注釈(著者名等の敬称は省略)
*1: 日本弁理士会 中央知的財産研究所、研究報告第17号(平成17年8月31日)「不正競争防止法第2条第1項第14号について」第95頁〔林いずみ〕の「14号該当性判断の流れ」のフローチャート図を参照。東京高裁平成14年8月29日判決 平成13年(ネ)第5555号「バイエル事件」の14号該当性判断の流れを図式化されたものであるが、大変分かり易くまとめられている。

*2: 特許第2139541号(発明の名称「養魚飼料用添加物」)、特許第2800116号(発明の名称「水産養殖用固型飼料の製造方法」)、特許第2943785号(発明の名称「養魚用ペレット飼料」)の3件の特許権である。
*3: 小野昌延編著「新・注解 不正競争防止法」第476頁〔木村修治〕は、「事実は外界において知覚しうる現象のみならず、人の内部的現象すなわち動機・目的・企図などもそれが立証されうる方法にて観察されるものである限り事実に属する(例えば、営業目的につき虚偽の誹謗をなすことも本号に包含する)。ただし、主観的見解・批評・抽象的推論のごとき価値判断は事実ではない(したがって、事実により企業を論評することは妨げない)。」と説明している。

*4: 小野昌延・山上和則編「不正競争の法律相談」の第339頁〔土居一史〕は、大阪高判昭55・7・15判タ427-174を引用しつつ、「一番問題となるのは、配布文書の内容たる事実の虚偽性でしょう。特許権を侵害しているということは法の解釈適用による判断であるという主張がなされることがありますが、裁判所はこれを認めていません。」と説明している。

*5: 前掲・小野編著「新・注解 不正競争防止法」第487頁〔木村修治〕は、「競争者の製造販売する製品等に対し、自己の特許権・実用新案権・意匠権・商標権等の工業所有権(不正競争防止法上の権利でも同じ)を侵害している旨を競争者の取引先等に警告ないし宣伝することは、その製品がその権利の範囲に属しないとか、権利が無効に帰する等の理由により権利侵害を構成しないときは、虚偽事実の告知・流布であり本号に該当するとされる。この種の虚偽内容の警告に、本号の誹謗行為該当を認めるのは通説的見解であり、後述の裁判例をみても判例としても定着した見解といえる。ただ、この種の警告は、権利侵害の成否に関する公権的判断が確定する前になされることが多く、警告者において、自己の権利が侵害されているとの判断、ないし信念の下に警告を発するのが通例であろうが、権利侵害の成否も事実に属し、警告で指摘している権利侵害が成立しないときには結局は虚偽の事実を告知・流布したことにほかならない。」と説明している。

*6: 山本庸幸著「要説 不正競争防止法〔第3版〕」第249頁は、「判例においてよく見受けられる事例は、その製品について特許権、実用新案権又は意匠権という工業所有権に抵触するとして、その相手方の取引先に警告するものである。仮に取引先がこのような警告を受けたような場合、その商品の取引に重大な影響を及ぼしかねないことから、まさに本法の規制対象たる不正競争そのものとして厳に抑制すべき行為であるが、反面、正当な権利行使を阻害しないようこれといかに調和させるかが課題となる。もちろん、本号の対象となるのは虚偽の事実(当該権利に抵触しないのにこれを侵害しているなどということ。)に関する警告のみである。」と説明している。

*7: 豊崎光衛ほか「不正競争防止法」第271頁〔渋谷達紀〕は、「権利侵害の有無のごとき公権的判断を経て確定されるべき法的事実も、一個の社会的事実であることに変わりはなく、それに合致しない主張は虚偽というべきである。」「公権的判断の結果が事前に判明していたか、警告行為後に初めて判明することになったかによって左右されるいわれはないと解する。」と説明している。

*8: 名誉毀損の事件では、事実を摘示しての名誉毀損か、意見ないし論評の表明による名誉毀損かということがよく問題になる。なぜなら、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されるという「真実性及び相当性の抗弁」が認められている(最高裁昭和37年(オ)第815号 昭和41年6月23日第一小法廷判決)のに対し、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきであり、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば、その故意又は過失は否定されるという「公正な論評の法理」が認められており(最高裁昭和60年(オ)第1274号 平成元年12月21日第一小法廷判決)、問題とされている表現が、事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかによって、名誉毀損に係る不法行為責任の成否に関する要件が異なるからである。具体的事件の例としては、原告が被告に無断で被告の著作物である漫画中のカットを自己の著作物に採録したという事実を前提にして、本件採録が「ドロボー」であり、原告著作が「ドロボー本」であると繰り返し記述することにより、原告がした上記採録が著作権侵害であり、違法であると法的な見解を表明したことは意見ないし論評にあたると判示した最高裁第一小法廷平成16年7月15日判決がある。同判決は、意見ないし論評については、その内容の正当性や合理性を特に問うことなく、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、名誉毀損の不法行為が成立しないものとされているのは、意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するものであることを考慮し、これを手厚く保障する趣旨によるものであるとした上で、【一般的に,法的な見解の表明には,その前提として,上記特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと解されるため事実の摘示を含むものというべき場合があることは否定し得ないが,法的な見解の表明それ自体は,それが判決等により裁判所が判断を示すことができる事項に係るものであっても,そのことを理由に事実を摘示するものとはいえず,意見ないし論評の表明に当たるものというべきである。】と判示している。

