若しくは引渡しのた めに所持する行為

七 指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務につい て登録商標又はこれに類似する商標の使用をし、又は使用をさせるために登録 商標又はこれに類似する商標を表示する物を製造し、又は輸入する行為

八 登録商標又はこれに類似する商標を表示する物を製造するためにのみ用い る物を業として製造し、譲渡し、引き渡し、又は輸入する行為

よくある偽ブランドを外国から買ってきて,売るための在庫を持っているというのは, (類似する)「指定商品」であって(類似する)登録商標を付した商品を,「譲渡のために」(譲渡目的)「所持する行為」(商標法37条2号)が問題となります。
これは,条文(商標法78条の2)で,
「行為を行つた者は、」とあるので,故意犯となり,過失犯は除外されています。
これは,故意処罰の原則という刑法の大原則で(刑法38条1項本文),「法律の特別の規定」(刑法38条1項ただし書き)たる,たとえば「過失により」という条文がないので,故意犯のみが処罰されるということになります。

刑法
第38条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定があ る場合は、この限りでない。

構成要件としては,
@指定商品またはそれに類似する商品であること
A登録商標またはそれに類似する商標を付した商品であること,
B譲渡目的があること
C所持すること
で,この@,A,C全てについて,故意がなければなりません(Bは主観的要件)。
売っている途中で捕まった場合の,その在庫については,BCはあります。
客観的な要件としての@Aは商標権者の登録原簿,商品の確保によることになります。
これも,検察立証は,まだ容易といえます(そもそも,まったく類似しないものは,刑事事件にはならないといえます)。

問題は,故意です。
商標権は,特許庁に登録されて,民事上では,過失も推定規定もあるので,この主観的要件は割と簡単なのですが(民事では,原則故意も過失も損害賠償額が変わらない),
刑事では,被疑者の側で、商標が登録されていること,指定商品の範囲にあることを特許庁で調べなければいけない義務もなく,ほとんどが知らないということになります。
そこで,「ニセモノ」概念が出てきます。

あるブランドの「ニセモノ」ということが分かっていたを、
→あるブランドが,商標権を登録し,本来商標が付された商品についての権利が,ニセモノ業者とは別の者(ブランドフォルダー)がいて,そうと分かって,売るために持っていた と解釈され,@の故意があるということになります。
特に,この場合,商品をみていれば,この商品についても,別に誰かが権利を持っているだろうということになり,Aの故意もあるということになります。
実は,共謀と絡みかなり難しい問題がありますが,ここでは,とりあえず,故意のことだけを考えることにして,先に進みます。

4 「ホンモノ」と故意

知財刑事の場合,故意が必要になります。
民事では,故意と過失,または重過失を区別しても,ほとんど結論に影響せず,故意を主張しても,裁判所の方から,取下げを求められることもあります。
そのため,故意と過失とで区別することについて(法律的には)重要性がないともいえ,ほとんど資料がありませんので,更に深めて考えておくことにします。

故意は,基本は,構成要件にある事実について全て備わることが必要になります。
知財刑事,たとえば,商標法違反では,生の事実として,行為者が,
 「これは,商標登録した商標であり,売るのは指定商品であるが,あえて,売るぞ!」
みたいには出てきません。
 ニセモノと分かっていたが売ったという生の事実を,
→商標権という権利をあるブランドが登録し,売るべき商品も指定商品の範囲にあるが,「ニセモノ」,つまり,商標権者とは別の業者が権限なく作った商品であることを知りながら,入手し売ろうとしていた
と読み替えて,または,生の事実を法的に解釈して,事実認定をすることになります。

偽ブランドを勝手に売るような行為は,行為自体は単純ですが,法律的には,結構複雑ということになります。
逆にホンモノと思っていれば,確かに商標権者が権限を与えて作った製品(「ホンモノ」)であり,そうと思い込んで入手したということであれば,客観的に,「ニセモノ」であっても故意はないことになります。
これは,結果責任を問わない刑法の大原則です。
ただ、しかし、故意も事実認定の結果に対しての評価ですから,単に,「ホンモノ」と思っていたと否認すれば足りるものではありません。
他の事情・証拠から真実は故意があったのに,否認しているだけとなれば,故意が認定されることになります。

たとえば,
有名ブランドが,このような安い値段で,売るのを認めるわけがないとか,
一回ニセモノを売るのを止めるように警告を受けながら,再度売り始めた場合とか,
縫製が甘いとか,作りが甘いとか…だからニセモノであることが分かるだろう
このような事情を考慮して,故意が認定されることになります。
ニセモノが,精巧であればあるほど,逆に,ホンモノと思ってしまったという言い分が通りやすくなります。
また,ブランドフォルダーが,商標登録はしてあるが,実際にはこの指定商品は作っていないということになれば,客観的にはニセモノということは立証しやすいとはいえますが,逆に,ホンモノの商品はないのですから,ホンモノとおもってしまったという言い分が通りやすくなると考えられます。
「ホンモノ」と思ったという「ホンモノ」のことばの意味の解釈の問題ともいえます。
商標法違反の場合は,商標の類否や指定商品の類似が問題となることは,逮捕の段階では,ほぼありません。そのような微妙なものは,もともと刑事の手続にのらないからです。
取調べの現場では,被疑者を落とすのは,「ニセモノ」と思っていたか,ほぼこの一点となるのが普通です。

5 まとめ
 とりあえず,故意についてまとめてみました。
実際の事件では,故意を争い「処分保留」,故意・共謀を争い「不起訴」となった事案を体験しています。
商標法違反は,軽微な場合は争われることが少ないせいか,かなり苦労をしましたが,捜査官が目するものが,結構無理な場合もよくあると考えさせられるものです。
以上

(H23.8作成 :弁護士 岩原 義則) 



→【1】論説〜2011年特許法改正について〜
→【3】論説〜商標権消滅後1年間の他人の商標登録排除規定の廃止について〜
→【4】論説〜システム監査と個人情報保護〜
→【5】記事のコーナー:〜平成23年3月11日発生の東北地方太平洋沖地震に対する特別措置について〜
→【6】記事のコーナー:アンケート:最近はまっていること、休日の過ごし方や趣味など
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