*9: 高部眞規子「知的財産権を侵害する旨の告知と不正競争行為の成否」ジュリスト1290号(2005.6.1)93頁は、『しかし、@名誉毀損ないし信用毀損を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求とA14号該当を理由とする請求が請求権競合となり、いずれの法律構成も可能であるという場合もあり得る。例えば、「ある煎茶メーカーの煎茶にダイオキシンが含まれている」という事実を摘示した場合は、上記@及びAの両方の法律構成が可能である。同様に、「その煎茶の加工方法は実用新案権を侵害する」という内容の告知をした場合も、上記@及びAの両方の法律構成が可能であろう。このような場合に両者を併合して提起された場合、@の名誉毀損の場面においては「意見ないし論評」に当たり、Aの不正競争防止法の場面においては「事実」という位置づけとすることは、アンバランスになるのではなかろうか』と説明されている。

*10: 田村善之著「不正競争法概説〔第2版〕」第439頁は、『「事実」ではない単なる批評や感想、意見の表明は本号に該当しないとされることがある。たしかに、事実であればそれが虚偽かどうかを判断することができるが、およそ言明というものには虚偽ということを観念し得ない抽象的な価値判断がある。このような言明は、その者の価値判断の問題としてこれを禁止しないというのが、法が「事実」を要件としている趣旨であろう。しかし、そうであるとすると、逆に虚偽であると判断しうる内容の言明であれば虚偽の「事実」と認めることが可能になる。「事実」という要件は、その言明が「虚偽」かどうかという問題に吸収されると考えてよいことになる。』と説明されている。

*11: 勿論、14号では「競争関係にある」「他人の」「営業上の信用を害する」といった要件もあるから、それらも争点になり得る場合はある。例えば、本稿で取り上げた第1事件においても、被告は、取引先に送った警告書には「他社製品」がどの企業の製品であるかは明示されておらず、「原告製品」であることが明示的に特定されていないことを理由に14号該当性を争っている。但し、第1事件のケースでは、裁判所は、【当該他人の名称自体が明示されていなくても,当該告知等の内容及び業界内周知の情報から,当該告知等の相手方となった取引先において,「他人」が誰を指すのか理解できるのであれば,それで足りると解すべきである。】として被告の主張を退けている。

*12: 前掲・東京高裁平成14年8月29日判決 平成13年(ネ)第5555号「バイエル事件」は、【結局,競業者が特許権侵害を疑わせる製品を製造販売している場合において,特許権者が競業者の取引先に対して,競業者が製造し販売する当該製品が自己の特許権を侵害する旨を告知する行為は,後日,特許権の無効が審決等により確定し,あるいは,当該製品が侵害ではないことが判決により判断されたときには,競業者との関係で,その取引先に対する虚偽事実の告知に一応該当するものとなるものの,この場合においても,特許権者によるその告知行為が,その取引先自身に対する特許権等の正当な権利行使の一環としてなされたものであると認められる場合には,違法性が阻却されると解するのが相当である。】とし、【そして,競業者の取引先に対する警告が,特許権の権利行使の一環としてされたものか,それとも特許権者の権利行使の一環としての外形をとりながらも,社会通念上必要と認められる範囲を超えた内容,態様となっているかどうかについては,当該警告文書等の形式・文面のみならず,当該警告に至るまでの競業者との交渉の経緯,警告文書等の配布時期・期間,配布先の数・範囲,警告文書等の配布先である取引先の業種・事業内容,事業規模,競業者との関係・取引態様,当該侵害被疑製品への関与の態様,特許侵害争訟への対応能力,警告文書等の配布への当該取引先の対応,その後の特許権者及び当該取引先の行動等の,諸般の事情を総合して判断するのが相当である。】旨を判示している。

*13: 前掲・田村著「不正競争法概説〔第2版〕」第447頁は、本号の信用毀損行為に該当するためには、警告として必要な限度を超えていたことが必要であるという指摘に対し、「しかし、この問題は損害賠償と差止めとで局面を分けて考察する必要がある。そして過去の行為に対する責任である損害賠償の責任を問う場合には、なるほど権利者にとって侵害の有無の判断が微妙であるという問題がある。だが、損害賠償を請求するためには過失があることが要件とされている(4条)。したがって、侵害の判断が困難である場合には過失を否定すれば足りるのであって、2条1項14号の要件を絞る必要はない。これに対して、差止めが請求される場合には、過去の侵害行為ではなく、現在および将来の信用毀損行為が問題となっているのである。」とし、「逆に侵害であるという虚偽の事実を流布され信用を毀損された者にとっては、警告を信用した取引先がその製品を購入しなくなるおそれがあり、これ以上の被害の拡大を防ぐためにもう二度と侵害と言わないでくれという差止請求を認めてもらう必要がある。したがって、差止請求が問題となっている場合には過去に侵害の判断が困難であったかどうかということや相当な手段を用いていたかどうかということを考えることなく、差止めを認めるべきであって、条文にない要件を付加してまで14号該当性を絞る必要はない。」と説明されている。

*14: 前掲・高部眞規子「知的財産権を侵害する旨の告知と不正競争行為の成否」ジュリスト1290号(2005.6.1)97頁は、「他方、前記のとおり、権利の有効性についても厳しい調査義務を課する裁判例も見られるが、特許庁においていったん特許要件ありとして特許査定を受けた権利について、何らの公知技術も判明していない状況の下で、これを調査する義務を課するのは、権利者に酷ではないだろうか。無効審判請求がされていて権利者にも引用例が明らかになっているような場合や、未確定ではあっても無効審決が既に出されているなど、通常人であれば容易に無効理由が存在することを知り得た場合等に限られるように思われる。』と説明されている。